第28話【絆】

  意識が朦朧とする中、銃声がリズムを奏でる様に響き渡る。

 足音が段々と近付く音がすると、頭上からめんどくさそうな声が聞こえる。


「んー? 真緒くんまだ眠ってないの?

眠った方が楽だよ?

何も感じずに天に召されるんだからさ……」


 体が上手く動かせない為、目だけを動かした。

 少年の姿に見覚えはあった。

 少し前からこの施設に来たという子だった。

 最初は他の幼い子供と変わらず歳相応に遊び、笑うような少年だと思っていたが、違和感を感じ始めたのは初めて少年とまともな会話をしたときだったと東雲は思い至った。


「真緒くんって此処に居るのって長いんだよね?」

 

 ある日、唐突に少年ニアは東雲にそう尋ねてきた。

 中庭で遊び疲れた幼い子供達を寝かしつけ終わり、東雲は夕食の時間まで読書をしようと、自室から持ち出した本を片手に一階のソファがある場所に向かっていた。

 一階にある小さな窓は暗すぎず、明かるすぎない丁度良い光が室内に入る為、その窓の下にあるソファで読書をするのが、東雲真緒にとって日課となっていた。

 後ろからニアに声を掛けられ、東雲は立ち止まると、ニアの方を見た。


「……あぁ、他の子供達よりは長いけど」

「あれ、あ、変な質問してごめんなさいー……こうやって二人で話すのはじめてだなって思って……いつも遊ぶ時も他の子達もいるから」


 ニアはえへへっと笑うと、視線を斜め左下に移し、東雲が持つ本を指差した。


「その本ってどんなこと書かれてるの?

すっごく分厚い本だよねー……マザーの部屋にあった本だよね?」


 東雲は何故そんなことを急にニアが聞いてきたのかが分からなかったが、その瞳を覗き込むような視線がまるで生気を感じない無機物の人形と向かい合っているような感覚がし、鳥肌がした。


 ニアはそれに気づいたのか、パッと視線を逸らすと、小さな声で何かを呟く。


「……そう簡単に見つかるわけないか」


 あのとき感じた違和感は勘違いではなかったのかと東雲は考えを巡らせていると、マザーがニアに近付いてくる。

 その手には東雲がマザーの部屋で一度だけ中身を見たことがある一冊の本が握られていた。

 東雲がその本のページをめくっていたのを見たマザーは酷く動揺し、東雲の両肩を強く掴んだ。


 「真緒……この本の内容を?」


 マザーの顔は緊張で強張って蒼ざめていた。

 東雲が首を振ると、肩を掴む力が少し弱まり、マザーは安堵した様な表情をした。

 あれ以来、あの本に関してはマザーからも触れて来ず、東雲も今まで見たことのなかったマザーの動揺した顔が忘れられず、今まで存在を忘れていた。


 マザーは虚ろな目のまま、その本をニアに手渡した。


 「はい、ありが……」


 ニアがお礼を口にした瞬間、マザーが何かを唱え、崩れるようにその場に倒れる。

 ニアは舌打ちをすると、大きく溜息をつき、渡された本をポイっと捨てた。


「ばいばい、真緒ちゃん。

リリィちゃんにも遊んでもらって僕、一瞬でも楽しかったよ」


 ニアはそう言うと、大きな獏のぬいぐるみと姿を消した。

 数秒後、近くで窓ガラスが割れる音がする。

 少しずつ東雲が倒れている場所に女性の声が近づいてくる。


「動くなよ坊ちゃん。

もう大丈夫だ……ゆっくり息を吸って、吐け」


 女性にそう言われ、東雲はゆっくりと呼吸を整えた。

 そうしていると、先ほどまで耐えていた眠気が一気に襲ってくると、東雲の意識は落ちていった。


 次に東雲が目覚めたときには腕に点滴が繋がっており、意識が落ちる直前に聞いた声の女性が東雲の顔を覗き込んでいた。


「おいおい、七瀬。

顔が近すぎだぞ。

坊ちゃん驚いて声も発せないじゃないか」


 やれやれと、八百は肩をすくめると、七瀬はパッと顔を離した。


「ごめんなぁ……中々目覚めないから本当にちゃんと息してるのかなって心配になってさー」

「脈確認すれば分かるだろうが。

よぅ、坊主寝起きだし無理してすぐ動かなくていいからな。

今からする質問も頷いたりするだけでいいから」


 ひとしきり質問に答えると、口を開いた。

 声を少し出していなかっただけでこんなに言葉を出すのに口を動かしづらいのかと、東雲は少し驚いたが、絞るように声を出した。


「……すいません、俺以外の子供達は」


 七瀬達の表情を見て、東雲はやはり思っていた通りだと確信することができた。


「ごめん……私達がもっと早く着いていればもしかしたら他の子達も……」

 

 東雲は首を少し振ると、言葉を切り出す。


「いえ、貴女達を責めていませんから大丈夫です。

……貴女達の話を聞いたことを整理すると、そのアルカラっていう組織はマザーが持っていた何かを手に入れる為にあのようなことをしたってことですよね。

そしてあの子供もその組織アルカラの一人」

「ええ、あの子供は怠惰の悪魔ってことはノアの箱舟で確認はしている。

マザー……Mrs.リオはあの場で亡くなっていたわ。

検死の結果からしたら身体的衰弱死ってことになっているけど……彼女は君から見ても衰弱死するようには思えなかったようね」


 七瀬は腕を組み、東雲の方をじっと見つめた。


「わかりません。

ですが体に異変や低下されているようには過ごしている中でも感じられませんでした。

……マザーがあの子に何かを渡すとき何か呟いて倒れた気がするんです。

すいません、何を言っていたかは分からないのですが」

「いいや、気にしなくていい。

君も危ない状態だったし、命だけでも助けれただけでもよかったよ」


 七瀬は東雲に笑顔を向けた。


「ありがとうございます……」


 廊下からガラガラと台車が慌ただしく通っていく音がした。

 そして大きな声で聞き覚えがある言葉が東雲の耳に飛び込んできた。


「すいません! 目を少し離したようで……白銀の人狼の女の子が下を噛んで、自殺未遂したようです!!」

「第三緊急処置室に急いで運んで!!! 状態は? 人の姿と獣の姿どちらも想定して両方の口枷用意して!」

 

 続いて医師や看護師達が東雲が居る病室をどんどん通り過ぎていく。


「……リリィ?」


 東雲は身を乗り出すと、ベッドから降りようとする。

 七瀬は東雲を止めようとしたが、八百が東雲の両肩を強く掴んだ。


「冷静に聞けよ。

今、聞こえたように坊主の他にもう一人保護されてる。

けど薬漬けにされていて精神的にも危険な状態だ。

だから坊主、お前が彼女のところに向かっても何も出来ない。

それを理解した上でなら連れてってやる。

……どうする?」


 八百にそう言われ、東雲は一息置くと、こくりと頷いた。

 

 「……よし」


 東雲は八百に支えられながらベッドから降りるが、地面に足を下したとき、東雲は自分で歩行が困難な程に身体がいうことを効かない状態であることが判った。

 ゆっくりと支えられながら歩き出し、目的の場所まで辿りつく。

 室内には医師と何人かの看護師がおり、懸命に一人の少女の処置に取り掛かっていた。

 リリィの周りには血の染み込んだガーゼや包帯が床に大量に落ちてあり、消毒の様な薬品の匂いもする。

 リリィの両手両足はベッドの格子に拘束されており、暴れる度に拘束具のガシャガシャと擦れる音が響く。

 喉が壊れてしまうのではないかと思うほど、リリィは叫び続けている。

 東雲はその光景を見ると、力が抜けたように床に座った。

 膝に置いた手はカタカタと震え、瞬きを繰り返す。

 八百は東雲の横で、じっと室内の様子を見ていた。


「……想像したよりきつかったみたいだな。

いいのか、そこで座ったままで。

……受け止められないのならもう戻るぞ」

「……いえ、大丈夫です。

ちゃんと見ますから……」


 東雲は差し出された八百の手を取ると、自分の力でゆっくりと立ち上がり、もう一度リリィの方を見る。


 リリィの口には口枷がされており、獣の牙の様に鋭く伸びた犬歯には血がついており、血の混じった涎が口の端から垂れている。

 医師はリリィの腕に鎮痛剤の入った注射器を指すと、暴れていたリリィが少しずつ大人しくなっていく。


私を、殺して……わたひふぉ、ふぉふぉひへ……


 室内の外に居る東雲にも微かにリリィの呟いた声が聞こえ、そして眠るようにリリィは瞼を閉じた。


「……八百さん」

「お、なんだ? 坊主」

「俺のこと鍛えてくれませんか?

……自分の手でぶん殴りたい奴が出来たんです」


 八百は少し驚いた顔をしたが、東雲の瞳を見てにこりと笑った。


「人に教えるのあんまり得意じゃないが……いいぜ、東雲真緒くん」

「東雲?」

「ああ、施設のリストに載ってたお前のフルネーム。

俺ノアの箱舟ここに入隊する前に色んな所旅したりしててな、坊主みたいな昔ながらの古風な苗字の奴多く会ったりしてたんだよな。

もしかしたら、俺の知り合いに坊主のこと知ってる奴もいるかもしれないし、修行ついでにプチ旅行するか」

「……そうですか」

「会話のかわし方上手いな。

んじゃ、よろしくなぁ、真緒」


 八百はははっと笑いながら、東雲の背中をポンポンと叩いた。



◇◇◇◇◇◇



 目の前にいるユキノの姿形をしたシキはにたりと笑う。


「シキ・ヴァイスハイト、強欲の悪魔。

お前の事はあれから自分なりに調べた。

悪魔になる前のお前は全能の知識を持った科学者だったんだって。

青柳さんに借りたお前の書籍を見させてもらったけど……すごいと思ったよ。

どの内容も見ても凡人には理解するのも難しい内容ばかりだった。

……正直膨大の知識量で頭が痛くなるほどだったよ」

「おおきに。

まぁ、僕もう今の悪魔すがたになる前の記憶が色々な人の記憶と融合したせいなのか少しずつ薄れてきとるけど……嬉しいものなんやね」


 シキは東雲に軽くお礼を言うが、東雲は眉をしかめてひどく憂鬱そうな顔をした。


「……お前の書籍のどこにもお前の写真はなかった。

唯一他の科学者の書籍に後ろ姿だけ載っていたよ。

出版された年に大きなデモが重なったから大半は燃えてしまっているらしいけど、数少ない冊を青柳さんが持っていたから助かったよ。

お前が今言ったように悪魔になり他者と融合を繰り返す内に本来の姿を忘れ、何を得ようとしてるんだ?」

「挑発の次は尋問? ほんで僕の隙をみてリリィを逃がすつもりかなー?」


 ねぇと言いながら、リリィの首筋にあてたメスをシキは少し動かした。


「……っ、」


 東雲は息を呑み込む。


「大丈夫。

僕もそこまで意地悪やないさ。

移動中に真緒きみが不意打ちで攻撃してこないように、今はリリィの事は傷つけへんし。

それにしてもリリィはほんまにあれからだんまりやね。

まぁ、静かにしてくれて有難いけどね」


 リリィは俯きながら、大人しくシキと一緒に歩いており、東雲はその後ろをついていく。

 傷つけないと言いながら、シキは東雲に見えるようにメスをリリィの首筋辺りであそばせている。

 少しでも東雲がシキにとって不審な動きをすれば、その刃がリリィの皮膚を破るだろう。


「はい、この扉開けてね。

リリィ、ほら」


 扉の前に止まると、シキはリリィに声をかけた。

 リリィはおずおずと手をドアノブに近付けると、扉を開けた。


「……ぁ、」


 リリィは部屋を見て、ガタガタと震え出す。

 東雲はリリィのその様子を見て、シキを押し退け、部屋の中を見回した。


 天井、床、部屋の中に物はなにもなく、すべて氷漬けになっていた。

 頬に冷気が霞める。

 扉は三人の入室を確認したかの様にバタンと大きな音を立てると、扉もみるみる内に室内の温度により、氷に覆いつくされる。

 シキはリリィと東雲の顔を交互に見ると、耐えようにも耐え切れず、笑みを口角に浮かばせる。


「あはっ、良い表情やねーお二人さん。

実は僕さ、世釋様の妹の夕凪ちゃんにあの日首切られちゃったのね?

あの体があの時は主本体やったからさ、首が切られた後の体は只の肉の塊当然になっちゃったんやけど……

丁度飛ばされた首の近くにユキノくんの身体があったから、新しく主本体にさせてもらっちゃった。

僕色んな人に変われるけどさ、それは只の仮の形態であって、主本体が必要やの。

せやからね、僕はほんまにユキノくんなんだー」

「うぉげぇ……っ」


 リリィは膝をつくと、床に嘔吐する。

 シキはしゃがむと、リリィの背中を優しく擦った。


「あらら、吐いちゃった? 薄々気づいとったけど信じたくなかった現実に身体が拒否してもたかな?

可哀想に」


 東雲も扉に拳を強く当てると、唇を噛む。

 自身を睨みつける東雲を見て、シキは楽しそうに笑った。


「そんな睨まなくても……せやから、君らは今からユキノくんである僕に殺されるの。

君らが来てくれたらいいなって思って、世釋様に頼んでこの部屋を用意したし、ニアくんにお願いしてこれも取ってきてもらったの」


 シキは一つの小瓶を懐から出すと、東雲に見せる。

 東雲はその小瓶を見て、驚いたように目を見開いた。


「真緒くんはこれが何なのか知っとるみたいやね。

これはユキノくんの本来の力を半分雪の結晶にしてあるものやろ?

君がノアの箱舟におることは以前から聞いてたけど、リリィに会うた日にさ、あの施設に君も行くって言うもんやから、これを君が回収する前にニアくんに取ってきてもうてん。

探すの苦労したよー

君、ちょくちょくあの施設に行って隠し場所変えるし……本当大変やったよ。

なんですぐ回収せえへんのかなって疑問に思ってたけど、熟成期間があったってことやね。

熟成前の状態だと壊すことが出来ひんと君は知っとったから、その様子を見に行っとったってことやろ?

あの施設やったらノアの箱舟の誰ぞ常におるし、自分で持っとるより安全性が高いと思った。

何も言い返さへんってことは僕の考えは正解って感じかな?」


 シキは小瓶を動かすと、小瓶の中にある青白い氷の欠片がキラキラと光る。

 すると、シキは口を開けると、その小瓶を自身の舌に乗せた。


「ユキノくんは芸術家やね。

この小瓶も氷で出来とる。

そうやないと、他の人が中の結晶が入った瓶を持つことが出来ひん。

低温火傷か、最悪凍傷する。

本当ユキノくんは優しい子やったんだね」



 シキは小瓶を口の中で噛み砕くと、ごくりと呑み込んだ。

 驚いた様に東雲は顔を強張らせる。

 シキは床に手の平を当てると氷が音を立て始めた。

 リリィはその音に少し驚き、顔を上げるが既に遅く、氷の柱はシキとリリィを乗せたまま高く伸びると、リリィを覆うように氷の檻が出来た。



「っ、なにこれ。真緒ちゃん!! 」

「リリィ! 何も触るな! そこでじっと動くな!」


 リリィは氷の檻の格子に触ろうとすると、東雲が大きな声を出し、それを止めた。


「そうそう、触ると低温火傷するから。

リリィはあとで僕と遊ぼうな?

あのときみたいにリリィは白いドレス姿じゃないけれど、しよな。

あの日の続きをしよう、僕と」


 シキは檻の中に入ったリリィの頭を撫でると、リリィは引きつった顔をした。


「本当にお前、悪趣味だな……」


東雲は睨みながら、シキを見上げた。


「誉め言葉だわー」

「……降りて来いよ。

上から見下されるとイラつく」



 東雲は暗器を出すと、構える。

 シキはふぅと嘆息すると、何もない空間に歩みを進めた。

 歩くたびに氷柱つららが階段の様に地面に連なっていく。

 器用に氷柱の上をシキは進んで行く。


「さてと、じゃあ始めようか。

他の人らも始めてるっぽいし、楽しい殺し合い」


 シキは人差し指をくいっと動かすと、メスが宙に浮かぶ。

 そしてパキパキと少量の氷柱もつくると、東雲めがけてメスと同様に飛ばした。

 東雲は上手い具合に飛んでくるメスと氷の氷柱を避けると、シキの方に間合いを詰めていく。

 しかし、後ろから更に氷柱が飛んでくると、東雲の脇腹を少しかすめた。


「凄い凄い、戻ってくること予想して僕に攻撃する為に脇腹そこだけ少し傷を受けたみたいやけど、残念」


 東雲はシキの首に刃を当てようとしたが、氷の壁が作られ攻撃が出来なかった。

 氷の壁に両足を着き、東雲は刺さった刃を引き抜く。

 そのまま足を軸にし、宙返りすると、シキから距離をとる。

 東雲は額から流れてきた一筋の汗を拭うと、ふっと笑った。


「いや、残念じゃない。

見て見ろよ、左の太股」


 シキはそう言われ、左太股に手をあてると、ベトリと血が付いた。


「はは、首の方はフェイントでこっちが本命ね。

脇腹の方だったら警戒して回避できたけど……騙されたわ~」


 シキは傷を負った箇所に触り、冷気によって止血した。


「それにしてもほんますごいわ。

本来の力取り戻したからか体中の神経が活性された気分やわ」

「……勘違いするな。

お前の力じゃない」


 東雲はシキに対して眉をしかめ、ひどく憂鬱そうな顔を向けた。

 肩を竦めると、シキは笑った。


「ほんまに否定し続けたいみたいやね。

まぁ、ええけど。

死人に口なし。

今はもう僕の力やから」


 シキは手の平を広げると、地面からパキパキと音がし、針のような鋭く尖った氷柱が現れ、東雲に向かって伸びていく。

 氷柱は意思を持ったように、それぞれ違う動きをしながら避けて逃げる東雲を追っていく。


「っ!」


 東雲は刃を氷柱にあてるが傷一つけることも出来ず、壁の方へ飛ばされた。

 壁も床も氷が張っている為、少しでも油断すれば足を滑らせる。

 飛ばされた方の壁に着地する為に東雲は視線を一瞬移すと、死角からメスが飛んできて、東雲の右手に数本刺さった。


「ぐっ……、」


 刺さった衝撃で右手に持っていたナイフを離してしまい、また壁に思いっきり足を着いてしまい、足首を捻った。


「わぁ、痛そう。氷の壁だから本来より倍痛いやろ?」


 シキは眉を下げると、わざとらしく心配するような素振りをした。

 東雲は苦しそうに負傷した足首に手をあてた。


「真緒ちゃん!!!」


 リリィは叫ぶように東雲の名前を呼んだ。


「……心配しなくていい。

足一本負傷しようがお前を倒すのに何ら問題ない」


 東雲はふらふらと立ち上がると、服を破くように背中から黒い大きな羽根が現れた。


「そういえば君、烏天狗やったけ? 初めて見たけど綺麗な黒い翼やね」

「……正直使いたくなかったけどな。

お前のその攻撃に翼出すと不利が多いと思って、だけど……そんなこと言ってる場合じゃないからな」


 黒い大きな翼は真緒の姿を覆うように隠すと、東雲の姿は鋭く嘴が尖った大きな鷹の姿になった。


カラスじゃないやね。

でもかっこええわ~!

翼もそうやけど、瞳が綺麗……欲しいなぁ」


 バサッと翼を広げると、地面から離れる。

 そして翼を動かすと、強い風が生まれ、シキが出した氷柱が次々と破壊していく。

 東雲はそのまま宙に浮かぶと、リリィの入った檻に近付く。

 

「真緒ちゃん……ごめんなさい。私、真緒ちゃんに大丈夫だって……一人でやるからって大口叩いたのに……結局何もできない」


 リリィは大粒の涙を流すと、唇を噛んだ。


「……俺のほうこそごめん。

あのとき気づいてたんだリリィのこともユキ兄のことも。

だけど……変な意地張ってリリィから何か言ってくれたら、俺のこと頼ってくれたらって。

ずっと先延ばしみたいにしてた。

でもこれだけは言わせて。

リリィのせいじゃない。

だから自分をもう責めなくていいよ、もしそれでも辛くて、悲しくて、自分を責めたくてしょうがないって思っても、何度も何度も大丈夫だよって言うから。

ごめんなさいって涙流すのを今度はずっとリリィが笑顔でいてくれるように……僕が君を守るから。

……ユキ兄の伝言。

伝えたから……俺もそう思ってる。

だからリリィ、もう自分を責めなくていい。

今度は俺も一緒に支える」

 

 東雲は笑ってるかの様に目を細めた。


「っ、」


 リリィは俯くと、すぐに顔を上げた。

 そしてぐっと、氷の格子を掴むと、力を込める様に横に引っ張る。

 掴んだ格子から蒸発したように煙が発生する。


「リリィ、ちょっとまて。

火傷……!!」


 東雲は驚いたように声を発するが、リリィはにこりと東雲に笑いかける。

 格子は変形し、リリィが出られるような大きさまで広がった。


「ありがとう真緒ちゃん。

この戦いが終わったらさ、一緒にまた過ごしたあの思い出つまった場所にいってくれる?」

「……あぁ。もちろん、一緒に行くよ」


 リリィの姿は見る見る内に、美しい白銀の狼の姿になった。


「私の信じてるユキちゃんを私は信じる。

だから……シキ・ヴァイスハイト、貴方は私達が倒します!」

「はぁ、その小さく芽生えた闘志を含んだ瞳……嫌いやわ」



 シキからは笑顔は消え、無表情な顔でリリィ達を見上げた。

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