第2話 追跡

リリア、クローディア、メグの三人がこれからも共に旅をしようといってくれた事は正直いってとても嬉しかった。

しかし……。


彼女達の優しさに甘え、彼女達の道を誤らせる様な事を、オレはしたくなかった。

だからその日の晩、オレは誰にも行く先を告げることなく一人宿を抜け出した。







******



街を出て半刻程度が経った頃だろうか。


「ハルト?」

「ハル様?」

「ハル先輩~?」


風に乗り、オレを呼ぶ三人の声が微かに聞こえて来た。

どうやら、三人そろってオレの事を心配し、追いかけて来てくれたらしい。


『いくらオレの事を心配してくれたからとは言え、女の子だけで夜の森を歩くなんて』


一瞬、三人の事がどうしようもなく心配になって、来た道を引き返そうかとも思った。


しかしよくよく考えてみれば、仮にも三人とも皆魔王討伐を目的として組まれたパーティーメンバーだ。

三人一緒ならば、それこそ魔王とでも遭遇しない限り危機的状況に陥る事はないだろう。


それよりも。

ここで再び顔を合わせる事によって、オレの決心が鈍ってしまうことの方が問題だと思い、オレは沈黙を貫いたまま、彼女達の声に背を向けた。







******



それから、また四半刻が経った頃――


「ハル先輩聞こえますか~? 聞こえたら返事してくださ~い」

「ハル様、どちらです??」

「ハルト、怪我したりしてない? 大丈夫なの?」


さっきよりも、近くに三人の声が聞こえた。

心優しい彼女達は、オレなんかの事を見捨てず探し続けてくれているらしい。

みんな本当に頑固と言うか、諦めがわるいというか……。


彼女達の優しさに苦笑すると共に、やはりそんな彼女達こそ、魔王討伐のメンバーに相応しいのだと気づく。


オレは最後にまた少し迷った末、彼女達を振り切る為、進む速度を上げた。







******



「ハル様、そろそろ観念して出てきてください」

「ハル先輩~。今ならまだ許してあげますから、大人しく投降してくださ~い」

「ハルト、いい加減出てこないと怒るよ?!」


道半ばより、ほぼ全力で走るようにして道を進んで来たにも関わらずどうしてだろう??!

すぐ後ろから彼女達の声が聞こえる。


さっきオレの名を呼んでいたトーンとは異なり、若干低くなったその声音に、なんとなく不穏なワードチョイスに、良く分からないが背筋に妙に寒いものを感じる。



「ハルト」

「ハル様」

「ハル先輩」


そのドロッと重く暗い息遣いが聞こえるくらい近くで聞こえた三人の声音に、思わずパニックになり冷や汗を垂らしながら無我夢中で真っ暗な夜道を駆けたのがいけなかったのだろう。


気づけばオレは道を外れ、森の奥深くに迷い込んでしまっていた。





月明りも僅かにしか届かない、うっそうとした森の中を歩くうち。

オレは魔物に囲まれた事に気が付いた。


剣を抜き身構えたオレの前に姿を現わしたのは五匹のゴブリンの群れだった。







******



勇者パーティーの皆であれば個別に対峙したとて大した脅威にならないだろうに。

たった五匹のゴブリン風情に苦戦する自分が心底悔しい。


それでも懸命に剣を振るい続け、何とか討伐した。

そう思った時だった。


嫌な感覚に襲われハッとして背後を振り返れば。

トロールかと見まごう一際大きい個体のゴブリンが正に今、振り上げた棍棒をオレに向かい振り下ろさんとしているところだった。


死を覚悟したオレが、思わず目を閉じゴブリンから顔を背けた時だった。


「「「みぃつけたあぁぁぁぁ!!!」」」


ゴブリンの咆哮より恐ろしい、この世の執着と言う執着を煮詰めたような、おどろおどろしい声が背後で聞こえた。


そしてその次の瞬間、周囲が眩しい光に包まれた。





恐る恐る目を開けば……

そこにゴブリンの姿はなく、代わりに目の前に広がっていたはずの森は大きく拓けた焦土と化している。


「心配したんだからね! ハルトのバカ、バカ」


目を微かに潤ませて、オレより少し背の低いリリアがオレの手を握りオレの肩にその額を押し当てた。

子供の頃から変わらない、甘え下手なリリアのその猫の様な愛らしい仕草に、フッと緊張の余り強張っていた肩の力が抜ける。


「悪い、皆に迷惑かけたくなくて。……結局、かえって迷惑かけたな」


そう言って剣を収め、リリアの頬に右手で触れた。

幼い頃にしていたように、その額に自らの額を重ねようとした時だった。


「クシュン! クシュン!!」


メグがオレのすぐそばで、小さくクシャミをした。

ずっと動いていたから忘れていたが、そう言えば夜の森は酷く冷える。


慌てて外套を脱いでメグの肩に掛ければ、メグがあんな凶悪な魔法を放ったのとは同一人物だとは信じられないくらい、微かに頬を赤らめて、またふにゃっと柔らかく笑った。


オレの外套にスッポリとくるまってなお、まだ寒そうにその身を震わせるメグを少しでも温めようと、腕の中に呼び寄せようとした時だった。


「あっ!」


そう言ってクローディアがその華奢な体をふらつかせたから、慌ててその肩を抱き支えた。

最近では随分旅慣れたとは言え、生まれは高貴なお姫様だ。

この真夜中の騒動は、その体に堪えたらしい。



「とりあえず、一度街に戻ろうか」


クローディアを横抱きにオレが歩き出そうとすれば


「その必要はないわ。荷物は全部持ってきたから、今晩はここで夜を明かしましょう!」


そう言って。

昔からしっかり者であったリリアが、テキパキと暖かな火をおこし。

火のすぐ近くにクローディアとメグを寝かせると、間髪入れず野営の準備を始めた。

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