Ⅴ
「やっと見つけましたよ」
ノックも無しに埃っぽい部屋のドアを開けたエマニュエルは、椅子で寛いでいたオーガストに詰め寄り、睨みつける。その薄翠色の瞳からは、先程まで村人たちに見せていた柔和さが消え、冷ややかな侮蔑の色が燻っていた。その様子を、オーガストはどこか挑発的な笑みを浮かべたまま、黙って見ている。
「聖都から姿を消したかと思えば、こんな片田舎の教会に身を潜めていたなんて……盲点でした」
エマニュエルが悔しげに唇を噛む。オーガストは手を叩いて笑いながら立ち上がり、エマニュエルの目と鼻の先まで自身の顔を近付けて、にんまりと笑った。
「いやぁ、優等生の君でも見つけられないとはね。我ながら上手く隠れたよ」
皮肉たっぷりにそう言い、オーガストはまるでダンスのような軽やかな動きでエマニュエルから離れる。
「聖都もなかなか楽しかった。枢機卿たちを堕落させ、修道女の純潔を寝てる間にこっそり奪う——」
「そんなことを……」
聞くに堪えず、エマニュエルが顔を背けた。
「——ただ、そんなことを百年も続けているうちに、飽いてしまったんだよ」
それまで余裕の表情だったオーガストの顔が、ここではじめて歪んだ。
「事あるごとに、創造主に愛された天使殿の邪魔が入るのも、実に鬱陶しいのでね」
オーガストがエマニュエルを睨みつける。スミレ色の瞳には、目の前のエマニュエルを焼かんばかりの憎悪の炎が揺れていた。
「それで、何の用かな? また僕の楽しみを邪魔しに来たのかい?」
「当たり前です。あなたの企みがなんであれ、それを止めて世界の均衡を保つのが、天使であるわたしの務めですから」
「模範解答だね。流石は彼のお気に入りだ」オーガストが吐き捨てた。
「僕を止める気なら、僕の正体を村の皆に暴露すればいいじゃないか。僕がみんなが思っているような善良な神父じゃなくて、この世に災厄をもたらす、本物の悪魔だと」
エマニュエルは困ったように眉間に皺を寄せ、「いいえ」と首を横に振った。
「あなたに誑かされた人々は皆、あなたを心の支えしている。それを奪えば皆絶望し、その絶望は災いの種となるだけ。それではあなたの思うつぼですからね」
「ほぉ。よくわかってるじゃあないか」
「自身を善良な神のしもべと偽るなんて。嘘つきの悪魔らしい……呆れますね」
「そういう君は、僕という嘘つきから人々を守るために自分も嘘をつくだろう? 偽善ではないかな?」
「嘘をつくのと、真実を告げないのとは違います」
「そんなものは詭弁だね」
「何を言うのです」
オーガストとエマニュエル——人ならざるふたりが睨み合う。一触即発の沈黙を破ったのは、そのどちらでもなかった。遠慮気味なノックを三回したあと、小さく開けたドアの隙間から教区長が顔を出す。それまでエマニュエルを嘲笑うように顔を歪めていたオーガストの表情は、いつもの慈愛に満ちたものに戻っていた。
「エマニュエル様。お取り込み中に申し訳ないのですが、一刻も早く悪魔の退治をお願いしたく……」
教区長は口調こそ丁寧だが、その言葉端にはのんびりとした様子のエマニュエルに対する苛立ちが滲んでいる。
「お待たせして申し訳ありません、教区長さま。かつて使命を共にした同志に挨拶をしておりました。すぐに参ります」
エマニュエルは教区長にそう告げ、踵を返してオーガストに会釈をした。
「それではオーガストさま。わたしはこれで。我々の任務の成功を、創造主さまにお祈り下さい」
オーガストは軽く頭を下げながら、微笑んだ。
「もちろんです。エマニュエル様。またすぐにお会いできましょう」
一時間後、エマニュエルと祓魔師たちは道案内のロバート、護衛のアラスター、そしてどうしても英雄に同行したいと名乗り出たクリフとともに、村を発った。
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