第37話【アンダーグレイ】
覚えている記憶の中で一番古い記憶は、貨物車の荷台に揺られながら、膝を抱えて顔を埋めていた記憶だった。
狭い荷台の中には同じくらいの歳の少年少女が居て、少しでも大きく車体が揺れれば、肩がぶつかってしまうくらいの距離に詰められていた。
それぞれ肌の色も瞳の色も違う。
痩せ細っている子もいれば、ふくよかな子供も居た。
また、言葉も少し違っているのか知らない言語が聞こえることもあった。
子供の中には母親の名前を呼びながら、すすり泣く子供もいれば、声を発さず、真っすぐと前を見据えている子供もいた。
「*****! *******?」
突然話しかけられ、顔を上げて声の主の方を見た。
肩まで伸びた薄い黄色みがかかった髪色に青色の瞳を持つ少女は笑顔で何かを一生懸命伝えているようだった。
「……」
少女は少し首を傾げると、言葉が通じていないことが分かったのか自らを指さして口を開いた。
「***、ソマ!」
少女の名前だろうか、はっきりとその言葉だけは理解できた。
貴方は? と言うように、指をこちらに指すと笑った。
「……名前はない」
そう言いながら首を振った。
言葉は通じていないが首を振るうジェスチャーで少女はこちらの言った意味はわかったようだった。
少女は少し残念そうな顔をすると、次は手首につけられた金具に巻き付いている紙を指さした。
「アンダーグレイ?」
紙には乱暴な筆跡でunder grayと書かれていた。
「……そう、俺はアンダーグレイだよ。
君にも同じように書いてあるはずだよ」
少女の手首にも同じような紙が金具に巻き付いており、そこには
「そうか、君はwhiteなのか。
それも一番上質のoverまでついてる。
よかったね。
買い手によっては衣食住が保証される可能性は高いと思うよ。
まぁ、買い手によるけどね。
もしかしたら綺麗な状態のままを好む奴らに買われたら一生日の光を浴びれなくなるかもしれないけど……あぁ、ごめん。言葉分からないよね?
いいよ、知らないままの方が幸せなこともあるよ……」
少女はまた首を傾げた。
貨物車が停まると、荷台の扉が開いた。
男が二人入ってくると、子供達を見渡す。
長身でひょろりとした体つきの男は紙を一枚片手に持っていて、紙に書かれている文字に目を通しているようだった。
「一人目は
「
無精ひげで小太りの男は紙に目を通している男に問う。
「そうですね、少女を希望しています。
underは問いません」
「そうか、何回目の取引だったかな……?
確か白人で青い目が好きだったか?」
「そうですね……過去のリストでは。
しかし、白い肌の子供は貴重ですのであまり出したくないのは本音ですが……」
「良い、それで取引を辞められても困る。
上玉だからな。
また、子供なんて仕入れればいい!」
男達の言葉は長い期間を経て、多少は理解できるようになった。
その会話で買い手が誰なのか見当がついた。
確か、
少女は特に泣き易いから好んでいる。
涙を流し、潤んだ眼球に興奮する
前回は三人ほど買われていったが、あれから大分経っているので、彼女達はどうなったのか、判らない。
小太りの男は歩みを進めると、何人かの少女の腕を掴んだ。
先程のソマも腕を掴まれ、悲痛が混じった大きな声を発する。
「***!! ****!!!」
「黙れ。
商品に傷をつければ価値が下がるんだ! 大人しくしろ!!」
ソマは泣きながら、暴れる。
「アンダーグレイ!! **********!!」
「さっさと歩け!
under五名は適当に選んどいてくれ!!」
「わかりました」
男はそう言うと、ソマと数名の少女達が外に連れていかれる。
もう一人の商人の男は五名の子供を指さしながら目星をつけると、どんどん奥へと歩みを進めていく。
そしてピタリと目の前で足を止める。
乱暴に顎を掴まれ、上を向かせられた。
「……君は今回も売られてもらうよ。
ここで買い手が決まっても君は返却されるからな。
君だけだよ、under grayなのは。
whiteでもなくblackにもならない。
でも他の子供よりも金を増やしてくれる商品ではあるからな……」
「……上玉の方ですか?」
「ふ、一端口も利けるようになって。
正直なところ最近羽振りが悪いのか商品の買取が減ってね。
そろそろ潮時ではないかとは思ってはいるんだよ。
これは外に居るもう一人の男には秘密だ。
わかったな?」
掴んだ顎を手で撫でると、男はにこりと笑顔を作った。
◇◇◇◇◇◇
石に車輪が乗ったのか、荷台が大きく揺れる。
揺れた衝撃で起きてしまい、重い瞼を開けた。
どのくらい寝ていたのか分からないが、鈴虫の声が澄んだように聞こえるので、夜なのだろうと予想がついた。
荷台の子供は減った。
ここに戻ってきたときも荷台が広くなったと思っていたが、それからも色々な町に立ち寄っては一人、二人と子供が連れていかれてしまった。
おもむろにポケットから一括りに縛られた髪の毛を出した。
荷台の天井には少し穴が空いていて、丁度月の光が差し込んでおり、薄い黄色みかかった髪の束は反射する様にキラキラ光った。
コレしか綺麗な状態のモノはなかった。
あとは血がこびり付いていて鉄臭いので捨てて来た。
「今度は同じくらいの容姿に生まれて、幸せに暮らせる様になれるといいね。
……死にたくなかっただろうに」
そうつぶやくと、膝に顔を埋めた。
子供の中には攫われた者、親に売られた者、そして孤児。
商品のランクは【
肌の色や、国籍は関係ない。
容姿や体つき、成長具合で
だが、
内臓を取引されたり、最悪の場合は実験材料に使われることもあるという。
でもover whiteだからと言っても保証されるかという確実な可能性は断定できないのは事実であり、ソマの様に特殊な性癖を持った買い手に買われれば命さえも無残に奪われてしまう。
衣食住が保証されていようが商品なのは変わりない。
どう扱われるのかは買い手の自由なのだ。
そしてoverにもunderにもなれない商品を
◇◇◇◇◇◇
半月に一度、商人達は商品を仕入れる為に町に滞在する。
彼らが行ってる商売は人材派遣業、平たく言えば人身売買だ。
人身売買は違法ではあるが、売買取締の法律等正確に定まっていない為、暗黙の合法として扱われている。
只、一か所に滞在する時間が長い程、面倒ごとが発生する可能性があるので、一人は商品の補充を、そしてもう一人は子供たちが万が一逃げないように監視する役目を担っていた。
荷台の扉は少しだけ開いていて、まるで逃げる隙をわざわざ作っているようだが、荷台の中にいる子供達はじっと大人しくその場に座っていた。
稀に逃げ出す子供もいたが、言葉が通じることは叶わず、商人に捕まってしまった。
彼らも大切な商品には傷なんてつければ価値が落ちると考えている為、無闇に傷つけることはないと思うが、それは子供の価値による。
前に逃げ出した少年はunder blackだった為、子供達の見せしめとして目の前で躾という名の暴力を受けていた。
その少年も大分前に売られていったが、今現在どうなってしまったのかは不明だ。
ギィィっと扉が開かれる音がすると、長い影が少しずつ大きくなっていく。
顔を上げ、扉の方向に視線を向けると、黒シャツに灰みの緑のコートを羽織った男が荷台の中に足を踏み入れていた。
慌てたように商人も荷台の中に入ってくる。
「旦那さん。
こんなのよりももっと上質な子がいますよ?
それに……このunder grayは呪われてる。
買い手が必ず返却してくるんですよ」
商人の男は焦るようにそう言う。
「私は返却等しませんよ。
それと、貴方たちが提示する値の倍は出すつもりです。
ですから、彼を私に売って頂いてもよろしいでしょう?」
「しかし……っ」
「先生。こいつら絞めて、吐かせませんか?
こいつらにとって好条件を提示してるのに応じないのはなんか他に理由でもあるんじゃぁないですか?」
「やめなさい、
先生と呼ばれた長身の男は少し考えた様な顔をするが、やはり商人の男に交渉を続けた。
男は腰に細長い武器を下げており、他にも銃を隠し持っているのかホルスターが見える。
先程から先生と呼ばれる男の隣で口を尖らせている十代後半くらいの雨宮と呼ばれた少年は大きい布に被さっているものを背負っていた。
「……わかりました。
では、他に何人か子供を買いましょう。
その子供達にも倍出します」
商人はその言葉を聞くと、交渉に応じる姿勢を表わした。
手首につけられたモノが外されると、商人の男は耳元に顔を近付かせる。
「隙を見て戻って来い。
いつも通り殺してしまえばいいのだからな……」
「……あ、」
「聞こえてるっつーの!!
先生、やっぱりこいつら示し合わせて悪事企んでますよ!
俺らで絞めちゃいましょうよ!」
一瞬何が起こったのか分からなかった。
少年は商人の首に触れるくらいの距離に小型の果物ナイフの様な刃物が当たっていた。
商人は唾を飲み込み、そして少年を睨みつけながら口を開いた。
「おいおい、いきなりそんな物騒なものを取り出して……」
長身の男は溜息をつくと、口を開く。
「穏便に事を済ませたかったのですが、この様子ですと申し訳ありませんね。
こういった行為は違法にすることが難しかったようですが、この町では少し前に権力者が変わったと同時に法律が変わったようでしてね、同じような商売をしていた商人が先日牢に閉じ込められたと耳にしましたよ。
本日もそういった方々を取り締まっている人間が町の至る所で見かけましたので、貴方のお仲間は大丈夫でしょうか?」
商人は眉間に皺を寄せる。
「……だけど、そんな商人から子供を買おうとしてる貴方達も同じように罪に問われるんじゃないか?」
「いいえ。
詳しく説明するのは難しいですが、他の方とは違う意味で子供達を捉えて頂ける立場に就いていましてね、貴方達に渡すこちらも金銭もとある人物の依頼で用意して頂いているものなんです」
商人は何かに勘付いたのか、少年を振り払うと逃走する。
しかし、外ではすでに話にあった人物達が待機していたのか、商人が拘束され、悔しそうに声を漏らす声が聞こえた。
身寄りのない子供達は町の孤児院に預かってもらえることになったらしい。
子供達はずっと張りつめていた緊張が解れたのか、泣き崩れている子供もいた。
「君」
長身の男に話しかけられ、顔を向けた。
「君は他の子供達とは違い私や商人が発している言語を理解しているようだね」
黙っていると、男は言葉を続けた。
「……もしかして、声が発せないのかい?」
「いえ、喉は幸い潰されてない」
そう答えると、男は安堵したような表情をした。
「それはよかった。
言葉が交わせなかったら違う方法を探さなくてはいけないからね」
「……貴方は何か用があって、自分だけを呼び止めたの?
それともその質問を聞くためだけに?」
「お前、先生に対して口の利き方が生意気だろっ……!」
少年は噛み付かんばかりの表情を浮かべ、こちらへ近づいて来ようとするが、男はそんな少年を制止した。
「雨宮、君は黙りなさい。
言語の理解もあって、加えて君は私が荷台に入って来た時に私の顔を見た後にすぐに腰に下げた刀とホルスターの銃を確認するよう視線をすぐに移していたね。
そしてずっと警戒していた。
だから、商人が耳うちしたときに少し戸惑った顔をしたんだろう?」
「……」
「あの場で瞬時に判断、把握して警戒に移す姿勢は正直驚いたよ。
磨いて鍛えれば私の隣にいる少年と対等に渡り合えるかもしれないね」
「ちょっ、先生ひどくないっすか?!俺だって一応強くなってきたと思うんですけど…」
少年は頬を膨らませ、そっぽを向いたのを横目で確認した後、顔だけでなく身体の向きも長身の男の方に変えた。
「貴方達、何者なんですか?
軽装なのに物騒そうな物を装備していて……」
「ああ、これはあるモノに対する武器でしてね、無闇に人には使いません。
まぁ、先程はこの雨宮という少年が商人に対して使用していましたが、本来はそういった事には使わないものなので、ご心配ないですよ」
「すいませんっした……」
少年は反省しているのか、肩をガクンと落とした。
「さて、では私が何故君だけを呼び止めたかをまだ言っていませんでしたね。
先程、依頼として金銭で君を含め子供達を買おうとしていましたが、正直私は君が欲しいという理由は変わらないんですよ。
実はですね、君の様な子供をずっと探していまして、もし君がよろしければ私共と一緒に来ませんか?」
長身の男は視線まで腰を下ろすと、自身に手を差し出し、にこりと笑った。
「………」
ゆっくりと頷くと、差し出された手をおずおずと握った。
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