Ⅶ
夜明け。日が昇り、悪魔との戦いの生々しい爪痕が、朝陽によって露わになる。悪魔の赤黒い骸が残した穢れが周辺の草を枯らし、腐乱臭を放っていた。
エマニュエルは生き延びたふたりの同志に場の浄化を命じ、自身はアラスターとロバートを伴って森の奥へと進んだ。クリフは無理をして同行しようとしたが、アラスターの説得で村に送り返された。
「……悪いが、俺が案内出来るのはここまでだ」
森をしばらく進んだあと、ロバートがそう言って立ち止まる。
「俺では戦力にならない。無駄死にはごめんだ」
怖気付くロバートに、エマニュエルは嫌な顔ひとつせず、頷いた。
「よく分かりました。あとはわたしたちが対処します。ロバートさま、案内をありがとうございました」
ロバートは黙って頷き、足早に来た道を引き返す。すぐにその姿は見えなくなり、エマニュエルとアラスターはふたりきりになった。
「アラスターさま、悪魔はきっとこの先でわたしたちを待ち構えています。引き返すなら今ですよ?」
アラスターを品定めするような、誤魔化しの効かない鋭さが、エマニュエルの薄翠色の瞳には宿っていた。
「私は逃げない。最後まで戦ってやるさ」
アラスターが答えると、エマニュエルの瞳が柔和さを取り戻す。エマニュエルは柔らかな笑みを浮かべ、懐から聖水の入った硝子瓶と、装飾の施された、美しい銀の短剣を取り出した。
「それなら、これを渡しておきます。ご存知かとは思いますが、聖水は悪魔を弱らせます。悪魔を見つけたら、聖水を振りかけたあと、その短剣で刺し貫いてください。ある程度育った悪魔相手に、あなたの剣は役に立ちませんから」
アラスターは黙ってそれらを受け取った。
「その短剣はゴドフリーさまのものでした。彼の為にも、あの悪魔を祓わなくては……あぁ。ゴドフリーさま……」
エマニュエルが涙ぐむ。木々の間から差し込む光を浴びた光が、溢れる涙に反射した。
「お仲間のことは残念だった。私がもう少し周りを見ていれば……」
「あなたのせいではありません。悪魔と戦うには、人間はあまりにも弱いのですから」
エマニュエルはどこか遠くを見るような目をしたあと、涙を拭った。
「さぁ。参りましょう。悪魔はすぐ近くに——」
エマニュエルの言葉は、木々にこだまする悪魔の咆哮によって遮られた。木の陰に身を隠していた猫ほどの大きさの悪魔たちが一斉に飛び出し、ふたりを取り囲む。
「アラスターさま、ここはわたしに任せてください」
エマニュエルは落ち着き払った様子で、静かに告げた。自らに敵意を向ける悪魔たちを、まるで恐れていない様子だ。
「司祭様、しかし——!」
アラスターの言葉を、エマニュエルが手で制する。
「あなたはあの大物を。なぜかは分かりませんが、あれは、あなたが戦うべき敵なのだと感じます」
悪魔たちが、少しずつ包囲の輪を縮めていく。エマニュエルが聖水を悪魔たちに振りかけ、悪魔たちの陣形が乱れた。アラスターはその隙を逃さず、悪魔たちの間を一気に駆け抜ける。
「赦しを得たいなら……立派に戦い、創造主さまにあなたの真価をお示しなさい!」
走るアラスターの背中に、エマニュエルが言い放つ。その言葉が前夜の問いの答えであることを、アラスターは悟った。
森を駆けながら、アラスターは胸の内にざわめく何かを感じていた。
あの祓魔師は、知っているのだろうか。
どこか遠くを見るような、まつ毛に伏せられた目の奥——あの薄翠色の瞳は、全てを見抜いているのだろうか。
今、感じている恐怖は悪魔に対してのものか、それとも——。
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