一行が森の入り口に辿り着く頃には、日が西の地平線へと沈みかけていた。エマニュエルは足を止め、荷物を降ろしながら皆に告げる。

「ここで野宿をし、夜明けとともに進みましょう」

 異議を唱える者はいない。黄昏時の森は暗く、訪問者を飲み込むような闇が木々の奥に広がっている。このまま進むのがどれだけ危険なことか、全員が言葉にせずとも理解していた。

 祓魔師たちは近くに落ちていた薪で手際良く火を起こすと、その周りを囲んで祈りはじめる。ロバートとクリフは後々の見張りのために先に休み、アラスターが森の入り口のそばで最初の見張りに立った。

 

 真夜中を過ぎ、アラスターはロバートとクリフを起こして見張りに立たせると、自身は焚き火の側に腰掛ける。ぱちぱちと音を立て、羽虫のように夜空に舞う火の粉を眺めていると、エマニュエルがやってきて、隣に腰を下ろした。表情こそぼんやりとしているが、祈り疲れて眠っている他の祓魔師たちとは違い、その意識ははっきりとしているようだった。

「アラスターさま、あなたに御同行頂いてとても心強いです」

 エマニュエルが微笑む。真珠色の髪が灯に反射し、端正な顔が輝いているように見えた。その神々しい様に、アラスターは顔を背ける。

「なに、当然のことをしているまで。悪魔と戦うのは初めてではないからな。私がやるべきなんだ」

「村の皆さまから聞きました。お一人で悪魔を討たれたと……勇敢でしたね」

 アラスターは夜空を仰ぎ、ため息をついた。

「一人ではない。友人たちも一緒だった……ただひとり私が、生きてあの場所から出ることができたんだ」

「それはお気の毒に。三十年前はどうやって悪魔を倒したのですか?」

「眼を矢で射抜き、怯んだところを剣で突き殺した。悪魔を仕留めてから、すぐに友人たちの元に駆け寄ったが、彼らは既に死んでいたんだ……」

 アラスターが黙り込む。エマニュエルは静かにその様子を見守った。

「司祭様、聞きたいんだが……」

しばらくの沈黙の後、アラスターがおもむろに口を開く。

「罪を犯した人間は地獄に堕ちるんだろ?」

「えぇ。教会はそう説いています」

「だったら、地獄行きが決まってる人間が天国に入れるようになるには、何をしたらいいんだ?」

 エマニュエルがアラスターの皺の目立つ顔を覗き込む。その表情は不安げだ。

「創造主は弱い人間を……罪深い人間を許すのか?」

「——何か、懺悔したいことでもあるのですか?」

 エマニュエルの問いに、アラスターは顔を背けるだけで、答えようとはしなかった。

 

 突然、森の入り口の方から、耳をつんざくような叫び声が聞こえた。聞く者の心を挫くような、悍ましい声だ。

「悪魔だ! 起きろ!」

 アラスターが大声で全員に呼びかけ、焚き火を背に輪になるよう指示を出した。

「奴らは火に弱い! 松明だ! 松明を用意しろ!」

 ロバートとクリフは松明に火を付けて掲げ、祓魔師たちは慌てて飛び起き、手にした聖水と聖典を悪魔の潜む闇に向けてかざす。

 再び、森の奥で悪魔が吠えた。続いて、まるで獲物を追う野犬の群れのような無数の足音が、焚き火で身構える男たちの方へ近付いてくる。

「この足音……一匹じゃないな」

 そう言いながら、アラスターが弓に火矢を番え、足音のする方の闇に向けて射った。火矢が何かに刺さり、その周辺が照らされる。矢は犬のような姿の悪魔に刺さっていた。燃え移った火が、その赤黒い穢れた躰を焼いている。

「ロバート! お前が見た悪魔はあいつか⁉︎」

「違う! 俺が見たのはもっとデカかった!」

 ロバートの言葉に、その場に居た全員が戦慄した。男たちは、伸ばした手が見えないほどの闇の中で、数の知れない敵に命を狙われているのだ。

「皆さま、恐れてはなりません。創造主さまがついています!」

 優しく、しかし力強く、エマニュエルが男たちを勇気づける。祓魔師らは祈り、武器を持つ者は雄叫びを挙げて、襲いくる悪魔の群れを迎え撃った。


 どれくらいの間、戦っただろうか。悪魔たちは何度か攻撃を仕掛けたあと、森の奥から聞こえてくる咆哮を合図に引き揚げていった。

 十数匹の悪魔に僅か七人で対抗することができたのは、そのうち四人が祓魔師であり、祈りと聖水が悪魔を弱めたことと、襲ってきた悪魔がいずれもきわめて小型だったからだ。もっとも、このささやかな勝利を喜ぶ者は居なかった。祓魔師のひとり、ゴドフリーが命を落としたのだ。祓魔師らは殉死した同志の遺体を手厚く葬り、やがて朽ちるその身体に悪魔が沸くことがないよう、浄化の儀式を執り行った。

「……アラスターさん、アンタはすげえよ。昔はひとりで悪魔と戦ったんだろ?」

 祓魔師たちの儀式を遠巻きに眺めながら、クリフはアラスターに声を掛けた。

「俺さ、アンタみたいになりたくて名乗り出たんだ。悪魔を退治して、英雄になりたくてさ」

 震える声で言葉を絞り出す若者を、アラスターは黙って見つめる。

「戦いながら、俺ずっと『死にたくねえ』って泣きそうになってた。今だって、人が死んでるってのに、自分が助かってよかったと思うので精一杯だ……」

 クリフが言葉を詰まらせる。焚き火で僅かに照らされた身体が、小刻みに震えていた。

「情けねえよ。怖くて仕方ねえんだ……」

 

 私もだ——アラスターはついに言うことが出来なかった。

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