最終章 急
第49話【アマリリス】
これから産まれる貴女へ。
私のところに貴女が来てくれたことを初めて知った時、本当に心の底から幸せでした。
貴女にとっては私はもしかしたらとても未熟に見えるお母さんかもしれません。
全てが初めてなことで、私も貴女と一緒に一歩一歩成長していこうと思っています。
貴女はどんな女の子になるんだろう。
思いやりのある、人に優しさを分けてあげられるような素敵な女の子になっているかもしれませんね。
もう少し大きくなったら、一緒に服を見て買いに行ったり、母と娘で旅行なんて行ってみたいね。
貴女とおしゃべりも沢山したいな。
貴女の瞳に映るこの世界が輝いて、希望に満ちた世界でありますように。
それだけが私の願いです。
お母さんより。
◇◇◇◇◇◇◇◇
どのくらい歩いたのだろうか、進む先に何があるかは目を凝らしてみても判らなかった。
郁は隣を歩くエリーゼ・クロフォードに視線を落とすと、視線に気づいたのかエリーゼはにこりとすると、また顔を正面に向けた。
握った彼女の手は少し冷たかった。
小さな手で郁の手を握り返している。
「いつまで歩かされるのだろうと君は思っているのかな?」
「いや、そんなつもりはないんですけど……すいません」
郁はぎくりと顔を強張らせると、エリーゼはふふっと可愛らしく笑う。
「もう少し付き合ってくれたまえ」
「はい」
郁がカイン・クロフォードに負わされた傷は癒えていた。
エリーゼに聞くと傷口からカイン・クロフォードの血液が入っており、そのままだったら今の半吸血鬼の身体だったとしても体の中から段々と腐っていき、苦しみながら死に至ってしまう様な危険な状況になっていたらしい。
「君が寝ている間にね、君の体内からカイン・クロフォードの血液をすべて取り除いておいたよ。
カイン・クロフォードの血に唯一相殺できるのはエリーゼ・クロフォードの血だけだからね。
逆も然りだけれどね」
「お互いに相手が自分の一番の脅威になる。ってことですか?」
「君は理解が早いね。
そうだよ、カイン・クロフォードを完全に消滅させられるのはエリーゼ・クロフォードだし、エリーゼ・クロフォードをそうすることが出来るのもカイン・クロフォードだ。
だから、カイン・クロフォードはエリーゼ・クロフォードを自分の把握できる範囲で干渉し、関与し、執着という名で自分自身に縛り付けて置かないと自分に危害を加えられてしまうからそうせざる負えないってことだ。
まぁ、そうなってしまった結果を創った始まりは私自身なのだけれどね」
「……?」
郁は首を傾げると、エリーゼは悲しそうに目を伏せる。
「そんな私達の因果は君には正直関係がないことだ。
もちろん夕凪やラヴィも本来は巻き込まれぬべきことだったのかもしれない。
そして、この子供も」
エリーゼは郁の手をギュッと強く握った。
郁は歩みを止めると、エリーゼも歩みを止め、郁の方を見上げた。
郁はぐっと口を一度紡ぐと、おずおずと口を開いた。
「……勘違いや検討違いだったらすいません。
俺、半吸血鬼になってから夕凪ちゃん達と一緒に色んな人やデッドにも会いました。
それで、幹というデッドがいたのですが、彼はある女性と一緒になる為にアルカラに協力していたそうです。
ある所に特定の女性を集めて……でもその場所にいる女性達は皆、既に亡くなっていました。
けれども一命を取りとめた女性もいたんです。
その方も亡くなってしまったんですが……その女性の死体を後日解剖したところ彼女には出産痕があったそうです。
……この身体の子はその女性の子供ですか?」
エリーゼは静かにこくりと頷いた。
「君は本当に勘がいいね。
先程、君は観ただろうけれど、あの戦闘の末にカイン・クロフォードも私も消滅するはずだった。
けれどそうはならなかった。
カイン・クロフォードは予想していたのかもしれないね、私が心中を試みていると。
消滅する寸前に残っていた瞳を何かに奪わさせた」
「え?」
「しかし身体は消滅したから、カイン・クロフォードはその瞳を媒体に夕凪をエリーゼ・クロフォードにする前に保管できる入れ物を造らなくてはいけなかった。
カイン・クロフォードはそれを作りだすことが出来ないから既に身籠って、肉体が出来ている身体を利用した。
……その女性の他にも妊婦が居た可能性は十分にあるかもしれないね。
失敗した大半の身体はどうなったのか……耐えられなく消滅させられたかデッドになっているのか、それは判らない。
成功した母体の肉体に居るこの子の身体がエリーゼ・クロフォードの瞳に適応するように作り替えた。
集めた女性の血液はこの身体を赤子の姿から今の状態に成長する為に使用したのでしょうね。
それがこの子よ」
エリーゼは郁の手を握っている反対側の手を自身の胸の辺りに添えると、眉を少しだけ寂しそうな何ともいえない表情を浮かべた。
郁は困惑したような顔をし、発した声に焦りが混じる。
「そんな……どうして、この子もこの子の母親も……!」
「……私が一番に謝るべきなのはこの子なのかもしれないわ。
まだ未熟のまま母親から強制的に別れさせられ、挙句の果てに自身の血と肉にしていたのかもしれない。
君らが保護した女性がこの子の母親だったとしたら、その女性にも残酷なことをしたでしょうね。
巻きこまれなければ、こんな風になっていなかったらこの子にはきっと普通の幸せってものが、母の温もりを愛を知れていたのかもしれないわ。きっとね」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「赤ちゃん、元気に育っていますよ! 」
「よかったです……!
もう、初めてだから不安で不安で……先生のその言葉だけでも勇気づけられます」
「
看護師はそう言うと、にこりと笑う。
女性は頬を染めると、嬉しそうに笑った。
「えへへ……そうかもしれませんね」
女性は超音波検査のエコーを見ながら、涙ぐむと産院の先生も看護師も同じ様に喜んでくれた。
「それでは次の検診は、この日になりますね」
会計を済ますと、受付の女性はカレンダーを指さした。
「午前中でお願いしたいです」
「承知いたしました。
では、予約いれておきますね」
産院から出ると、女性は自宅方向に歩き出した。
貰ったエコー写真をもう一度みると、自然と口角が緩む。
自宅に着いたらもう一度見ようと写真を手帳の中に挟み、鞄にしまった。
彼女のお腹に居るこの子には父親は居なかった。
正確には誰の子なのか分からないと言った方が正しい。
恥ずかしながら彼女の今までの人生とても自慢できるような生き方をしていなかった。
だけれど、この子がお腹に居ると分かった瞬間に彼女はもうこの子に恥ずかしい姿を見せたくないと自覚が芽生えた。
それから今までずっと避けていた実家に帰り、一から家業を学び継ぐという条件で彼女は実家に住むことを許された。
お金は恥ずかしながら実家から援助してもらってしまったが、それも少しずつ返していこうと思っていた。
彼女の母はすぐに喜んでくれたが、父はプライドがあるのか渋い顔をしていた。
けれども、エコー写真を見てにっこりと嬉しそうにしていたよ、と母に聞いた彼女は父は少しは喜んでくれているのかもしれないと思えた。
「すいません」
そう後ろから声を掛けられ、彼女は足を止めると振り向いた。
振り向くと大学生くらいの男の子が困った様な顔をして立っていた。
もしかしたら道に迷っているのかな? と彼女は思い、首を傾げた。
「なんでしょうか」
「あのこれ、落としましたよ」
そう言われ、手元を見ると鞄についていたマタニティマークのキーホルダーが落ちたのを拾ってくれていたことに気づいた。
「あ、ありがとうございます」
そしてお礼を口にした後から記憶が無くなった。
次に目を覚ますと、赤髪の少年が立っていた。
「はじめまして」
「え……」
少年の後ろには白衣を纏った青年と、褐色肌の綺麗な女性がいた。
突然のことに戸惑い、彼女は周りを見渡す。
先程は気づかなかったが、少し生臭い様な、しかし何処かで嗅いだことのある匂いがした。
「貴女にお願いがありまして、よろしいでしょうか?」
少年の声に周りを窺っていた視線を少年の方に戻した。
「貴女はお子様を身籠っているというのは、事実でよろしでしょうか?」
初対面で突然この少年は何を言っているのだろうと戸惑ったが反射的に服の上からはまだ目立たない腹を守る様に手を添えた。
その仕草に少年は納得したように頷いた。
「突然ですいませんが、貴女のその赤子を僕らへ貸していただきます」
「……は?」
それから何が自らの身に起こったのか彼女は理解できなかった。
気付いたときには血で染まっている身体のまま床に伏せていること。
全身の力が入らなくなってしまったこと。
そして確かに腹に身籠っていたこの子を産んだという事実だけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「のぅ、
お主に聞きたいことがあったんじゃ」
リリスはそうマリアに言われ、視線だけをマリアの方に向けた。
「お主が
あっちに行った際に返してやった方が良いぞ?」
リリスは少し考えた素振りをした後、首を横に振った。
「あれはもう無い。
中身を別の箱に移した後に真面目な司教に聖水で清められて蒸発して消えたよ」
ぶっふーっと勢い良くマリアは噴き出すと、そこから腹を抱え大笑いした。
「くくく……せ、聖水で、ぷっ!
清められた?
ひぃぃー!
主様、やばいぞ!
凄い面白いことを聞いてしまったわぁ!
のぅ、のぅ!
聞いていたか主様!
いーっ、ひひぃっ!!」
寝転がっているユヅルにマリアは近付き、身体を揺さぶった。
ユヅルは具合悪いのか青白い顔をしている。
「やめろ……頭がぐわんぐわんしてるから……揺らさないでくれ」
「マ、マリアさん!
やめてください……!
一応安静にさせてあげてください!」
藍は慌てたように声を張った。
「ん?
ねぇ、ちょっとなんだか雲良き怪しくなぁい?
それになんか悪寒がするのだけれど……」
アルファはブルッと体を震わせると、口をへの字にした。
リリスは建物の方向に視線を向けると、一言呟いた。
「やっぱり、始まってしまったのね。
そしてやはりあの人は貴女のことなんて何も考えてなんてくれてなかったのよ、愚かな
暗い、暗い、深い、深い底に堕ちていく様に落下するその身体は
どこまで落ちていくのかわからない。
「……わたしは、夕凪…?エリーゼ・クロフォード…?それとも…誰…?」
声が出ているのかもわからない、出し方もわからない。
身体の感覚もあるのか無いのかもわからない。
「助けて…郁」
そう呟いたのだろうか?
それももうわからない。
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