第12話 決闘

「剣士ハルト、ここまで良く勇者ユーリとクローディア姫を守り抜いた。ここからは、王都の第四騎士団で団長を務めた我が息子ナタニエルが、お前に代わり勇者と姫の盾となろう。お前は安心して田舎に戻るが良い」


そう実に横柄に言い捨てて。

領主であるデラージュ伯爵が床に向かい革袋を投げた。


手切れ金のつもりなのだろうか。

ガシャンとなったその音から察するに、おそらく二十枚程度の金貨が入っているのだろう。


未だ顔を上げる事は許されていないため、形式上跪いたまま下を向き、それをあえて無視すれば。


「初めましてクローディア様、ナタニエルと申します」


オレの無言の抵抗を無視して、白金色の短い髪を後ろに流し短いあごひげを蓄えた、二十代後半とおぼしきオレより年上の整った顔立ちをした男が、そう言って進み出て来た。


元第四騎士団隊長と言うだけあって、上背がありオレよりもガッシリとした体つきをしている。

また、伯爵家の人間と言うだけあって金回りも良いのだろう。

その身に纏うのは髪と同じ白金色の高価そうな鎧だった。


余程自分に自信があるのか自惚れが強いのか。

ナタニエルは躊躇う事なくクローディアの手を取ると、その甲に許可も無く口づけてみせた。


「これからはこの者に代わり、この私が姫をお守りします」


そう自信満々に言ってのけたナタニエルに対し、


「いいえ、結構です! 私はこれからもハルト様についていきますから、どうぞお構いなく!!」


クローディアは勢いよくナタニエルの手を振り解くと、オレの手を取って立ち上がらせ、オレの背に隠れるように縋った。


「ボクもハルト以外とは組むつもりはもうない。話が終わったのならこれで失礼する」


ユーリが淡々とそう言って、伯爵に背を向けようとした時だった。

クローディアとユーリの態度にプライドを傷つけられ腹をたてたのであろうナタニエルが、オレの顔に向けて手袋を投げた。


「俺の事を必要ないというなら、今ここで剣士の座をかけてオレと決闘しろ、弱いだけのこの女ったらし!」


安い挑発だ。

こんなもの無視するに限る。

そう思ったのに……。


「こんな失礼な人、無視して行きましょう!!」


そう言ってオレの手を引くリリアに向かい


「平民風情が、次期伯爵のオレにたてつくのか?!」


ナタニエルが手を挙げようとしたから。

オレは思わずヤツの手を強く払いのけた後、地面に落ちた手袋を拾い上げた。


「分かった。その決闘の申し出、受けてたとう。オレが勝ったら、二度とオレ達に構うな!」



「ハルト?! あんな奴無視してさっさとこの街を出ましょう!!」


オレを心配してくれるリリアの言葉に首を横に振る。

ここで逃げたら、ナタニエルはきっとオレが臆したのだと勝ち誇り、執拗にオレ達を追いかけてくるに違いない。


ユーリやメグと一緒であれば、あんなヤツは大した脅威とはならないだろう。

でももし皆がバラバラな時にヤツから襲撃を受けたら……。

きっとリリアではヤツに太刀打ち出来ない。


大事な幼馴染を、あんなクソみたいな男に傷つけられる事だけはどうしても嫌だった。







******



上段から振り下ろされたナタニエルの剣を受けながし、その勢いを逆に利用して回り込み攻撃を仕掛けた。


単純な魔物であればこれで勝負あったとなる所


「思ったよりやるじゃないか」


そう言ってニヤリと嗤ったナタニエルから危うくカウンターを喰らいかけ、オレは慌てて飛びのくと、最初に対峙した時よりも大きく距離を取った。


「だが、噂のとおり弱いな」


ナタニエルの言葉と、打ち込んでくる剣の重みに思わずギリッと奥歯を噛む。


挑発に乗ったら負けだと分かっているのに。

あぁどうして、真実はこうもオレの胸を抉るのだろう。



焦って敵う相手ではないと分かっていたから、負けない事に重きを置き守りに徹する。

しかし、ナタニエルの斬撃は想定していたものよりもずっと速く、重くて。

気づけばあっという間に息が上がって、オレはハァハァと肩で息をしていた。





「どうした、かかってこい! この臆病者!!」


いい加減攻めあぐねてきたのだろう。

ついに発せられたナタニエルのそんな言葉に、オレは思わずハハッと小さく笑った。


そんなオレの態度がまた癪に障ったのか、ナタニエルがこれまで以上に激しく打ち込んで来る。

その猛攻を無傷とは言わないまでも、なんとかギリギリのところで持ちこたえれば。


「女に守ってもらってばかりの、腰抜けめ!!」


ナタニエルが怒気をまき散らしながらそう吠えた。



守りに徹し、耐えて、耐えて、耐えて。


オレに反撃する気が無いと思ったのだろう。

ナタニエルが動きを止めたその一瞬を突いて。

オレはヤツの足を払い一気にその体を地面に引き倒すと、その首筋にピタリと剣を押し当てた。



先程とは逆に、ナタニエルが実に悔しそうに奥歯をギリリと噛締める音が聞こえた。


「勝負あったな」


そう言って、剣を収めた時だった。


「お前ごときにオレが負けたなど、オレは認めんぞ!!」


体を起こすなりそう叫び、何かを手にしたナタニエルが突然オレに掴みかかって来た。

そしてその次の瞬間、オレの心臓の上あたりでバチンと稲光が爆ぜた。



何が起こったのだろう??

事態が飲み込めぬまま、目を見開いたまま呆然と立ちすくめば


「最初に金を受け取って帰っていれば、命まで失わずに済んだものを」


そう言って。

ナタニエルはまたニヤリと笑い、用は済んだとばかりにオレに背を向けた。

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