第10話 青月の夜と旅のエルフ

ユーリが剣を構えた音で目を覚ました。


少し楽になったものの、未だふらつく体をなんとか起こせば。

ユーリが油断なく剣を構えキッと見据えるその先に、この辺りの主と言われている、燃える角を持ち、雄牛を何倍も大きく醜悪にしたものに似た魔物、スコーチングブルを見つけた。


どうして、主がこんな街道沿いに?

そう焦る気持ちが湧かなかった訳ではないが、確実に詰めていけば倒せない相手ではない。


オレ達だけであれば、逃げる事も可能だろう。

だがしかし。

もしそんな事をすれば、近隣の村が襲われ、幼い子供達が犠牲になるのは時間の問題だ。



「ハルト?! 無理しないで!!」


オレを心配して、オレを後方に押しとどめようとするリリアの手を押しのけ、いつもの様にタンク役を担う為、ユーリの前に立ち剣を構える。


無茶している自覚はあるが、それでも。

一度は戦力外通告を受けてまで魔王討伐の旅を続けると決めたのは他でもないオレ自身だ。

ここで逃げる訳にも、皆に大人しく守られているわけにはいかない。



突進してきたスコーチングブルの角をロングソードで受け流せば、ユーリががら空きになったスコーチングブルの首元にその剣を突き立てた。


どす黒い色をしたスコーチングブルの血が宙を舞う。

しかし、その皮は厚く致命傷には至らない。


ガン!と鈍い音を立てて、激高しユーリに躍りかかるスコーチングブルの角を再度剣で受け止める。

未だ引かぬ熱のせいでグラリと視界が揺れ、押し切られそうになったその時だった。


バキッ!!


クローディアの氷結呪文が直撃した、スコーチングブルの前足が厚い氷に覆われた。

その氷がスコーチングブルにより砕かれるより早く、さっと斜め後方に跳び去ったその瞬間、辺りが白い光に包まれた。


ズガァァァン!!!


光から一拍遅れて轟音が響き、灼熱の炎が地面を真一文字に抉り去ると同時に、巨大な魔物を炭塊に変えた。



「先輩、大丈夫ですか~?」


凄惨な目の前の光景とはあまりに不釣り合いなメグの間延びしたいつも通りの声に、フッと気が緩んだ瞬間、再び急激に熱が上がったのを自覚する。


主を倒したのだ。

それに勘づき殺気立った他の魔物が集まって来る前に、急いでこの場を離れねばと思うのに。


もう立っているのもしんどくて回復魔法を掛けてくれているリリアに思わず正面からズルズルともたれかかれば。

それに気づいたクローディアが駆け寄り、その華奢な肩を貸してくれた。



次の街まではまだ遠い。

それなのに、非常にも日が暮れ始めた。


夜は更に魔物達の動きが活発になる。

いくらユーリ達と言えど、暗闇の中、十重二十重に囲い込まれるように魔物の蹂躙を受ければ命はないだろう。


急がないと。

そう思うのに、ついに足が縺れた。



地面に倒れる際に巻き添えにしてしまったリリアを最後にギュッと抱きしめて、その髪を撫でながら、


「……このままだと、皆危険だ。頼む、オレを置いて皆だけで先に行ってくれ」


覚悟を決めそう告げた時だった。


「全く、見ていられないな」


そんな女性のものよりも低く、綺麗な声が降って来た。


聞き覚えのあるその声にハッとして、周囲を見渡せば。

高い木の枝から軽々と飛び降りて来るなり、オレ達の前に姿を現してみせたのは、やはり顔なじみのエルフであり弓使いアーチャーのエルメルだった。


「青月の日は魔物達の動きが活発になるから、準備を怠るなと以前も忠告してやったのをもう忘れたのか?」


エルメルの言葉に空を見上げれば、そこに浮かぶ満月には微かだが影がかかっているような気がした。


エルメルが弓だこがある、しかし男にしておくには惜しい程に細身で美しいしなやかな手をオレに向かい伸べた。

それに縋るように手を伸ばせば、その細い身体のどこにそんな力があるのかと思うくらい、エルメルはあっさりオレを引っ張り起こすと、オレの事をその痩身長躯の背に負い歩き出した。



エルメルは群れる事を好まず風のように自由を愛し、一人世界を旅する、その長身にそぐわぬどこか中世的な美しさを持つエルフだ。

そんな彼とこんなところで偶然再会出来るなんて。


「助かったよ、ありがとうエルメル」


そう、心からの礼をエルメルに告げれば。


「別にお前を助けに来た訳じゃない。勘違いするなよ……だが、まぁ今は休め」


実に面倒くさそうに、エルメルが溜息を吐いた。







******



結局、オレはその後丸二日眠っていたらしい。

目が覚めた時にはすっかり熱が引いていた。


「汗で気持ち悪いでしょう。お風呂はご飯の後に入ることにして、とりあえずこれで体拭いて」


ベッドの上、体を起こし、固く絞られた水気を含んだ手ぬぐいをリリアからありがたく受け取って顔とべたつく上半身を拭う。

少ししてリリアが手を差し出して来たので、手ぬぐいを返せば、リリアがオレの背中を拭ってくれた。


しばらくして、リリアの手が止まる。

黙りこくったリリアを不思議に思っていたら、オレの背中に覆いかぶさる形でリリアの体温を感じた。


「……もう二度と、二度と自分を置いて行けなんて言わないで」


そんな小さな涙声が落ちて来る。

幼馴染のオレを、まるで実の家族の様に大事に思ってくれるリリアの気持ちが嬉しくて。

リリアをベッドの上、オレの隣に座らせその髪に触れながら。

その額に、幼い頃していた親愛のキスを送ろうとした時だった。


ここは新しく着いた宿屋の二階の部屋だと聞いていたのに。

突如外から窓が開いて、屋根伝いにエルメルが部屋に入って来たから。

オレは酷く驚いて、反射的にリリアを守ろうと彼女からからバッと体を離した。

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