第33話【劇薬】
アイヴスと名乗った青年はお辞儀をした後、姿勢を直すと、真っすぐユヅル達を見据えた。
アイヴスのアオザイ背側の上衣に何かが押し出されたかの様に皺が出来る。
次の瞬間、
ユヅルは咄嗟に藍の腕を掴み、自身に引き寄せた。
「……まぁ、避けられるでしょうとは思っておりましたが、眠りが深かったので少し調子が回復しませんね。
本来でしたら藍の腹を刺していましたよ」
アイヴスの背からは黒い円筒状の五節の尾が連なっており、終端は鈎の様に曲がった尾節、そして先端には尖った針がある。
「あいゔす~、もっとしゅうちゅうしたほうがいいとおもうよ?
らんのことをころちゅいきおいじゃないとだめだよぉ?」
エバは頬を大きく膨らませると、アイヴスに怒った。
「はぁ、エバは何を見てその言葉を言っているのかよくわかりませんね。
ワタクシはちゃんと殺意を含めていましたよ?
避けられましたけど。
エバも寝すぎて頭が動いてないのではないですか?
目が早く覚めるには両目の端をぐりぐりと指で押すといいですよ。
手が小さくて力が入らないのでしたらワタクシがぐりぐりしてあげましょうか?」
「いたいからやあだ!!」
エバは首を横に振るう。
「ほうほう、アイヴスにエバか。
お主らも久しぶりよのぅ……」
マリアはそう言うと、にやりと笑った。
エバはマリアとアルファに気が付くと、驚いた様に声を出した。
「うわぁ~! なに、まりあそのわたちとそっくりなすがた!
いましゃらかわいこぶってもしょうたいわたち、しってりゅんだからね!
はえなのに、はえのくちぇなのに~!!
はえはえはえ!!
かわいいのはわたちだけでじゅうぶんなんだからね!
いつもそうやって、あのちともどくしぇんしてて、ぜんぜんおもちろくないんだもん!
わたちがいちばんかわいいなのに……!
うぐっ……」
アイヴスはエバの口を両手で包みながら覆うと、エバは大人しく口を閉じた。
「おや、久しぶりですね。
暴食と嫉妬ですか。
強欲は少し遠くにいらっしゃるみたいですが……
今回の怠惰は食べられたんですね、暴食」
マリアは自身の腹を擦ると、残念そうな顔をアイヴスに向けた。
「あぁ、一気に食したからのぅ。
欠片も残ってないわ悪いのぅ、アイヴス」
「いえいえ、同属を食す
しかしどんな味がしたかは気になりますので、そちらの二人を殺してからじっくり聞かせて頂きたいですね」
アイヴスはユヅル達の方に視線を向ける。
藍はびくりと顔を強張らせるがユヅルは微動だにしない。
「悪いがのぅ、アイヴス。
こやつら二人はお主らに殺させるわけにはいかないのだ。
大切な主人とアルファの主人でもあるからのぅ」
「なるほど、イヴの冗談ではなかったのですね。
半信半疑だったもので、びっくりいたしました」
アイヴスはイヴを横目に見ると、笑みを浮かべた。
イヴは少し不機嫌そうにアイヴスを睨むと、溜息を漏らした。
「……挨拶は済んだかしら?
あいつらをさっさと片付けたいのよ。
だから貴方達を仕方なく起こしたのよ……」
「いゔがよわっちいから、わたちたちがしかたなく、てつだってあげりゅのまぢがいでしょう? 」
エバはイヴを指差すと、可笑しそうにクスクスと笑う。
イヴは肩を竦める仕草をすると、ふっと笑った。
「……そうね、弱いって認めるわ。
だって私は只のか弱い女性なのよ?
それを大人数で虐めてきて………酷いと思わないかしら、ねぇ?
だから弱い私を助けてよ。アイヴス、エバ」
「……性悪女」
ユヅルは眉間に皺を寄せると、深く舌打ちした。
そしてイヴに向かって手の平をかざし、何か小さく唱えると、たちまちイヴの足元の周りだけに炎の輪が出来る。
その炎は勢いよくイヴに襲いかかった。
その瞬間エバがパチンと指を鳴らすと、その炎は藍の足元に移る。
ユヅルは狼狽を顔に漂わせる。
藍は咄嗟にユヅルを突き飛ばし、タロットカードから水を作り出すと、その炎を消した。
「脇腹がガラ空きですよ、藍」
アイヴスの声がそう聞こえ、藍は自身の脇腹に視線を向ける。
しかしすでにアイヴスは近くまで接近しており、頭上にはアイヴスから伸びる尾の先端の針が藍の目に向かって避けられない距離まで迫っていた。
「っ……!!」
藍は固く目を瞑る。
「マリア!」
ユヅルはマリアに向かって叫ぶと、マリアは大量のフォークをアイヴスに向かって投げる。
アイヴスはフォークを避けながら、藍から距離をとった。
藍はそっと目を開くと、藍を包み込む様に水の壁が出来ており、それが崩れるとアルファが姿を現した。
アルファはアイヴスを強く睨みつけた。
「さっきからこの子のことばかり狙って……性格が悪いわね」
「消去法です。
一人ずつ確実に除外していく為に正しい選択ですよ。
それに藍に攻撃を集中していると見せかければ他が疎かになるでしょう?」
藍はハッとすると、後ろの方に突き飛ばしたであろうユヅルの方へ体を向ける。
藍の目に飛び込んできたのはイヴに口づけされるユヅルの姿だった。
イヴはユヅルから唇を離すと、にやっと笑った。
ユヅルはゴシゴシと自身の唇を拭うと、プッと唾を吐いた。
「あらぁ、酷い。
そんな怪訝な顔をして少しは喜んで欲しいものだわ。
私の接吻を味わえたのだから……」
「気色が悪い……」
ユヅルは舌打ちすると、イヴは笑顔で肩を竦めた。
「まぁ、本当に酷い言われようね。
私だって貴方みたいな男と接吻なんてしたくないわよ。
でも、もうこれで貴方は私を殺すこともできないわね」
藍は水で作られたナイフをイヴに向って振りかざすが、また指を鳴らす音がしたと思うと、イヴはアイヴスの隣にすでに移動していた。
「いたぁーい!!
まりあのふぉーくささったぁー!!
みぎかたひりひりするよぉ!」
エバは涙ぐむと、アイヴスは慰めるようにエバの頭を撫でた。
「……さっきから指の鳴る音がした瞬間にその
ユヅルは何かを唱えると、ユヅルの後ろから数十本のマスケット銃が現れ、イヴ達に向かって同時に発射される。
イヴはまた不敵に笑うと、手をユヅルに向かってかざした。
すると、弾丸はイヴを避ける様に大幅に射程範囲から外れた。
「?!」
ユヅルは驚きで目を見張ると、イヴはクスクスと笑った。
「だから私言ったわよね?
もうこれで貴方は私を殺すこともできないって。
どんな攻撃が来ても、魔術が来ようが……貴方は私に傷一つ付けられないわ。
むしろ……」
パチンとエバは指を鳴らすと、イヴはユヅルの目の前に現れる。
ユヅルは咄嗟にイヴの頬に平手打ちをしようとしたが、ピタリと数ミリのところで手が止まり、イヴは勢いよくユヅルを蹴飛ばした。
「厄介なことになったのう。
もう主様は使い物にならんかもしれんわ……」
マリアはぽつりとそう呟くと、嘆息をもらす。
藍は目を丸くすると、マリアの方に顔を向ける。
「……どういうことですか? マリアさん」
「あやつの能力じゃよ。
エバは指を鳴らすことによって人や物を移動することが出来る能力。
アイヴスはあの尾には麻痺毒が備わっている。
刺されれば一瞬で感覚を失う様な致死量の毒の効果があるな。
そしてイヴの能力は自身の体液を他者にうつすことによって、そのうつされた他者はイヴに自身の意思と関係なく従わせられる能力じゃよ。
まさに劇薬じゃのう。
先ほどイヴは主様を接吻したじゃろ?
イヴの舌がその役割を担ってるからのう……油断してたわい」
マリアはやれやれと困った様な顔をした。
イヴはユヅルを見下ろすと、ユヅルの顎を指で軽くクイッと持ち上げて笑った。
「ふふっ、残念だったわねぇ?
今から貴方は私の手足になって藍を殺してもらうわね」
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