第4話【決意】

「さっき偶然ここを通ったらものすごい音がしたからびっくりして来ちゃったよ」



 変な小鳥のかぶり物をした人物はそう言いながら笑った。

 声の響きだけでは女なのか男なのかわからない。

 郁は小鳥のかぶり物を観察するように見た。

 頭部は茶色で顔には太い帯の様な過眼線がある。

 雀に似ているが少し違う気がした。


「嘘ですよね? ずっと出るタイミング失って入口でうろうろしてた足音聞こえてましたよ? ……紹介するわ狗塚郁。この人がラヴィさん」


夕凪がそう言うと、ラヴィは郁に向かって頭を下げた。


「はじめましてノアの箱舟のラヴィ・アンダーグレイです。

ワンコくんだっけ? よろしくね」

「いや、俺はワンコじゃなくて狗塚です……」


 (前にもこんなやりとりしたな……佐伯さん俺の名前分ってるのに毎回俺のことワンコって……それで猿間さんが……)


「あー、ラヴィさん郁くんのこと泣かした~!!」


 リリィの声にはっとして郁は頬を触ると濡れていた。


「すいません、違うんです。

尊敬してる上司にワンコって呼ばれてて……少し、その……思い出してしまって」

「そうなんだね。

じゃあ、これからワンコくんって呼んでいいかな?」

「はい、構いませんよ」


 ラヴィは郁を指さし、指を上下に振った。


「さてと、ワンコくんずっとこの姿のままだと、もしも突然デッド達が襲来してきたら戦えないよね。

丸腰だ」

「ラヴィさん、そういうことは冗談でもおもしろくないです」


 夕凪が不機嫌そうに答える。


「やだな、ジョークだよジョーク。

そうだリリィから聞いたけどワンコくんは銃の扱いがうまいらしいね」

「はい、あまり使う回数……そんなに頻繁に使ってたらおかしいですけど、上司には銃の扱いだけは特に評価されました。

……他のことよりもずば抜けて凄いねと嫌味付きで言われましたけど」

「うーん、でもとっても素晴らしいワンコくんだけの能力だと僕は思うよ。

だからワンコくんにぴったりの血統武器を、僕からプレゼントしてあげる。

これで身を守ることも出来るしね」


 ラヴィは手のひらを上に向けると次の瞬間手の平の中心に紅い塊が集まっていき、あっという間に拳銃の形に変わる。


「血統武器は対化物戦闘武器だよ。

ワンコくんは半吸血鬼だから自分じゃ血統武器は創り出せないからね。

はい、大事に使ってね」


 ラヴィに差し出され、拳銃はズシリと重く、郁は確かめるように強く握った。


「装弾数は6発。

デッドを一発で細胞諸共破壊することができる。

銃の使用経験もあるし、すぐにでも戦闘に参加できると思うよ。

それじゃ、僕は上層部に呼ばれてるからここで失礼するね」


 ラヴィは郁達に手をふり、部屋から出て行った。


「……貴方、泣き虫なのね狗塚郁」


 夕凪はポツリとつぶやく。


「悪かったな。

あとそろそろフルネームで呼ぶのやめてくれませんかね?

イヌヅカ カオルが時折、イヌヅカオルに聞こえるんだけど……」


 郁がそう不満そうな顔で言うと、夕凪は食いつくような勢いで反論した。



「カが多いんだよ! 苗字と名前の間にカを連続で入れんな!」

「いやいや、苗字と名前の間に間をおけばいいじゃん! 狗塚 郁って。間を!」

「……じゃあ、イヌ」

「いや、せめて苗字か名前にしてよ!」

「もー! 二人してちょかいかけ合わないの!」

「「だって、こいつが生意気なんだよ! こっちは年上なのに! あと、ぎゃふんと言わせたい!」」


 郁、夕凪両者が同時に互いがお互いを指差す。


「……つかぬことをお聞きしますが、夕凪ちゃんさんのご年齢は……?」

「ちゃんさんって何、馬鹿にしてるの?

……棺桶から目覚めた時からこの姿だったから実際の年齢は分らないけど、多分貴方よりは年上よ。多分」

「……ってことは、以外に年配なのでは……」


 今日2度目の夕凪の背負い投げをくらい、郁は自分の背中をさする。


「大体、吸血鬼に年齢なんて関係ないでしょう」

「まぁ、そう、なのかな……?」  


 何百年何千年生きてようが、吸血鬼は姿形は変わらないってことかと思い、ふと郁は思った半分吸血鬼だったら歳はとるのだろうかでも若返ってるしな……と郁は考えを巡らせていると、夕凪の溜息が聞こえた。


「……郁、あんたはまだ半分しか吸血鬼化してないから老いていくと思うけど……」

「へー……そうなんだ。

って、俺声に出してた!? 心の声」 


 郁は驚いた顔をすると、会話を聞いていたリリィがにこにこ笑う。


「郁くん顔に出てたよー」 


 そんなに分かり易い表情をしているのか。

 そういえば昔から隠し事とか出来ないタイプだったなと郁はなんとなく納得した。



「郁」

「……なんでしょうか、夕凪ちゃん」  

「……わかってるとは思うけど、貴方殺れるの?」


 郁はふっと俯く。


――あのとき襲ってきた彼女は自分と同じ人間にしか見えなかった。


 デッドだとしても自身は人を撃てるのだろうかと郁は考えていた。

 そして郁は顔を上げると、夕凪達を見る。


「わからない。

でももう後悔を繰り返したくない。

俺はこの手で今度こそ守りたいから」

「……貴方のせいで殺り逃がしたくないから、足手まといにはならないでね。

一応サポートはするけど……」


 夕凪はそう言うと郁の方へ鍵を放り投げた。


「貴方の部屋の鍵よ。

場所はリリィにでも案内してもらって」

「任せて~! 夕凪ちゃん! じゃあ、行こう行こう郁くん!」


 郁はリリィに手を引かれ、部屋の外に出る為、歩みを進める。


「服も部屋にあるから、着替えたら出発するわよ」


 郁の後から部屋を出た夕凪はそう言い、郁は顔だけ振り向くと、夕凪を見た。


「どこに?」

「今は使われてない製造工場。

郁、貴方達警察が研究員の死体を見つけた場所の近くよ」

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