第6話 風邪は移すと治るらしい?
中に入り、部屋のドアを内側から閉めた瞬間――
クローディアが頬を赤くし、どこか緊張した面持ちでその場に立ち尽くした。
「やはり、メグとオレが部屋を代わろう」
そんなオレの呟きを聞くなり
「だ、ダメです!」
クローディアがその顔を真っ赤にしたまま、しかし慌てたように首を横に振った。
何でもメグは野宿の時とは異なり、ベッドを使わせると寝相といびきが酷くなるから、クローディアとしてはどうしてもメグとの相部屋は避けたいのとの事。
だったらリリアと代わろうと言えば、それではせっかく一人でくつろいでいるリリアに申し訳ないから絶対にダメだとクローディアは言う。
「じゃあ、オレが床で寝るよ」
そう言えば、
「ダメですよ! いいですか? 部屋の中では焚火も出来ないんですよ。それなのに、こんな寒い日に床でなんて寝たら、いくら旅慣れたハルトでも風邪を引いてしまいます!!」
と、その案もまた却下された。
結局――
「おやすみなさい、ハル様」
互いに背を向け、ベッドの端と端で眠る事で手打ちとなった。
野宿する際には、こうして枕を並べて眠る事も少なくはないので今更なのだが。
クローディアは仮にも一国のお姫様だ。
作法に習い潔白を証明するため、
「うっかり寝返りをうった瞬間、顔の横に剣の刃があるなんて怖すぎます!」
と、実に嫌そうに言われたので、それもそうだとオレはそのまま目を閉じた。
******
いつの間に眠っていたのだろう。
ドサッ! という物音に驚いて目を覚ました。
横を見れば、そこにあるべきはずのクローディアの姿が無い。
もしや何者かに攫われたのだろうか?!
そう焦ってバッ!! と体を起こせば……。
何の事は無い、ベッドの下に落ちたクローディアを見つけた。
おそらくオレに遠慮しベッドの際ギリギリで寝ていた為、寝返りを打った際にうっかり落っこちたのだろう。
痛そうに腰をするクローディアを助け起こせば
「お、起こしてしまって、すみません。次は、次は気を付けますから」
実にはずかしそうにクローディアはそう言ったのだが……。
彼女がうつらうつらする度、ベッドの上から落ちそうになっているのが気配で分かる。
決してベッドは狭くないのだから、もっと真ん中で寝れば良いものを。
どうやらメグの事を言えないくらい、クローディアもまたベッドでの寝相は悪いらしい。
オレもまた夢うつつのまま、再び落下しそうになったタイミングでクローディアを掴まえ、ベッドの中央まで抱き寄せた。
そうして、クローディアが再び落ちて痛い思いをしない様にと、ギュッとオレの腕の中に閉じ込めた、その時だ。
上の部屋から再びドスン!! という地響きに似た音が落ちてきて、オレは再び跳ね起きた。
******
「グシュン!!」
もう何度目か分からないオレのくしゃみを聞き、クローディアが心配そうな顔でオレを見た。
リリアがベッドから落ちた音に驚いてすっかり目が覚めてしまった俺は結局、その後クローディアにベッドを譲り床で眠った為、彼女の忠告通り見事に風邪を引いてしまったのだった。
幸い、同じく責任を感じたリリアが惜しみなく回復魔法を掛けてくれている為、どこも痛くはないのだが。
午後になって熱が上がったのだろう。
食欲は無く、酷く頭がぼんやりし、体がふらつく。
魔法で痛みを消してもらっている為気づかなかったが、きっと喉の奥が腫れあがってしまっているのだろう。
水を飲もうとして、思い切り咽てしまった。
するとそんな俺を見たメグがおもむろに近くの柔らかな草の上に腰を下ろすと、オレに向かい手招きをした。
何事だろうと不思議に思い近寄って行ったオレに対し、メグが自らの太ももとポンポンと叩いて見せる。
どうやら、そこに頭を乗せろという事らしい。
「ダメだ。オレの風邪が移る」
そう言うオレに
「いいですよ~。風邪は人に移すと早く治るって言いますから」
母性的とでも言えばいいのだろうか。
メグがその普段のふわふわした表情とは異なる、実に優し気な顔をして微笑みながら、実に落ち着いた心地の良い声でそんな事を言った。
朦朧とする意識の中、体のだるさに抗えず、言われるがまま柔らかなメグに頭を預ければ。
メグは目を閉じるオレの肩をやさしく叩いて起こすと、オレの口の中に持っていた薬を含ませた後、水筒の飲み口をオレの唇にそっと押し当てると、時間をかけてゆっくりとそれを飲みこませてくれた。
体に染みわたっていく水の冷たさが心地良くて。
オレはそれを飲み終えた後、そのままいい気持ちで目を閉じると、すぐさま意識を手放した。
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