第3話【君、次第だ】

 ――人生の中で選択は数多くあるだろう。時には間違い、学び、導かれる時もあるでしょう。

 最も難しいのはその選択が必ずしも正解に導いてくれるとは判らないことだ。と、いつだったか誰かに言われた気がしたのだ。





 ……ピッピッピッ

 

 機械音だけが響く部屋で狗塚郁は重たい目を開けた。



「ここは、どこだ……?」



 ゆっくりと身体を起こし郁はまわりを見渡す。

 白い部屋に横たわっていたベッドと郁の左腕につながり伸びている点滴用のガートル台。

 近くに立て掛けの鏡がある。

 病院にしては殺風景だな、と郁は思い、ふと鏡を見たとき目を丸くした。


「ん?」



 少しだけ自身の見た目が若返っているような……と郁は鏡に映る自身を見つめた。


「あ、起きた!」


 ドアが開き、ナース服姿の郁と同じ歳くらいの女性が部屋に入ってきた。

 郁は眉を寄せ、彼女の顔を見た。

 彼女はサイズが小さいのか生地が胸元だけやけに引っ張られていてキツそうに見える。

 彼女はニコニコと郁に笑顔を向けた。

 郁はふと思い出したようにあっと声を出す。


「君は……あのとき急に目の前に現れた……」

「はい! リリィと申します。

以後お見知りおきを!」


 リリィと名乗った彼女はペコっと頭を下げる。


「身体の調子はどうですか? 痛いところありません?」

「え、特に痛いところは……あれ痛くない?」


 郁は服をめくると、左脇腹は傷口一つもない。

 しかし確かにあのとき左脇腹を郁は抉られたはずだった。


 ――あの得体も知れない彼女モノに。


 リリィはほっとした表情をすると、嬉しそうに郁に話しかける。


「わぁ、やっぱり傷口ふさがるの早いんだね~」

「……やっぱり?」

「吸血鬼の血は治癒力が強いからきっと回復するよって夕凪ちゃんも言っていたから! 良かったね早く馴染んで……」

「吸血鬼? 早く馴染んで良かった……?」


 リリィは郁の戸惑いの顔に気づき、はっとしたように口を噤んだ。


「やっとお目覚めかよ。狗塚郁」


 郁は声のした方を見ると、セーラー服に軍服を羽織った少女が部屋のドアを開き、入って来ていた。

 少女は郁に近付いてくると、淡々と郁に問い始めた。


「身体の調子は? 違和感はないか? 吐き気は?」

「……」

「大丈夫みたいね。

体の変化に対応するために眠り続けていたから起きたらお腹ぐらいは空くと思って、一応貴方の為に持ってきてあげたからこれ飲めば?」


 少女は郁に輸血パックを差し出し、「半分人間でも、血は飲めるでしょう?」と言った。

 郁は差し出された輸血パックを振り払い、少女の胸ぐらをつかんだ。


「俺に……何をした?」


 部屋はシンと静まり返える。

 郁は少女の胸ぐらを掴み、少女とにらみ合う。

 少女は舌打ちをすると、めんどくさそうに口を開く。


「……助けてって言ったから、瀕死の貴方を救ってあげたんだけど?」

「俺は猿間さんを助けてくれって言ったんだ! 俺なんて、生きたって死んだって良いんだよ!!」

「うざい」


 少女は胸ぐらを掴んでいる郁の腕を引っ張り、身体の重心を使い背負い投げをした。

 投げ出された郁は壁に激突する。

 その衝撃で点滴の針が外れ、刺さっていた箇所から血が流れ出した。

 しかしみるみる内に修復していく。


「悲劇のヒロインぶってんじゃねぇ! 俺なんて生きたって死んだって良い? なら勝手に死ねば?」

「……ッ」

「ははっ、死ぬ勇気もないくせして大口叩いて、自分よりか弱そうな少女の胸倉掴んで怒りぶつけて楽しいかよ、糞ポリ公様?」

「……お前も自分でか弱い少女とか言うわりに簡単に男一人投げ飛ばして、それでその口の悪さ……直した方がいいんじゃないか?」

「はいはーい、ストップ。

夕凪ちゃんもいじわるしないの! 郁くんも落ち着いて」


 リリィは睨み合う二人の間に入り、仲裁を試みる。


「郁くん。生きたって死んだって良いなんて悲しいこと言わないでね。

……彼に申し訳がたたないよ」


 リリィは郁に手を伸ばすと、郁はその手をとり立ち上がった。

 郁は冷静になる為、一呼吸し、ゆっくりと口を開いた。


「……猿間さん、俺と一緒にいた人がいたと思うんだ。

その人は……?」


 リリィは首を横に振った。


「ごめんね、郁くんを助けたあと襲撃された場所に行ってみたんだけど、血のあとしかなくて……」

「……」


 郁は唇を噛んだ。

 自分が負傷してなかったら、背後の殺意に気づいていれば先輩である北村猿間は死なずにすんだかもしれないんじゃないかと自分の不甲斐なさに後悔を募らせていた。

 そして自身の体を見ると、壁に背をもたれている夕凪の方を見る。


「俺は、なんで生きてるんだ? あのとき血流しっぱだったし、出血多量で……」

「えぇ、あのままだったら死んでたでしょうね。

私の血を失った分だけ貴方に飲ませた。

だから今は貴方の身体は半人間半吸血鬼状態になってるって訳」

「……教えてくれよ。アレは何だ?」


 あの時、郁達を襲ってきた彼女アレは自分が何者なのか分からない、ただ飢えていると言っていた。



「あれは、ただの狂った人食い化けモノよ。私たちは(リビングデッド)と呼んでる」

「リビングデッド?」

「貴方を襲ったのは人間と同じ姿を模った別の生物。あの女は無条件で人間を襲うリビングデッドだったってわけよ」

「……ごめん。理解が追いつかない」

「……馬鹿なの?」

「……何故だろう。とてもムカつく」

「はい、はーい。にらみ合いしないの~! 夕凪ちゃんも説明が全然足りないよ!

の存在を知らない人にとっては分からないでしょう?」


 リリィはそう言い、ゴホンと咳払いすると、立てた親指を郁に向けてウインクする。


「郁君、簡潔にまとめるとそのデッドという化物が現れた時にシュッって突撃して、バシッとブシャッと倒すのが私たちなのです!」

「……はぁ」


 リリィは得意げな顔をするが結局さっぱりわからない郁は頭を抱えた。

 夕凪は考えた末に思いついたのか先ほど郁が降り払った輸血パックを手に取る。

 血を指に付けると、白い壁に何か書いていく。

 書き終わると壁に指を指した。


「デッドの存在が私達にとっては当たり前だから、その認識で話してたわ。

……リビングデッド、通称デッドは人間ではない化物よ。

主に血肉を求めてるわ。

そのデッドを昔から撃退を行っているのが私達、(ノアの箱舟)という組織よ」


 夕凪はその後も郁に説明を続けた。

 郁の身体は吸血鬼である夕凪によって半吸血鬼化した為、副作用で実年齢より若返ったとのことだった。

 夕凪の説明が一通り終わると、リリィは郁の手を包み込むように握り、にこっと笑った。


「それでね、郁くんにお願いがあるの。ぜひノアの箱舟に入ってほしいな!」

「……はい?」


 郁は瞬きをする。


「あ、突然何を言い出すんだろうって今思ったでしょう?」


 リリィは頬を膨らませる。郁は控えめに頷いた。

 夕凪は壁にあったスイッチを押すと、音を立て、天井からスクリーンが下りてくる。


「残念なことばかり言うけど、狗塚郁という刑事はあの時死んだことになってる」

「え」


 スクリーンの画面に映像が流れる。そこには謎の女性の首なし死体と2人の刑事の遺品が見つかったとの内容だった。


『……優秀な部下を二人も失うことは、なんと言葉にすれば良いか分かりません』


 警察庁長官が記者会見の席でそうつぶやく。記者達は質問を繰り返し、カメラのフラッシュが飛び交う。


『我々は引き続き残虐な犯人逮捕の為動くつもりです。市民の安全を第一に…』


 郁はふと、画面の端に映る佐伯を見つけた。


「佐伯さん……」


 郁が佐伯班に来たとき開かれた歓迎会で佐伯が猿間とは今では立場は違うがお互いを信頼し合える親友だと話していた。


「……第一支部の連中はこうゆう時に限って仕事が早くてうんざりする」


 夕凪は郁に聞こえないような声でぽつりと呟いた。


「……どうして俺にそんなこと言うのか、何となく聞かなくても分かった気がしてきた。

生かした代わりに俺に化物リビングデッドと戦えってことだろう?」

「理解早くて助かるわ。でも強制するつもりはない……」


 夕凪の言葉を遮るように郁は言葉を発する。


「いや、やるよ俺。

……誰かの大切な人が襲われてこんな気持ちになる人が増えるのを止められるならさ、俺が生かされた理由を肯定することが自分の中で出来る気がするんだ。

只のエゴかもしれないけど……手伝わせてくれないか?」


 夕凪は驚いた様に目を見開く。

 その反面、リリィは嬉しそうに郁の手を握り、ぶんぶんと上下に振った。


「改めて、ノアの箱舟へようこそ郁くん。歓迎致します!」

「……そうと決まれば、ラヴィさんに会ってもらわないとね」

「呼んだ?? 」


 そう声がすると、郁達は声が聞こえた方向に同時に向いた。

 変な小鳥のかぶり物をした人物がいつの間にか夕凪の横に立っていた。

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