第××話 ある男についてとその手記


 ――― 私、××は幼い頃から教団が運営する各教会の司教になることが決められており、教団や自身の親から英才教育を施されていました。


 しかし私は元々身体が他の兄弟よりも弱く覚えも悪かった為に、落ちこぼれや恥さらし等と言われておりました。


 英才教育は朝から晩まで行われ、他の兄弟はその時間の合間に自由に出来る時間を設けられていましたが、私は努力をしていない。怠っている。との理由で部屋に閉じ込められ、幼い頃は外に出してもらった記憶がありませんでした。


 悪魔憑きを祓うのも司教の仕事の一つなのですが、やはり悪魔も只、祓われるだけでは終わりません。

 多くの兄弟達は悪魔に返り討ちに合い、呪いを受けました。


 運が良ければ体のどこかの機能を失うか、最悪の場合悪魔に憑かれ、自害させられた者もいました。

 それほど悪魔祓いは難解な仕事なのでした。

 ですが奇跡的なことに私は他の兄弟と比べ物にならない程の悪魔祓いの才能がありました。

 あれほどに長年私を嫌悪し、蔑んでいた親族は手の平を返す様な振舞いになっていきました。


 私は困惑し、外には勿論のこと人とは極力会いたくない為、悪魔祓いの仕事があるとき以外は自室に籠っていました。


 私が成人を迎えた頃、同様に悪魔祓いをしているという小さな国から来たと出会いました。


 教団は悪魔祓いできる人物が増えることを危惧し、あまり先生を好ましく思っておりませんでした。

 私にも先生に近付くなと言っておりましたが、私は先生に心底憧れを抱き、教団を逃げる様に抜け、退魔師になることを決意しました。

 そして私は先生について、色々な国に向かいました。

 教団にとって私の抜けた穴は大層大きかったでしょう。

 しかし、私にとっては初めて抱いていた希望ある光が差し込む場所に出れたことを心の底から嬉しく感じました。



 何十年も過ぎた頃、どこで居場所を突き止めたのか私の元に兄弟達が訪ねてきました。

 父である現司教が病に伏せており、先が長くない為兄弟達からどうしても父の跡を継いで欲しい。という内容でした。

 一度は謝罪を含め、断わりましたが、それならせめて父の顔だけでも見に来てくれないかと言われました。


 何十年もの月日の中で自ら教団を抜けた負い目が私の中に多少は芽生えており、またカイン・クロフォードの件で先生が故郷に戻られることもあった為、それでは顔を少し見るだけならと久しぶりに故郷に帰ることになりました。

 病に伏せている父の姿は記憶しているよりも弱弱しく、また教団も年々と衰退しているようでした。


 そこで突然自らの中でと思い始めました。


 私は父の跡を継ぎ、司教になることを決めました。

 そして十二人の妻を娶ることになりました。

 どこかの令嬢や、教団の関係者の娘、中には魔女もいました。


 きっと私が亡くなった後も教団存続の為に私の才能を受け継ぐ子を残したかったのでしょう。

 私はそれもきっと決められた運命なのだろう。と受け入れました。


 司教になった後もエリーゼ・クロフォードから自身の翡翠色の瞳を媒体にした石をペンダントにし、肌身離さず持つようになりました。


 少し年月が経った頃、周りで異変が起こり始めました。

 妻や使徒達の身に謎の死や不幸が訪れ始めました。


 またカイン・クロフォードの心臓を閉じ込めた木箱の中に別のものが入っていたこともありますが、それは退魔師の頃に禁忌を犯し、契約していた怠惰の悪魔の仕業だとわかりました。


 それとは別に何者かの存在を常に感じていました。

 いいえ、正確に言えば誰かがそこに居たはずだったという感覚に近いのかもしれません。


 そのときの記憶がないのです。

 すっぽりと頭の中から消えた様な気持ち悪さを只残していくのです……


 悪魔やカイン・クロフォードとは違う。

 何か別のナニカ。に



 私は当時からエリーゼ・クロフォードや悪魔達のことを記していた手帳にそのナニカを覚えている範囲書き残すようになりました。

 そこでふと、思い出したのです。


 ―― ノアの箱舟は古来最強の吸血鬼 エリーゼ・クロフォード、カイン・クロフォードの存在を何故知りえていたのだろう?

 どんな古い文献にも彼らの存在等記されているわけでもないのに。



「それなのに何故、××は……」


 の名を無意識に発したが、自身の声が耳に届くと頭に激痛が走り、胃の内容物をすべて吐き出してしまいました。

 身体のすべてがそのを思い出すことに拒絶反応を示しているのだと理解しました。

 そして同時に恐怖を感じました。


 そのナニカはきっと彼らの近くに居るのだろう。

 そのことを彼らは気づいていない。

 ナニカは時が満ちた後、何かをするつもりなのだろう。


「……彼らに、知らせなくては。

しかし、どうやって知らせれば……」


 ナニカに悟られず、彼らに伝えられたら……そうだ。それを伝え託すのは私ではなくてもいい。





 私には子供が……

 その子供の子供が……

 その子供の子供の子供が……

 その子供の子供の子供の子供が……










                      




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