第14話 マデレイネとアルベルティーナ
馬車の荷に手を伸ばそうとする馬車の主人の襟首を掴み、後方に引きずり戻す。
「何してる?! ここは危険だ、早く逃げろ!!」
そう怒鳴った瞬間だった。
馬車の中から、
「キュワァァァァァ」
と鳴く、猫や鳥とは全く異なる不思議な生き物の声が聞こえた。
こいつ、もしかして……。
嫌な予感がして剣を構え男の襟首を掴んだまま、ゆっくり後退すれば。
オレの意図に気づいた竜がしばし逡巡した後、オレから目を逸らすとサッと馬車に近寄り、それにかけてあった幌を食い破った。
壊れた馬車の中から、人も入りそうな巨大な鳥かごがその姿を覗かせる。
続いてその檻の中に見えるのは、やはり銀色の美しい鱗を持つ子竜だった。
弱っているのだろうか。
親と思われる竜の姿を見て、子竜は一度嬉し気にその首を持ち上げもう一度弱弱しく鳴いて見せたが、その後は籠の中にぐったりとした様子でその身を横たえた。
「ギワアアアアアア!!!」
それを見た親竜が悲痛な声を上げ、その檻を喰い破ろうとする。
しかし特殊な守護の魔法がかかっているのか、檻は破れず、それを繰り返す内に美しい親竜の白銀の爪が欠け、鮮血が宙を舞った。
「お前、あの子供を攫ったな」
オレの言葉に、
「え、ええ。ドラゴンの革や鱗は、その、物凄い高値が付きますからね。大きく育てて解体すれば金になると思いまして! でも、親に見つかってもう駄目かと思っておりましたが……本当に助かりました。お礼は弾みますから、どうでしょう? あの親も討伐していただけませんか??」
男は抜け抜けと、そんな実に気分の悪い事をオレに言って寄こした。
「竜に喰い殺されたくなければ、あの檻の鍵を置いてさっさとここを立ち去るんだな」
「そんな?! あれを捕まえるのにいくらつぎ込んだと思っているんです!!」
竜は自らの縄張りに酷く敏感な生き物だ。
故にそんな竜とは時として、国の領土を、街を村を守る為、対峙し、討伐せざるを得ない事もあるが……。
決して一方的にその生態を踏みにじって良いものではないと、オレは昔から思っている。
まぁ、そもそも
「もし、ここで親竜を殺してこのまま子竜を連れ去ってみろ。いずれ一族総出で復讐に来るぞ。お前の街が国が全て塵芥に帰してもいいのか?」
竜を敵に回して良い事など無いのだ。
男はしばらく青い顔をしてリリア、クローディア、メグ、ユーリの顔を縋るように見ていたが。
皆がオレの言う通りだと頷いた為、子竜を連れ帰ることは諦めたのだろう。
ポケットから大きな銀の鍵を取り出しオレに差し出した後、自分のしでかした事が今更恐ろしくなったのか、脇目もふらず一目散に逃げて行った。
「鍵を開けるから、少し下がってくれないか」
鍵を手に、そう言って檻に近寄ろうとしたオレに向かい
「ハルト! ダメだったら!!」
リリアがまたそんな心配そうな声を上げるから、クローディア、メグ、ユーリまでもがハッとしたように顔を青くさせた。
「大丈夫、オレを信じて」
穏やかな声で竜にそう語りかければ。
まるでこちらの言葉が分かるかのように、親竜が一歩後退する。
鍵を開け、七、八歳位の人の子供と変わらない大きさの子竜を抱き上げ檻の外に連れ出し、そっと親竜の前に置き、リリアに二匹に向かい回復魔法をかけてくれるよう頼めば。
流石のリリアも恐ろしかったのだろう。
彼女は大きなため息をついた後、その表情に諦観のようなものを浮かべたまま、しかし二匹に向かい出し惜しみする事なく、幾重にも丁寧に回復魔法をかけてくれた。
ぐったりしていた子竜がサッと首を持ち上げ、親竜に向かいまた
「キュワァァァァァ!」
と、力強く鳴いた時だった。
親竜が一瞬、目も開けていられない程に眩しく光った。
そうして……。
オレが次に目を開けた時、馬車の前に親竜の姿は既になく、その代わり、銀髪に金色の瞳をしたスラリと背の高い美しい女性が一人立っていた。
「先代竜帝の忘れ形見である娘を助けて下さり、本当に、本当にありがとうございました」
その女性はそう言うと、オレに向かい実に美しいカーテシーを披露してみせた。
先代竜帝の娘……。
あの男は知らなかっただろう事とは言え、また随分ととんでもない子供を攫ってくれたものだと、今更ながら頭が痛くなる。
もし先帝の娘を素材にでもしたとなれば、オレ達人間は、魔王だけでなく竜の一族相手に戦争をしなければならず……。
そうなれば、オレ達人間に未来は無かっただろう。
「申し遅れました。私は、先代竜帝が妻、マデレイネと申します。そしてこれは娘のアルベルティーナでございます。……アルベルティーナ、ご挨拶を」
マデレイネがそう言って、アルベルティーナに向かって手を翳せば。
アルベルティーナもまた、先程のマデレイネ同様眩しく光った後、人の姿へとその形を変えて見せた。
「あっ……あの……助けてくれて、あ、ありがとうございます」
七、八歳位の、母親譲りの銀髪と金の瞳が美しい、まるで人形のような少女がそう恥ずかし気に頬をバラ色に染め、もじもじと下を向きながらそんな事を実に愛らしい声で言った。
その様子が可愛らしくて、思わず、妹が幼かった頃の事を思い出し
「元気になったようで良かった。もう捕まるなよ」
そう、頭を撫でれば。
オレは一体何を間違えたというのだろう???
アルベルティーナは、幸せそうに、まるで花が綻ぶようにふわっと笑って
「は、はい。こ、これからは、旦那様のお役に立てるよう頑張ります!」
と、そんな、ちょっと良く分からない事を言ったのだった。
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