第54話【咬みつけ!】

 喉に少し違和感を感じ、北村猿間は小さく咳ばらいをした。

 連日の捜査の疲れと医者に控えるよう注意された煙草のせいなのだと、すぐに検討はついた為にあまり気にしないことにした。

 捜査一課のフロアに入ると、佐伯が猿間に気づき、手を軽く挙げた。


「北村、戻って来た早々悪いな。

今後は北村、お前と組んでもらうことになる…狗塚くん、狗塚くん」

「あ、はい!」


 他の刑事と話していた狗塚と呼ばれた男は振り向き、こちらに向かってきた。

 まだ緊張しているのか動きが少しぎこちない彼を猿間はじっと見た。


「本日付けで捜査一課に配属になった。狗塚郁くんだ。

狗塚くん、彼が君の相棒になる北村猿間」

「狗塚 郁です。 

よろしくお願いいたします!」

「……よろしく」


 第一印象は真面目そうな青年。

 佐伯とかが可愛がりそうだなっと思った。

 そして捜査一課、それも北村猿間(自分)の相棒だなんて、偉く期待され過ぎて逆にプレッシャーで辞めたいと他の人間みたく言われかねないか心配になった。




◇◇◇◇◇◇◇◇



「…私が現れたことで結末は変わらないのだけど。

君にはこの状況を打開するべく運命を捻じ曲げてもらいましょう。

戻れるのは一度きりなので、しっかり正しい選択を。

私は君に申し訳ないなんて思わないよ。イレギュラーの君に会えてよかったよ」


 夕凪エリーゼ・クロフォードの贄となり、役目を終えたと思われていた金色の髪の少女は突如目の前に現れ、また北村猿間も正気に戻った様子で世釋カイン・クロフォードの前に立ちはだかった。

 額に撃ち込まれた弾丸はすぐに世釋の中から出ると、地面に小さな音を立て、落ちた。

 多少驚きはしたが、今更何をやったとしてもこの状況が覆ることはないのは明確に確信をしていた。

 

 ――――自分自身と夕凪エリーゼ・クロフォード以外は此処で殺すだけなのだから。


 世釋はふぅと溜息をつくと、地面を蹴り上げ、猿間の背後に回り込んだ。

 

 「!」


 ぎょっとした顔をした猿間は世釋の方へ顔を向けた。

 猿間の首めがけて世釋は手刀を振った。

 大量の血が噴き出したが、それが世釋自身の手首を撃ち抜かれたことによる血なのだとすぐに判断し、一瞬戸惑うと、身体を反転し、世釋は後退した。


「……君、さっき重症負わせなかったっけ? 僕」


 世釋は眉を顰めると、猿間の前にはまだ発砲して間もない銃口を世釋こちらに向ける郁の姿があった。


「郁……」

「……猿間さん。今、俺すごく猿間さんと話したいこと沢山あります。けど、そんな状況じゃないって猿間さんに絶対怒られますので、俺我慢します…っ!」

「…ふっ、いや、うん。

それはそうだな。

あー…なんだ、久しぶりだな郁」

「ーーーーっ!! はいっっ!!!」


 猿間は困ったように頭を掻くと、郁の頭に手を置いた。

 エリーゼはひび割れた懐中時計を見ると、フッと笑った。


「あぁー…なるほどね。

何か無駄な事してきたみたいだね、狗塚 郁。そして、金色の髪の少女エリーゼ

「無駄な事? 

そうでもないよカイン・クロフォード」


 エリーゼはそう言うが、世釋は呆れた様に肩を竦めた。


「君が言ったようにこの状況は変わらない。

だって、今の君は僕を殺す程の力はない。

彼も僕を殺す手段を持ち合わせていない。

だから、僕は無駄な事をしてきたんだね。と正直に述べたんだよ」


 郁の銃で貫かれた世釋の手はすぐに再生すると、世釋の中から赤黒い血が大量に噴き出し、意思を持っているかの様に動き始めた。

 その赤黒い血は刀の形に造形されると、世釋の手の平に柄が納まる。


「何度その銃弾を僕に撃って来てもいいけれど、只の我慢比べになるだけだよ。

最終的には飽きたら僕は君らを斬り捨てる。

僕のエリーゼ・クロフォードを待たせているんだ…これ以上の手間をかけさせないでくれよ」

「誰が、僕のエリーゼ・クロフォードよ」

 

 突然世釋の背後からそう声がすると、世釋に向かって刀を振り下ろす夕凪が現れた。


「?!」


 夕凪の刀と世釋の刀がぶつかる音が部屋に響いた。

 それぞれの攻撃を受け流したり、逆に間合いを詰め、刀を受けたりと、激しい刀同士がぶつかり合う。

 世釋の刺突に夕凪はすぐに反応すると、素早く避け、世釋に刀を振りかざした。

 しかし、世釋の刀が横から振るわれ、刀の刃が重なる。


「っ!」


 そしてそのまま夕凪の方へ刀が跳ね上げられ、夕凪は後退した。

 その際に夕凪の金色こんじきに長く伸びた髪が少し刀によって斬られたのか、空中に舞う。


「本当に…この長い髪邪魔!!

なんでこんな一気に伸びたかな。

黒髪もブリーチしたみたいな髪色になってるし……」


 夕凪は自身の髪を摘まむと、フゥーとゆっくり息を吐いた。

 そして刀を斜めに構え、世釋に鋭い視線を向ける。


「……」

「驚いて声も出ない? 世釋。

いいえ……カイン・クロフォードと呼ぶべき?」

「……いいや、君かと。少し疲れてね」


 世釋は目を細め、笑った。

 いつの間にか郁達の周りにはリビングデッドが数体現れ、襲いかかって来た。


「っ、どこからこいつら湧き出てきたんだ!」


 郁は顔を強張らせると、銃をデッドに向けて構える。 

 

 「郁、反対側の奴らは俺に任せろ」


 郁の背に猿間は背中を当てると、二丁拳銃の銃弾をデッドへ撃った。

 猿間に撃たれたデッド達はその場にバタバタと倒れていく。


「猿間さん……!」

「ぼっとするな、郁。

あの金色の髪した外国の女の子とお前の今の仲間も襲われそうになってる!」

「すいません、大丈夫です。ぼっとしてません!」


 郁はラヴィとエリーゼに襲いかかろうとしたデッドの頭を銃弾で貫くと、ラヴィ達にすぐに駆け寄った。


「ラヴィさん!!!」

「…ワンコくん、大きな声で元気いっぱい…だね」


 ラヴィは薄目を開けると、郁に笑いかけた。

 郁は胸を撫で下ろすと、ぐっと唇を噛んだ。


カイン・クロフォードに大半の血を回収されている状態だから、ラヴィはもう戦うこともましてや立つことも出来ないよ…」


 エリーゼは眉を下げると、ラヴィを抱きかかえた。

 ラヴィはふっと笑うと、泣き出しそうなエリーゼの頬に手を添えた。


「大丈夫だよ。エリーゼ……」

「っ……あぁ」


 エリーゼはラヴィの手に頬擦りした。


「……ワンコくん、ごめん少しだけ血を分けてもらえるかい?」

「わ、わかりました。でもどうすれば……」


 ラヴィは郁の手の甲に矢先を少し深めに刺すと、郁から流れた血が円の様にラヴィ達の周りを囲む。

 無数の矢が連なり現れると、壁のようなものが出来た。


「これで多少の間デッド達の攻撃も耐えられる。

ありがとう、ワンコくん。

夕凪を……頼む」

「……はい!」


 郁はそう言い、頷いた。


 夕凪の方を見ると、激しい斬り合いが続いている。

 世釋は夕凪に向かってくると、斬りかかる。

 夕凪は攻撃してきた世釋の刀をわざと受けると、自身の刀を回し、世釋の刀を上から叩き捌いた。

 そしてすぐに世釋の間合いに入ると、腰から首に向かって斬りあげる。

 世釋は刀から手を離すと、素早く後退した。

 夕凪は世釋が捨てた刀剣を拾うと、勢いよく世釋に向かって投げた。

 刀剣は世釋を通り過ぎ、壁に当たると、落ちる。

 落ちた刀剣は形を失い、赤黒い血になり、世釋の方へ返っていった。


「慣れてもない刀を振るから少しでもこっちの力が強いだけですぐに叩き落とせる。

それに貴方の刀一瞬見ただけでも至る所にヒビが入ってた。

結局時間の問題だったでしょうけど」

 

 世釋は困った様に肩を竦めた。


「そうみたいだね。

本当にその刀捌きを見ると、嫌な人間を思い出すよ」

「そう、良かった。

でも前よりは貴方に攻撃が届いたみたい」


 世釋の腰から首にかけて、刀の傷口が現れ、血が噴き出した。

 

 「!」


 世釋は背中から地面に倒れ込んだ。


「やった!」

「いや、まだだ」


 郁はガッツポーズするが、猿間は首を振るう。


「く、くくくくっ…はははっ!!」


 世釋は立ち上がると、夕凪に向かって人差し指を向けた。

 刀に何か鈍いモノがぶつかった音がすると、その反動で夕凪が後ろの壁に激突する。


「っ!」


 地面から世釋が出したであろう赤黒い血で出来た大きな手が夕凪の首を絞めた。

 そのまま壁に身体を擦られながら、宙に吊るされる。

 夕凪は苦しそうに口の端から涎が垂れたが、力を振り絞り、その血の手を斬ると、地面に着地し、咳き込んだ。

 しかし、どんどん世釋の攻撃は夕凪に向かっていく。

 地面から出てきた無数の手を斬り、弾丸の様に向かってくる血を避けたり、受け流すことがやっとで、中々世釋の間合いに夕凪は入れない。

 そしてまた刀に鈍いモノが当たる音がすると、刀剣が折れた。


「?!」

「その刀、やっぱり多少は年月が経った影響で脆くなってたんだろうね。

同じ箇所に衝撃を与え続ければ…やはり、他の刀剣の様に折れる」


 夕凪は世釋から距離を取り、形勢を整えるべく後退しようとした。


の心を壊したと思ったのに……もう一度壊すしかないね」


 世釋は手をぐっと握ると、夕凪の体内から血が噴き出した。


「君は僕には勝てないよ。

「……うるさい。最初から貴方の事、私が倒すなんて言ってないわよ」


 パァンと銃声がすると、世釋の胸を貫いた。

 続いて脇、右太腿、右目に銃弾が撃たれる。


「……だから、無駄だって……傷が再生しない?」


 治るはずの傷口が塞がらず、血がどんどん流れ出てくる。

 流れ出てきた血もピクリとも動かず、只、流れ出たまま地面に広がっていく。

 世釋はゆっくりと振り向き、銃口を向ける郁を見た。


「……まさか」


 エリーゼは世釋の驚いた顔を見ると、ふっと笑った。


「君が狩る獲物に逆に狩られる気持ちを体験するのはこれで二度目か?

カイン・クロフォード」

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