Ⅹ
三十年の時を経て、あの夜と同じ森で、あの夜と同じ悪魔と対峙することになろうとは——。
吠え猛る悪魔を目の当たりにしながら、アラスターは自らの皮肉な運命を嗤った。
アーチィを喰い、屍肉を喰い、今の今まで生き延びた悪魔は、もはや手に負える相手ではない。アラスターは村人たちが憧れ、称えるような勇敢な英雄ではなく、ただの老いた、哀れな男なのだから。
「久しいね。息災かな?」
悪魔の背後、木の陰から、聞き覚えのある声がする。若々しい、張りのある男の声——忘れるはずがない。
「困ったことになったね。ここではどんな嘘も、君を守ることはできない」
声の主が、ゆっくりと木陰から姿を現す。左右に分けられた黒い髪。深いスミレ色の瞳と、目元の泣きぼくろが印象的な、神父服の男——オーガストだった。
「お前……!」
「意外だろう? 神父の姿の悪魔なんて。みんな、僕の正体を知らずに寄ってくるんだ」
アラスターは激昂し、懐から聖水の入った硝子瓶を取り出して、オーガスト目掛けて力一杯投げつけた。
「おっと」オーガストは困ったように笑いながら、片手で難なくそれを掴む。
「愚かな。コレが無いとそいつとは戦えないだろう?」
小馬鹿にするように笑い、オーガストは硝子瓶を近くの木に叩きつけた。瓶が砕け、聖水があっという間に大地に染み込んでいく。
「ただでさえ低かった勝率が、これでさらに下がった……さぁ、どうする?」
オーガストが勝ち誇った表情で両腕を広げてみせた。
「また取引してもいい。君がそこのティミィを見殺しにすれば、前回よりさらに多くの富と、悪魔殺しの名誉が君のものになる——どうだい?」
眼前の悪魔と、背後の少年を見比べる。
戦えば、命はない。会ったばかりの少年を犠牲にすれば、助かるのだ。個人的な繋がりがない分、随分と楽な選択のように思える。もうすでに罪を犯しているのだ。これ以上重ねたところで、大差はないだろう。
いつの間にか目の前に立っていたオーガストが、アラスターに手を差し伸べる。まるでアラスターがどちらを選ぶかを分かっているかのような、余裕の表情で。
アラスターは俯き、息をゆっくりと吐いた。
「——断る」
アラスターはそう呟くと、顔を上げ、オーガストの手を取る代わりに、銀の短剣を抜き放った。
「ほぉ……」
オーガストが呆れとも、感嘆ともとれる声を漏らす。アラスターはオーガストを素通りして真っ直ぐ悪魔に向かっていき、短剣を突き立てた。
悪魔は一瞬怯んだが、すぐにアラスターを払いのけ、その腹を前脚で抉った。あまりの力に、アラスターの身体は宙を舞い、近くの木に叩きつけられた。
遠のく意識の中、アラスターは、ティミィと悪魔の間に立つ、白い法衣姿の人影を見た。
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