第50話【終末の記憶】
郁達が対峙している
シキ・ヴァイスハイトとの最後の戦いを終えたリリィと東雲が郁達を探しながら、長い廊下を歩いていた。
「ごめんねぇー……真緒ちゃんもボロボロなのに、おんぶしてもらっちゃって」
リリィは申し訳なさそうにそう言うが、少しその状況が嬉しく口角が緩んでいた。
東雲は何かブツブツ呟いており、リリィは呟いている言葉を聞き取ろうと東雲の背に密着した。
密着した瞬間、東雲がびくりと反応した。
「真緒ちゃん?
もしかして……傷痛んだりしてる!?
ごめん、私のこともう降ろしていいよ!
一人で歩けるよ」
リリィは背から降りようかと東雲に促すが、東雲は更にしっかりと両腕でリリィの足を固定した。
「へ、平気だからリリィは心配しないでこのままおんぶされたままでいて。
あと……あんまり背中に密着しないで……くれない?」
東雲の返答にリリィは一度首を傾げるが、ハッとした顔をした後に嬉しそうににこりとする。
「…あ、ははぁ~ん?
もしかして真緒ちゃん、照れてるの?
おんぶなんてあの頃以来だもんね、あのときは真緒ちゃんの方が小さかったから私がおんぶする側だったけど……えへへ、何か懐かしくて嬉しい~!」
リリィはギューッと東雲にくっつくと、東雲は耳まで赤くし、慌てる。
「懐かしいって問題じゃなくて……!
胸が……っ、」
東雲は口籠ると、俯き、眉を寄せる。
そして溜息交じりで、口を開く。
「本当に……鈍感も大概にしてくれよ。
もうあの頃みたいにお互い子供じゃないんだよ……っ」
「何羨ましいことしてんのお前ら」
そう声がする方を見ると、八百とその後ろに俯いた七瀬が居た。
「師匠……!
無事だったんですね」
「七瀬ねぇ!」
七瀬は顔を上げ、ボロボロのリリィと東雲を見ると、眉を下げ、唇を噛んだ。
そんな七瀬を見て、八百は溜息をついた。
「お前ら二人上半身だけ裸で、もしかして敵地で はしゃいじゃったの?」
「はしゃぐ……?」
リリィは瞬きすると、首を傾げた。
「師匠……あのですね、」
東雲は呆れた様に八百に文句を言おうと口を開くが、七瀬が勢いよく八百の背中をどついた。
「痛っ!!」
「なんであんたはいつもそうやって、セクハラじみた事を軽々しく言うのよ……!
……うっ、本当にあんた馬鹿でしょうが……」
七瀬は上着を脱ぐと、リリィに近付く。
東雲はリリィを下すと、リリィは近付いて来た七瀬に笑いかけた。
七瀬はリリィに上着をかけると、傷ついたリリィの頬に触れた。
「女の子の顔に傷つけるなんて……あの男は本当に最低よね。
最低なのは私も、ね。
……ごめんなさい、リリィ。
真緒坊ちゃんもごめん……」
リリィは何も言わず、七瀬を抱きしめる。
抱きしめられた七瀬はドッと泣き出した。
「シキ・ヴァイスハイト。
強欲の悪魔を倒したんだな」
八百はやれやれと頭をひと掻きすると、東雲の方に近付いて来た。
「はい。
これで俺もリリィも……やっと進んでいけると思います」
「よかったな、真緒」
八百は真緒の頭を強めに撫でると、東雲はどこかホッとしたように笑った。
「よし、とりあえずラヴィさんと郁くんと合流しなくちゃだな。
七瀬も、もう変な事考えるなよ?
ラヴィさん救いたいのは俺達と同じ気持ちだろ? 」
「……えぇ、わかってる。
こんなこと終わらせて……今度は正々堂々とラヴィに正面から向かっていくわ。
結果がどうなろうがね。
もう、軟弱な考えに惑わされないわよ」
「おう」
八百がそう返事した瞬間、建物が大きく揺れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「君の疑問に思ってること出来るだけ知っている範囲内ですべて答えるよ。
それが夕凪を救えるのなら、私、エリーゼ・クロフォードのすべて余すことなくね」
エリーゼは真っすぐ郁を見据えると、郁はこくりと頷いた。
「正直、まだ分からないことが沢山あります。
ラヴィさんが夕凪ちゃんにどうして父親と伝えなかったのか。
ノアの箱舟とカイン・クロフォードから娘を守る為というなら、ラヴィさんの伝えたくても伝えられなかった気持ちは分からなくもないです。
でも、夕凪ちゃんの気持ちを考えてしまえばラヴィさんには父親だと伝えて欲しかったです。
それだけで、不安な気持ちを抱いている夕凪ちゃんの支えになったかもしれない……と、思いました」
エリーゼは目を伏せると、頷いた。
「そうね、君の言う通りだと思うよ。
夕凪の中で自分自身の正体が判らず、その一つ一つの不安が大きくなり、夕凪自身どこか心の穴みたいなものが作られていたのかもしれない。
結果的にその心の穴にエリーゼ・クロフォードを宿してしまった」
「……あれ?
夕凪ちゃん、あのとき赤ん坊でしたよね?
俺、前に夕凪ちゃんから棺桶から今の姿で目覚めたって聞いたことあるんですけど、さっき見せてもらった記憶と矛盾してませんか?」
棺桶から目覚めた時からこの姿だったと郁は夕凪本人から聞いていた。
エリーゼは郁の手を握り直し、歩み出した。
「今からまたダイブするよ。
君の疑問は口で答えるより見て答えていった方が早い」
すると、郁達の下に黒い空間がぽっかりと開いた。
郁は悲鳴を言う間もなく重力を失い、落下していく。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふっ、イラついてるなぁ。
カイン・クロフォード」
「……そうかい?
僕は別に至って普段通りだけれど?」
金色の髪の少女は壁にもたれかかり、口の端からは血を垂らしていた。
すでに下半身は斬られ、無くなっていた。
少し遠くには、倒れたままピクリとも動かないラヴィと、首が無い猿間の亡骸が転がっていた。
「少し予想外だったよ。
辛うじて前の
はぁ、残さず飲めって
まぁ、そんなこと言っても仕方ないけれど……
あの郁という男をどこに逃がしたか知らないけれど、今更無駄なことをしたね」
「……君もその身体の限界が来たみたいね」
少女にそう言われ、世釋はひび割れてきている手の平を見た。
「正直この身体でどこまで出来るかわからないけれど支障がないと思いたいね。
だけど、彼を失ったのは少し痛かったな。
彼なら確実に夕凪との間に肉体を生み出せたのに」
「やっぱり世釋は君の仮初めの身体か……本当に君は酷いことをする」
「元々他の肉体から産まれた身体だ。
限界は来るよ。
僕らはエリーゼ・クロフォードから産まれなくてはやはり駄目なのだと、改めて証明したよ。
夕凪が完璧なエリーゼ・クロフォードとなり、やはり彼女にカイン・クロフォードを生み出してもらわなくてはいけないね。
その為に
記憶は戻って、僕の前に立ちはだかるなんてね。
結局殺すことになってしまったし……本当に散々だよ」
世釋は肩をガクリと下げると、溜息をついた。
「彼、北村 猿間を選んだのは……彼への復讐のつもり?
彼、君を倒した先生の子孫でしょう。
よく見つけたわね……」
世釋はそう言われ、ふっと笑った。
「彼を見つけたのは本当に偶然だよ。
面を見たときは本当に驚いたよ。
あの男と同じ顔をした彼を結果的に僕の配下にして大いに利用できたから、実にその姿は滑稽でとても楽しかったよ。
骨の髄まで彼を使ってやろうと思っていたのに……残念」
「……最後に優しさで助言してあげるわ。
君の思い通りになんて絶対にならない。
君が思っているほどやわじゃないの人って。
彼らが君の野望もすべて壊しにくるからせいぜい覚悟しておくことね」
「……さっきも言ったけれど今更何も出来ない。
できっこないよ。
僕とエリーゼ・クロフォードだけの世界に作り替えるんだ。
それ以外の生物は存在なんて出来ない、それは作る必要がないからだ。
君は僕のエリーゼ・クロフォードじゃないけれど、放っておいても滅ぶその肉体にそれ以上は何もしないでおいてあげるよ。
さようなら」
世釋はそう言うと、ずっと微動だにせず待っていた
「……」
少女はその光景から目を背けると、ふっと笑った。
「さぁ、早めに彼のところに行ってあげるか。
まだ眠っていたりしてね、あのワンコくんは……」
少女はそう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。
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