第61話【終幕】
「ラグナロクを回避するとは、やはり
「最初からそういう目的で彼をノアの箱舟に迎えたの?」
ギギギッと扉が開かれる音がすると、チガネが現れた。
0はチガネの突然の登場に驚かない様子で部屋の奥へとチガネを迎えた。
「此処まで来るのは貴女が初めてですよチガネ。
敬語ではない貴女は少し新鮮に思えます。
今の貴女は何とお呼びしますか?
№13と彼女の名で呼びましょうか」
チガネは0を睨みつけると、口を開く。
「……私は昔も今もチガネでいい。
それと此処を見つけるのに三○回は失敗している。
死ななくても痛みはあるのよ」
右手を自身の左腕に添えると、チガネは腕を抱えた。
「……ですから、№を残した方が良いと言ったでしょう?
そうすれば貴女はその痛みに苦しまなくて良いというのに……」
「もう黙って」
0は呆れた様に溜息をつくと、肩を竦めた。
チガネの前に居る0の姿は郁達と接触していたときとは異なり、紺色の軍服を羽織った青年の姿をしていた。
その青年の姿はチガネと対面している間も女性の姿に変化したり、使徒の姿にも変化していた。
唯一変わらないのは被っているペストマスクのみ。
0は人差し指を立てると、円を描く様に動かした。
「七瀬がカイン・クロフォードの元にジュライの手記を持って行ってしまったときはこの私でも驚いたのですよ?
まぁ、持って行ってしまうことはわかっていましたから、内容はもう一つの方と混ぜましたけれどね。
結果的にカイン・クロフォードにとっては自身の愛おしいエリーゼ・クロフォードが他人によって語られたモノが残るのを自らの手で処分出来たので満足でしょうに」
0はふっと、鼻で笑った。
チガネは0から視線を外さず、じっと見つめていた。
「ジュライ神父の憶測じみたことがまさかあのカイン・クロフォードの思惑に辿りついてしまうなんて、カイン・クロフォードも見下していた只の家畜が同じ答えを導くとは屈辱だったのでしょうかね?
どう思われます? チガネ」
「私に聞かないで。
それも貴方は知っていたのに止めもしなかったのね。
そのせいで……あの子は!」
チガネは怒りで声を荒げると、0は動かしていた指を口元に添えた。
「
0にそう言われ、チガネはぐっと唇を噤むと、心を落ち着かせる為か一息ついた。
そして口を開く。
「貴方がジュライ神父を追い込まなければ、もっと早く小鳥くんや雨くん……ラヴィや雨宮に情報が届いていた。
そうすれば彼らの被害を未然に防げてた。
雨宮はもっと生き続けて居られたわ」
「それじゃあ、面白くないじゃないですか。
それにその分岐は既に視てみましたが、結局カイン・クロフォードによって世界の終焉を迎えてしまいましたよ」
0は指の甘皮を器用に取ると、ふぅと息を吹いた。
「他にも狗塚郁が北村猿間を助けることばかり考えて、我々ノアの箱舟を裏切り、今回の七瀬の様になる分岐もあれば、東雲真緒があのままシキ・ヴァイスハイトに殺され、リリィが自らで死を迎える分岐もありました。
あぁ、でも全員を皆殺しにした後に正気を取り戻した夕凪が狗塚郁の死体を見つけてしまった瞬間、絶望に落とされる分岐は少し可哀想で残酷だなっと思いましたけれどね」
0は拳をもう片方の手の平で叩く。
ペストマスクに隠され、0の表情はわからなかったが、チガネは不気味な笑顔をこちらに向けていると感じた。
「ですが、中には良い分岐もあったんですよ。
狗塚郁という人物の存在を完全消滅した代わりに北村猿間が生存する世界。
北村猿間がリビングデッドに襲われることもなく、カイン・クロフォードによって混血種になることもなかった分岐。
結局は分岐から外れた彼は理解出来ない内に世界の終焉と共に存在が消えてしまうんですけどね」
チガネは深い溜息をつくと、0をじろりと睨む。
「楽しそうに喋るんですね。
シキ・ヴァイスハイトより異常者ですよ、貴方」
チガネは胸の位置に腕を組むと、いかにも忌まわしそうな顔つきを0に向けた。
「三○回失敗した貴方が此処に辿り着いたということなら、サリを殺めたということですね。
ここから先が視えないということはそう言うことでしょう?
どうぞ、貴女がこの先の語りを進めてください」
0はそう言うと、チガネの方に手を向けた。
チガネは眉を寄せ、怪訝そうな顔をした。
「……サリが死んでは記憶を残したまま生き返って未来予知と言う厄介な能力を繰り返し利用される呪縛の中に居るということを知ったのは七回目。
殺めて欲しいと頼まれたのは十二回目」
0はチガネの言葉を聞くと、考える素振りをした。
左人差し指の第二関節を曲げ、顎に添える。
「そして殺めることが成功されたのは今ですか?」
チガネは指数えをすると、首を振るう。
「頼まれたのを断っていたから、殺めたのは二十五回目からよ。
でもそこからは貴方が何者なのかを永遠に繰り返し聞いた」
0はそれには少し驚く仕草をすると、感心した様に声を漏らす。
「おや、私は貴女に自ら話したのですね。
それでしたら今回も明かしましょうか。
私は存在しているのに存在していない。
世界の軸から外された人間です。
このように彼らの肉体に托身させて頂いています」
0はどこか楽しそうに自身の両手を横に広げた。
「貴方にそれを聞いたのこれで六回目よ。
耳がタコになりそう……」
チガネは、はぁと溜息をついた。
「溜息をつかないでくださいチガネ。
私は今とても嬉しいのですよ、貴女と話している間の私は確かに此処に存在しているのですから」
0は本当に嬉しそうな声色をしていた。
しかし、チガネはそんな0に対して、警戒をしていた。
この後の展開は三○回の失敗の中では経験していないからである。
既に此処を見つけるまでにチガネは二十五回死を迎え、0に自らの存在を聞き出して五回は死んでいる。
だからこの先の展開を変える言葉が必要だった。
チガネはごくりと唾を飲むと、口を開いた。
「神様まがいに貴方がなりたかったとは思えない。
貴方は古来最強の純血吸血鬼であるエリーゼ・クロフォードとカイン・クロフォードを捕らえて何をしようとしていたの?」
チガネの問いに、0は饒舌に語りだす。
「……彼らの選択は神様のようになれるということだったのです。
彼らはすべてにおいて神様を信用しましたが、しかし今は自分自身と自分で作りあげた神を信じる為に神様のようになることを選んだのです。
それが神様まがいの彼らの最後の終幕です」
0の姿は五~六歳程の男児の姿になると、片方ずつの手にパペット人形を出す。
そのパペット人形は鴉と鳩の形をしていた。
0はパペット人形を動かしながら、語りを続けた。
「また、本当にあの二人は純血の吸血鬼だったのでしょうか?
そう認識することしか彼らは出来なかったから純血の吸血鬼としてエリーゼ・クロフォードとカイン・クロフォードはこの世界に君臨していた。
捕らえたのは私ではないですが、そう仕向けたのは私ではあります。
只、純粋に面白い存在が居るなぁという興味があったんです。
彼らを知れば、私という存在も
0は両手の手首を曲げると、パペット人形は0の手から床の方に落ちていく。
パペット人形は着地することなく、その場所だけ水面の様になっていたかの様に床に呑み込まれていった。
「貴方の言葉を借りるけれどそれで
チガネはそう問うと、0は首を少し傾げた。
「そうですね……やはり難しいかもしれません。
ですが、三○回もこの身を犠牲にしてでも私を見つけ出した貴女に会えたことは私にとっては小さな変換です。
貴女はきっと私にとっての××なんでしょうね」
0の発した言葉の一部だけがチガネの鼓膜に届くときには雑音の様に響き、眉を酷く顰めた。
チガネのその様子に0は両手の平を合わせると、頭を少しだけ下げた。
「申し訳ありません。
今の言葉はもうこの世界軸では認識されていないものでしたね。
そうですね……敢えて似ている言葉で表すと貴女はきっと私にとっての死神なんでしょうね」
先程よりも深い溜息をチガネはついた。
「……私は貴方の亡骸なんて欲しくなんてないです。
ああ、サリから貴方に伝言を頼まれていました。
もう会うこともないでしょうが、せいぜいお元気で。とのことでしたよ。
その言葉を聞いたのは最後にサリを殺めたときですが……」
0はそれを聞くと、クスクスと笑った。
「それはそれは……私にとって最高に最低な嫌味ですね。
ですが、彼女が自ら舌を噛んで死ななくて本当に良かったですよ。
チガネ、私は引き続き、彼らを傍観し続けますよ。
サリが居なくなり、予想できなくなった世界で彼らがどんな物語を作るのか今は楽しみでしょうがないです」
「どうぞ、勝手にして下さい。
私はこの部屋に続く道が出来たことで今は十分です。
この世界が貴方の存在をいつか認識した暁には、私が貴方のところに一番に辿り着いて、火車の名の通り見送って差し上げますよ」
チガネはそう言うと、髪飾りの歯車に触れ、愛想笑いを浮かべた。
「私の存在が認識された世界ですか。
きっとそのときには
0はそう言うと、ペストマスクを取るとチガネの方に微笑んだ。
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