第46話【ああ、愛しい人よ】

 アイシアの姿をしたカイン・クロフォードはラヴィを見下す。

 ラヴィに向けたその顔は皺の跡が残ってしまいそうな程、くっきりと皺が刻まれており、何とも薄気味悪さを感じる笑顔だった。

 

「もう一度聞くよ。僕の愛しいエリーゼ・クロフォードをどこに隠したのかな?」

「……」


 ラヴィが口を固く噤んでいると、カイン・クロフォードは深く溜息をついた。


「素直に答えることをお勧めするよ。

これでも僕は只の家畜当然の君に対して少しだけ今は譲歩してあげているんだ。

声を発する為の声帯器官も言葉を伝える口もあるだろう?

僕に言うべきこともこの頭の中に詰まった脳にもうあるだろうに」

「……さぁ、どうでしょうね。

知っていたとしても貴方に素直に言う義理はないですよ。

貴方が言う家畜の私風情に聞かずとも少しはご自身で考えてみてはいかがですか?」


 ラヴィはそう言い、カイン・クロフォードを睨む。

 カイン・クロフォードはラヴィの態度が気に障ったのか爪でラヴィの頬に傷を一筋ゆっくりとつくった。

 そこから鮮血が流れる。


「君は……今までに会ったどんな人間よりも肝が据わっているらしい。

僕に対してそんな発言を口にしたり、そんな目をするのは君がはじめてだよ。

……面白いね、それなら君の血に聞いてみようか」


 カイン・クロフォードはラヴィの方に顔を近づけると、流れていた血を舌で舐めとった。


「?!」


 突然のことにラヴィは驚き、困惑する。

 先程両腕を折られている為に抵抗が出来なく、その行動を見ていることしか出来なかった。

 すると、顔の半分で蠢いていた黒いモノが勢いよくラヴィの首筋に突き刺さった。


「うッ……!」


 首筋だけでなく、右脇、左足首の同様に蠢く黒い何かがラヴィの身体中到る箇所に刺さり、グボズズズッと音をたてながら体内に侵入してくる。


「ぐっ、がっ……!!」


 どんどんと奥へ奥へと何かが這い上がる様に蠢いていき、耳からもドロリと血が流れる。

 ラヴィは突然の出来事に脳が処理しきれず、呻く声だけが喉の奥から出てくる。

 カイン・クロフォードはそんなラヴィの様子を見ながら、嘲笑う。


「本来僕らは君らを栄養源、食糧としか思っていない。

でもそれだけでは正直つまらないから、血を頂戴した亡骸の体内に自身の体液をわざわざ残して血肉を求めて這いずりまわるリビングデッドを造ってみた。

エリーゼはあまり造ることはしていなかったけれどね……

君に今強制的に僕の体液を与えているよ、ゆっくりと人間ではないリビングデッドという化物になってみるのも面白いだろう?

その過程の中で君の中から色々覗かせてもらうよ」


 体内の中に大量の虫が這いずりまわっているような気持ち悪い感覚がラヴィを襲う。


「ぐぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッッ!!!!」


 喉が潰れてしまうのではないかと思ってしまう程のラヴィの悲鳴が一帯に響き渡る。


「へー、君は元奴隷の孤児だったんだ。

それも自身の肌にべったりと血が染み込むくらい色んな人間を殺していたのか。

貧弱な身体で一回り大きい男に馬乗りになってこの手に握った錆びたナイフで頸動脈を掻っ切ったのか。只の人間にしてはすごいなぁ、すごいねぇ。

ははっ……ソマは可哀想にね。

当時の君にとって好みの娘だったのかな?

この娘だけ姿が鮮明に君の中に記憶されている……いいや、違うな。

あの瞬間のという娘のことだけか。

目の前で首を絞められて……君に助けを求めて伸ばされた手が少しずつ弱弱しくなっていくね、綺麗な青色の瞳が生気が消えていくのを君は唯々見ていたのか。

ねぇ、聞いてもいいかい?

?」

「―――――ッ!!!!!」


 カイン・クロフォードは憐れむ様な表情をするが、すぐにラヴィの様子を楽しそうに見ていた。


「ラ……ヴィっ」

「あぁ、まだ息があるのか。長身の君も生命力がすごいなぁ。

心臓を狙ったつもりだけど瞬時に軌道をずらしたのかな。

だけれど、肺が潰れて息もままならないみたいだね、もう少しで死んでしまうだろうなぁ」


 雨宮は頬を地面に擦りつけながらも少しでもラヴィ達に近付こうとしていた。


「あ、そうそう。

僕を見たことない長い刃物で斬ったのはこの男だったよ。

なんだっけ?

対吸血鬼用に開発されている武器なんですよなんて言ってたな。

再生が遅いし、その間にバラバラに斬られるわ、心臓を取り除かれて木箱に入れられるわ……散々だったなぁ。

僕が完全な身体になっていたら、そんなことになっていなかったのに」

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッ!!」


 全身に激痛が襲い、折られて感覚がなかった手足が燃えているような熱さを感じ始めた。

 ラヴィは自身の死を意識した。

 しかし、こんなにも死にたくないという感情が自身の中に芽生えていたことに驚き、やはりあの頃とは違い、先生や雨宮、そしてエリーゼ・クロフォードと出会ったことで自分自身の中で何かが変わっていっていたのだなと自覚した。

 走馬灯なのか最後にエリーゼの綺麗で美しい笑顔が目の前に浮かんだ。


「……っ僕は、君を幸せにしてあげられたんだろうか」


 ラヴィはうわ言の様にそう呟いた。



「ええ、幸せよ。

今もね」


 はっきりと返答するエリーゼの声がすると、先程まで襲っていた痛みが消え失せた。

 ラヴィはエリーゼに抱きしめられていた。

 少し遠くの方には、カイン・クロフォードが赤黒い大量の短剣を身体に受けており、地面に膝をついていた。

 ラヴィの隣には雨宮も目を閉じ、横たわっていた。


「あ、めみや……ッ」

「心配しなくても大丈夫だよ。

死んでいないさ、私の心臓を移したからね。

それより、酷いことをするね、本当に」


 エリーゼはそう言うと、呆れた表情をカイン・クロフォードに向けた。

 

「エリーゼ……

あの子はアイシアの姿をしているカイン・クロフォードなんだ……

早く君は逃げてくれ……っ」

「コレは君が知ってるアイシアと言う少女じゃない。

そうしてしまっているだけだよ」


 エリーゼにそう言われ、ラヴィはハッとさせられる。

 雨宮はラヴィにカイン・クロフォードを姿は人間じゃない、黒い血が形を作ってるなにかと言っていた。

 

「私には君の言うような少女の姿にも見えないし、だからと言って以前のカイン・クロフォードの姿にも違う生き物の姿にも見えない。

只の残骸の塊にしか見えてない」


 カイン・クロフォードは自身に突き刺さった短剣を引抜くと、愛おしそうにエリーゼに笑顔を向けた。


「僕の愛しのエリーゼ!

ずっと探していたんだ!」


 カイン・クロフォードは満面の笑みをエリーゼに向けると、両手を広げた。

 しかし一向に自らの下に来ないエリーゼを疑問に思い、眉を顰めた。


「……どうして僕のところに来ないんだ?

さぁ、そんなモノ捨てて、こっちに来るんだエリーゼ!!」


 エリーゼはカイン・クロフォードを睨むと、怒りで震える拳を握った。


「……やぁ、カイン・クロフォード。私の半身。

良くもまぁ、色々と自分勝手に行動してくれていたようだね。

そんな姿になってまで執着と独占欲がお強いようで、呆れる程だよ」


 カイン・クロフォードは瞬きすると、首を傾げる。


「エリーゼ・クロフォード。

君は離れている内に随分と表情や感情が


 カイン・クロフォードはそう言い、こちらに向ける笑顔にラヴィはぞくりと悪寒を感じた。

 エリーゼはフッと笑うと、ラヴィの方に顔を向けた。


「君はこんなにボロボロになって、頑張ったんだね。

遅くなってすまなかったね、あとは私が引き継ごう」


 エリーゼは右の人差し指をカイン・クロフォードに向けると、カイン・クロフォードの皮膚を突き破り、内部から渦巻いた形をした赤黒い血柱が無数に出てきた。

 そしてベシャッと大きな音がし、破裂するとカイン・クロフォードが居た場所には大きな血だまりが出来た。

 すると、エリーゼは雨宮の服の襟を持つと、ラヴィを抱きかかえたまま空高く飛ぶと、その場を離れた。


「エリー……ゼ?」


 しばらく浮上し、移動した後エリーゼは地上に降りると、雨宮をポイっと雑に地面に転がした。


「カイン・クロフォードが再生するまで時間がない。

本当に酷いな……手も足も君じゃなくなっている」


 エリーゼは眉を悲しそうに下げると、カイン・クロフォードによって破壊され、黒く歪んだ人間の物ではない様なラヴィの手に頬を摺り寄せた。


「……僕は、大丈夫だよ。

痛みはもう麻痺し切ってるのかあまり感じない……から、

最後にエリーゼに会いたいなって……思ってたんだ。

会えてよかっ……た。

雨宮がまだ助かるのなら僕を置いていってくれ……エリーゼ、それに君の中には大切な……」


 ラヴィはエリーゼのお腹が平らなことに気づき、目を一瞬大きく開いた。

 エリーゼは何も答えず、目を伏せた。

 ラヴィの視界の先にうつる雨宮は地面に転がされた衝撃でもピクリとも起きないが、顔色は先ほどより落ち着いた色をしていた。


「……ラヴィ。

君を今から同族にする」


 エリーゼはそう言うと、目を細め、笑った。


「決められた寿命を終える運命を私は尊重するし、君らの様な生きし、死ぬことは当たり前のことなのは解っている。

だけれど、私は君にどうしても死んでほしくないんだ」

「エリーゼ……?」


 エリーゼは自身の腕に噛みつくと、口の端から鮮血が流れる。


「……もちろん君の周りの大切なものも失って欲しくない。

双方の同意の上で血の契りを交わす。

君を混血の吸血鬼にする。

私の心臓を与えた雨宮は血を作り、君の贄になりえるだろう。

他の人間の血なんて君に飲んで欲しくないからな。

私の血を拒絶なんてしないでくれよ?」


 エリーゼはラヴィに口づけすると、閉じた口を開かせるとドロリとしたエリーゼの血液が口の中に入って来た。


「?!」


 血液はラヴィの意思関係なく、喉に通っていくと体の中に吸収されるかの様に広がっていく感覚がし始めた。

 先程とは違う温かい様な、しかし別のモノへと自身の身体が変わっていくということが強く感じられた。

 ラヴィは段々と重くなる瞼と遠のく意識の中で、エリーゼに手を伸ばした。


「あぁ、愛しい人よ。

君の運命がどうか健やかで、祝福があらんことを」

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