第31話【金色の髪をした少女】


 ―――これは私にとって呪いだった。

 他の子供とは違う容姿で生まれただけなのに、勝手に崇め奉られ、神化し、縋られるだけ縋り、都合が悪くなれば切り捨てられる身。


 重く閉じられた扉の奥に閉じ込められ、微かに隙間から零れる楽しそうな声や、光を小さな手で必死に集めてはをすくい上げようとした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 私を産み落とした女性は何度も何度も扉の外で泣きながら呟いた。

 こちらからどんな言葉を伝えても、謝罪の言葉しか返って来なかった。


「災禍を祓う。

これは素晴らしい天からの使命なのです。

ですから、誇りに思いなさい。

貴女は神の子を産んだのです。

神に返すときが来るまで大切に大切に使いましょう」

「でも……この子は……七瀬は」

「七瀬。

素晴らしいお名前ですね。

まさに災禍を祓う神の子に等しい名です。

貴女もすでに分かっていたのではないですか? 」


 老人はそう言うと、女性の背中を優しく撫でた。

 女性は何度も頷くと、涙を流した。


 それから女性は私の元に来ることはなくなった。


 それでもずっとずっと願い続けた。

 いつかこの閉じられた扉を開いて、本当の私自身を抱きしめてくれるその温もりをずっと待ち続けた。










「じゃあ何か?

暗闇の中から救い出してくれたラヴィさんに恩返ししようってことか?

それならどう考えても敵側アルカラじゃないだろう?

何考えてんだよ、なぁ七瀬」


 八百はそう言うと煙管を口に咥え、煙をふぅと噴いた。

 七瀬は八百の言葉を無視すると、槍を振るい、八百が吐いたその煙を振り払った。


「はぁ、ガン無視かよ。

だけどその様子だと違うな。

うーん、何を吹き込まれたか……駄目だな。

情報が足りない」

「……別に八百に分かってもらわなくても、良いし。

それに貴方難しいこと考えるの不得意じゃない。

というか、もうどいてくれないかな?

ラヴィも此処に来てるんでしょう……?」


 七瀬はイラついてるのか、眉を吊り上げて八百に睨む。


「おいおい、七瀬。

そんなイライラしてさ、鉄分足りてる?」

「さっきから……!

八百貴方ね、私と戦う気あるの?

ずっと避けては小言みたいに喋りかけてきて……戦うなら真面目にやりなさいよ!」


 七瀬は乱暴に槍を八百に向かって振りかざすが、八百はギリギリの所で避けた。

 八百は七瀬の背後にまわると、ポンポンと七瀬の肩を触った。


「っ!

八百、貴方ねぇ~!! ぶざけんな!」


 七瀬は八百に勢いよく槍を突き刺そうとする。

 何度も八百を突き刺そうと七瀬は槍を動かすが、八百は上手い具合に避ける。


「ほら、そうやってむやみやたらに振り回すと、体力ばっか奪われるだけだぞ?」

「うるさいわね。

八百はなんでいつもふざけてるみたいにヘラヘラして……調子狂うことするのよ」


 七瀬は眉間に皺を寄せる。

 八百はふぅと煙管の煙をまた吐くと、ハハッと笑った。


「え、酷くない?

そんなにふざけてるように見えるかな、俺……?」

「八百どいてよ!

私忙しいのよ!!

ラヴィが辿り着いてからじゃ遅いのよ!!」


 七瀬は槍の柄を床に叩きつけると、頭上から雷が現れ、槍頭にそれが集まる。

 槍の刃には青色の光と赤色の光が交互にバチバチと小さな稲妻を纏わす。


「何をそんなに急いでるのか……七瀬。

それと、それ最悪の場合お前も感電死するぞ?」

「馬鹿にしないで。

コレの使い方なんて私はちゃんと理解してる。

自分が感電するようなヘマなんてしないわ。

……だから、お願い八百。

これは最後の警告よ」


 八百は眉を下げ、唇を噛む七瀬を見ながら、深く溜息をつき、頭をひと掻きした。


「はぁー、俺がいつお前を馬鹿にしたよ?

本当にラヴィさんのことになると聞く耳も持たんのかい。

警告ってことは雷に打たれて死にたくないなら、大人しく道を開けてくれってこと?  

……お前ねぇ、本当にたまには俺の言うことちゃんと聞いてくれよ」

「はぁ……?」


 八百の発言を聞いて頭で理解し、処理する前に七瀬は何かに吹っ飛ばされる。

 それが八百の攻撃なのだと、七瀬は咄嗟に処理すると態勢を直し、床に着地した。

 そして顔を上げ、視界に映った八百に向かって槍を投げる。

 しかし槍は八百の目の前で動きを止める。

 槍が纏っていた雷は何かに行く手阻まれたようにそのまま横に広がっていくと、弾けて消えた。

 槍も床にガシャンと大きな音を立て、落ちる。


「雷の逃げ道を作る為に、風の力を調整した。

これ以上のことが出来なければ、死のみ。

そうは育てられた。

といっても、鬼は全部とうの昔に滅んで、俺一人だけだけどな……」


 八百は煙管を七瀬の方にむけると、にこりと笑った。


「お前をこんな風にしちまった昔の俺を殴ってやりたいくらいだよ。

過去を後悔しても変わらないけどな……とりあえず、今のお前をラヴィさんの処には行かせない。

俺とじっくり話合おうぜ」


 七瀬は瞬きをすると、八百の姿は消えており、両手を後ろから拘束される。


「っ……!」


 七瀬は八百に拘束された腕を何とか振り払おうとするが、体格のせいもあるのか拘束を緩めることができない。


「はい、捕まえた。

雷おこそうとするなよ?

まぁ、落としたとしても落ちる前に頭上で中和されて消え失せるけどな」


 七瀬は目線だけ上を向くと、八百の先ほどまで吐いていた煙管の煙が雲のようになって浮かんでいる。


「……そういうことね」


 七瀬はそう呟くと、諦めたように溜息をついた。


「……八百、お願い。

ラヴィを失ったら私は生きていけない。

だから失わない様に変えなくちゃいけないの。

私は後悔しない過去を作り変えに行きたいのよ……」


 七瀬はぽつりぽつりとつぶやく。

 八百は七瀬の言葉に少し首を傾げ、そして乾いたような笑い声を出す。


「まさか変な事考えてないよな?

過去を作り変えるなんてできる訳……」

「出来るわ。

エリーゼが復活すればね。そう世釋ヤツとエリーゼの復活を手伝う代わりの見返りとして約束したのよ」

「過去に戻ろうってか?

そんなこと……」

「私も半信半疑よ。

でも世釋はエリーゼ以外興味ないの。

だから私がラヴィとどうなろうが関係ないのよ」


 七瀬はハッと笑う。

 八百は眉間に皺を寄せると憤りがこもった声を出す。


「お前……頭おかしくなったのか?

自分が今どれだけ馬鹿な事言ってるか、解ってるのか?

そんなことしたらお前の想ってるラヴィさんだってお前を憎むに決まって……!」

「だから言ってるでしょう?

過去を変えるの。

やり直すの。

出会いを全部何度も何度も、私がラヴィの特別になるように。

馬鹿だってわかってるわよ……だけど辛いの、苦しいのよ。

どんなに頑張ってもラヴィに追いつけない……時間だけが過ぎていく。

皆、ずっと私に縋って来たじゃない……一度くらい願っても神様は罰を与えないでしょう……?」


 八百の拘束が緩んだのを七瀬は気づき、八百の腹に打撃をくわえようと振り向くが、頬に強い痛みが走った。

 七瀬は振りかざそうと握っていた拳を解くと、頬に手を添える。


「……痛いかよ、馬鹿。

いい加減目を覚ましてくれよ。

お前が言うように自らの願いを叶えたくて、そう望んで行動したんだろ?

裏切って憎まれるのも覚悟して、自らの望んだ幸せを手に入れたくてそうしたんだろ?

なのに、なんでそんな辛そうな顔でずっといるんだよ。

辛そうな声で言うんだよ。

お前が望んだ夢が叶うのなら楽しそうに話せよ。

嬉しいなら嬉しそうに言えよ。

そうだったのなら俺はお前とはと言えたのに……こんな顔してるお前の手を俺は離せるわけないだろうが」


 七瀬は八百の顔を見ると、ぽたぽたと涙を流した。

 そして力が抜けたように、床に項垂れた。

 八百はそんな七瀬を抱きしめることも出来ず、只、自身の拳を強く握った。


「本当に……昔と変わらず俺も馬鹿だな」



◇◇◇◇◇◇



 ラヴィと郁は少し距離を取りながら、猿間エンマについて行く。

 部屋の奥は長い廊下が続いており、微かに壁にかかる無数の蝋燭の火の明かりだけ見えるだけで、廊下の先に何があるのかが分からない状況だった。

 猿間は後ろを歩く郁達を気にしているかのように少し歩幅を緩めたりしているようだった。

 そして猿間が歩みを止めると、大きな扉に二回ほどノックをした。


 ギィーッと鈍い音がすると、扉が開きアンティーク調のテーブルと人数分の椅子、そしてテーブルの先には優雅に紅茶を飲む世釋セトの姿があった。


「やぁ、よく来たね。

ラヴィ・アンダーグレイ。

そして狗塚 郁くん」

「……夕凪は?」


 ラヴィは世釋を睨むと、郁も聞いたことない様な低い声でそう呟いた。


「とりあえず、どうぞ座って。

そう急がなくても


 世釋はそんなラヴィの様子を見ると、微笑み、郁達に椅子に座るよう促した。


「夕凪はどこに居る?

世釋お前と呑気にお茶なんて飲んでる暇はないんだ。

もう一度聞くよ、夕凪はどこに居るんだ?」

「……昔はこんな風にお茶を囲んで色々な話をしたのにね。

僕と君と雨宮と。

そしても」


 郁はラヴィを横目に見ると、ラヴィは唇を噛みながら世釋を睨んでいた。

 世釋はティーカップを置くと、目を少し伏せ、溜息をついた。


「まぁ、もう準備は整った後だからね。

君達もそこでジッと見ているといいよ」


 世釋の後ろからカラカラと音がすると、車椅子を押すエリーゼが現れる。

 ぐったりと車椅子には夕凪がしおれている。


「夕凪っ!」

「夕凪ちゃん!!」

「はい、動かない。

今、夕凪の近くにはエリーゼが居るんだよ?

それとエンマもほら、もう射程範囲に入ってる」


 夕凪の方へ駆け出そうとしたラヴィと郁は動きを止める。

 郁は後ろを見ると、猿間は小型の自動式拳銃を郁達の方に向けている。

 引き金には指が添えられており、少しでも動けば躊躇なく発砲するだろうと窺えた。


「威力は十分だよ。

まぁ、吸血鬼の再生能力でも一、二時間くらいはかかるだけかな?

それに君らみたいななら倍以上かもね。

正直撃ち抜かれては欲しくないんだ。

動かなくなった君らを痛めつけてもフェアじゃないからね」

「夕凪に何をした……?」


 ラヴィは腹から怒りを絞りだした様な声で、世釋に問う。


「余計な不純物を体の中から出したのさ。

致死量だからね、吸血鬼じゃなくて只の人間だったら死んでたろうね。

でもこれで良いのさ、僕の半身である彼女エリーゼが復活するのにはね」


 エリーゼは車椅子から手を離すと、夕凪の目の前に移動する。

 世釋は言葉を続ける。


「ラヴィ・アンダーグレイ。

君にとっては今ここで行われる行為は君が一番起こって欲しくなかったこと……いや、でも本当は心の底では望んでいたのかな?

君も一度は考えていたんだろう?

だから夕凪は今も生きている。

僕は君より先にずっと前から望んでいた。

だから準備もしてきた……血袋を集めて、肉を集めて、瞳も心臓も取り戻した」


 エリーゼは夕凪の膝によじ登ると、首筋に顔を近付かせる。

 そして次の瞬間血飛沫をあげると、

 

 だらんと首が後ろを向くと、郁達に向かって頬笑む。

 少女の腕を強く掴んだ夕凪の指はどんどんと指の形をつくるように腕に食い込む。

 バキンと鈍い骨が割れる音と、勢いよく少女の首筋に牙を立て、血を啜る音が部屋中に大きく響く。



金色エリーゼの髪をした少女は夕凪エリーゼの為に僕が用意しただ」

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