番外編

特別エピソード【暴食の憂鬱】



カチャカチャとドールを組み立てる音だけが部屋に響く。

ユヅルは動かしていた手を止めると、大きく背伸びをした。

同じ姿勢で長い時間作業していた為かボキッ、ボキッと凝り固まった筋肉が緩んだ音が数回した。


「のぅ、主様よ」


そう後ろから声がすると、ユヅルの首にマリアの腕が回された。

首が絞まる手前程の力が加わり、ユヅルは眉を歪めた。


「……ああ、悪かった主様。少し力が入りすぎた」


腕の力が緩まると、ユヅルは数回咳払いをし、マリアの方に身体を向けた。

マリアは口を尖らせながら、気まずそうにそっぽをむいた。


「何、どうした」


「……別に、特に理由はないんじゃが」


ユヅルは呆れた様に溜息をつくと、マリアはちらりと視線だけをユヅルに向けた。


「理由もなく突然首を絞めるのはたちが悪いな、マリア。

何か言いたいことがあるんだろう」


マリアはウッと、バツが悪そうな顔をすると、しぶじぶ口を開いた。


「儂は、怒ってるんじゃ。

一応今回はどうも腹が気持ち悪い程むしゃくしゃしてのぅ……」


「……腹が気持ち悪いのは、怠惰の悪魔を食べたからだろ。

胃もたれだ、胃もたれ。

その場合胃薬は悪魔に効くのか?僕が飲めば、マリアの方にも作用するのか……? 」


「主様のそういう所がモテない理由だろうな。

違うわ!

あー……そのな……主様が儂との契約を破棄してアルファと契約しようとしたからじゃぁ~……」


マリアはそう言うと、頬を膨らませ、ユヅルの方をじっと見た。


「儂は説明したはずじゃぞ?

悪魔と契約した者は死後その契約した悪魔に魂を食われると。

それを理解した上で、簡単に儂との契りを破棄し、他の悪魔にも魂をやろうなんてそんな浅はかな考えが主様にあるなんて、儂は失望したぞ!

いや、違う……そうじゃなくてのぅ……! 」


「要は自分マリアより嫉妬アルファの悪魔を選ぶなんて悲しかったぁーって言いたいんだろ」


「主様……ふざけすぎしゃないか? 」


「……うん、悪い。

深夜テンションすぎて、頭がよくまわらないんだ。

自分でも変な事言ったわって思ったよ」


ユヅルははぁと溜息をつくと、マリアに手招きした。

マリアは首を傾げると、ユヅルに近付く。

ユヅルはマリアの頭に手を置くと、ポンポンと撫でた。


「僕が他の悪魔と契約しても、お前は絶対に僕の魂を全部奪ってでも食ってくれるだろ。

だから、あんな提案を口に出せたんだよ。

そうだろ? 暴食の悪魔」


アリアは驚いた様に目を見開くと、段々と口角が綻ぶ。


「くくくっ、やはり主様は最高の儂の主人様じゃのう。

そうだ、主様の髪も目も内臓も肉も骨も血液も魂もすべて暴食の悪魔である儂のモノだ。

誰にも渡さぬ、一つ残らず儂がこの腹に納めてやろう。

その代わり、儂に喰われるそのときまで儂のすべてを主様に捧げよう」


マリアはユヅルの唇に口づけすると、にこりと笑った。


「……イカくさっ」


ユヅルは眉間に皺を寄せると、手の平で鼻を覆った。


「主様はもう少し雰囲気を察しろ。

今からもっと良い雰囲気になるはずじゃのに、台無しじゃろうが! 」


少し離れた作業机の上には空になったワインボトルとつまみのスルメの袋が広げられていた。




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