第2話【絶望して】

 人ならざる異形モノの姿をした彼女の裂けた口からは涎の様なモノが地面にポタリポタリと垂れ落ちる。


「あ、そうそう。

ここ大きい音だしても誰も来ないよ? 人がいない場所選んだんだから」


 彼女はケタケタと笑う。


「げほっ、お前、人間じゃないのか」


 北村の問いに、彼女は少し考えた素振りをし、答えた。


「人間……なのかな。自分でも判んないや」

「ここ最近の事件はお前の仕業か?」


北村の問いに彼女は首を傾げる仕草をする。


「事件? あぁ、あのホストと研究員を殺したのは私よ。

でもあの女を殺したのはホストでしょう?」


 脇腹から血がどんどん流れ、意識が遠のきそうになりながら狗塚は彼女を見つめる。

 普段の狗塚なら彼女の姿を見た瞬間、動揺し、慌てふためいていたかもしれない。

 しかし、今は何故か頭の中が異様な程クリアになっている。


「私、一年前にある研究室で目覚めたの。

自分が誰なのかここがどこなのかわからなかったわ……唯一分かったことは普通の食べ物じゃ満足できないこと」



 彼女の話はこうだ。

 目覚めると何日間か研究室の中で人体を弄り回され、何者かに監視されていたこと。

 そして衝動が抑えきれず研究員を殺したところを第二の被害者に目撃されたということだ。

 幸い顔は見られてはいなかったそうだが、人を殺した感覚と人に見られたという事実に耐えられず、第二の被害者の身元と場所、交友関係まで調べ毎日付けていたところ第二の事件が起こった。

 事の発端はカップル同士痴話喧嘩がエスカレートし男が女の首を絞め殺害したらしい。


「彼女の首は現場にはなかったはずだ」


 北村は眉を寄せ、彼女を睨む。


「食べちゃった。

風呂場で溺死体のように見せかけようとしたから、男がアリバイ作りにアパートを少し離れた隙に彼女の首だけ食べたの。

だって溺死体なのに首に絞めたあとが残ってたらだめでしょう?」


 彼女は肩を竦めると、ペロリと小さく舌を出した。

 狗塚は彼女に気づかれない様に、慎重に左胸ポケットにある拳銃を探す。


「人を食べると記憶まで自分の中に入ってくるみたいだから高坂奏を殺したのはあの女の復讐ってやつ? 顔を重点的に潰したりしたんだけど……結局そんなに食べる気にはならなかったわ。

さて、お話はこれでおしまい。

もうハンサムな方の刑事さんのこと食べていいよね?」


 彼女はそう言いながら北村に近付いていき、目の前で立ち止まる。

 そして少し身体を屈め、まだ赤黒く変色していないもう片方の手を伸ばし、北村の顎をくいっと上げた。


「それは、無理だな。

うちの新人はまだ刑事としては頼りないが、銃の腕だけはピカイチなんだよ」


 狗塚の撃った弾が彼女の頭を貫き、彼女の体が傾く。

 頭を撃ち抜かれた彼女は崩れる様に倒れた。

 狗塚は傷を抑えながらふらついた足取りで北村のもとに近付いていく。

 北村も倒れた彼女の首に指を添えると頸動脈を押した。

 そして眉を一瞬下げると、息を吐いた。


「刑事としては 頼りない……って、これでも猿間さんに背中預けてもらえるように頑張ってるんですけ、ど」


 アスファルトの壁に手を付きながら立ち上がった北村の方に狗塚は倒れこんだ。

 北村は狗塚を受けとめると、自身の肩に狗塚の腕を抱える。


「血流しすぎだろ。歩けるか?」


 北村はそう狗塚に問うと、狗塚は苦笑いをしながら北村の顔を見て、頷いた。

 ふらつきながら歩く狗塚を気遣い、北村は狗塚の腰も支えながら、歩き出した。

 狗塚は申し訳ない気持ちの反面、少し胸がジーンとすると、嬉しそうに少し口角を上げた。


「はい、猿間さんも大丈夫ですか?」

「肋骨2.3本は折れてるかもな……っ郁!」






「え」


 そう焦った様な北村の声がすると、狗塚は地面に背中から倒れ込んでいた。

 目を開けると北村が狗塚の上に覆いかぶさっており、北村の肺と腹、右腕左腕には血で紅く染められた指が突き刺さっていた。

 ぽたっと狗塚の頬に1粒血が落ちる。


「せっかくの食事を逃がすわけないじゃない。

死ぬ瞬間って何を考えるの? あのホストはねずっと必死に逃げようとしていたよ。

最後のあの絶望しちゃった顔……忘れられないよね。

全身がブルって疼くの。

あぁ、この人今から私の一部になっちゃうんだなって……もう一度あの顔見て見たいな。

ねぇ、貴方はどんな顔で絶望するの?」


 指が北村の体からかれる。


「っ、郁。お前だけでも、に……げろ」


 北村は上手く肺に酸素が送れていないのか、言葉が途切れ途切れになっていた。

 時々血が混じった様な音もする。


「猿間さ……ん? なんで……っ、」


 狗塚は起き上り、北村の身体を横にする。

 そして必死に自身の手で北村の傷口を押えた。

 しかし、指の間からどんどん血が零れだしていく。

 狗塚の手はカタカタと震え、指先から冷たくなっていく感覚に襲われる。

 溢れ出す北村の血が鮮明に生暖かく感じる程に。

 北村は傷口を押えている狗塚の手に自らの手を添えると、小さく首を振った。


「いやだ、いやです。猿間さん。俺、」


 狗塚は瞬きを忘れる程、北村を凝視する。

 瞳から流れる涙は止まることを知らず、頬を伝うと、北村の上に降りしきる。

 北村の瞳の光が少しずつ薄暗くなっていき、ヒュッと狗塚は息を呑んだ。



「貴方、さっきからうるさいよ」


 彼女の腕が伸び、銅器のように重たい衝撃が狗塚の頭を駆け巡り、狗塚は意識を失った。





ずるずるずる……


 狗塚はまだ意識がはっきりしておらず、わかったのは自分が彼女に引きずられているということだった。

 彼女は歩みを止め、つかんでいた狗塚の襟を離す。


「さぁ、どこから食べよう……」

「……ターゲット見つけた」


 次の瞬間彼女の首が空高く飛ばされ、空中で血しぶきをあげ破片と化した。


「夕凪ちゃん。なんとか間にあったよ」


 メイド服に日本刀のミスマッチな彼女は刀を鞘に収め、夕凪と呼ばれた少女へ渡した。

 少女は狗塚を抱き起こした。


「……血流しすぎ。

瀕死じゃない……っ! 」

「……頼む。猿間さんを、助けてくれ……」


 狗塚は少女の腕をつかみ、最後の力を振り絞り口を開く。

 そしてゆっくりと意識は遠くへおとしていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る