第二章 破

第27話【開演】

 ラヴィから今までの一連の物事を郁達が聞き終えた後から時は遡り、壁にもたれ掛かり、腕を組みながらラヴィの話に耳を傾けていた八百やおがぶっきらぼうな言い方でラヴィに尋ねた。


「まぁ、古来最強の吸血鬼エリーゼの話も夕凪を救出したい気持ちも分かりましたけど、世釋達アルカラの居場所の見当はついているんですか?

ラヴィさん」


 八百は睨んでいるという方が近い表情で、ラヴィの方を見ると、じっと返答を待った。

 ラヴィは少しの沈黙の後、口を開いた。


「……アルカラの本拠地に突入した際にあの建物を見たときは心底驚いたよ。

あの建物は俺と雨宮がよく知っている場所だった。

……すでに燃え尽きて跡形もなくなっているのを雨宮とこの目で確認したはずだったけどね」


 ラヴィは机の上で組まれた両手を強く握った。


「ラヴィがそう言うのなら間違いないな。

俺らがあの日見たのは只の一部の燃えた跡だったってことか……あとはあの建物がどこに存在しているかだ。

藍さんだったっけ?

君はもうあの場所に行く手段は残ってない……みたいだね。

その表情を見ると」


 雨宮あまみやにそう言われ、らんはぎこちなく頷く。


世釋せと様のことですから、もうあちらにあるタロットカードを早い段階で処理しているはずです。

また同じ手段であちらに行くことは叶わないと思った方がいいと思います。

……多分ノアの箱舟の皆さんをおびき寄せる為に私の行動を野放しにしていたんだと思います」


 藍は申し訳さなそう顔をすると、俯いた。

 そんな藍の様子を見たマリアは隣に立つユヅルを肘で突くと、小さな声で「ほぉら、主様。

こういうとき頭の一つでも撫でて、慰めてやれ。

小娘の目を通して主様を見ているアルファの顔がみるみる内に鬼の形相になっていっているぞ?」と言う。

 しかし、当の本人は遠慮するかの様にユヅルを見上げ、困った様に愛想笑いをした。


「……いや、方法はある」


  ラヴィはそう言うと、藍の方に視線を向けた。

  正確には藍の中にいるであろう嫉妬アルファの悪魔の方を。


「さっきワンコくん達が戻ってきたのは、嫉妬の悪魔の能力でしょう。

その目的の場所が分かれば移動出来るってことで解釈は合っているかい?」

「……えっと、」


 藍は少し狼狽えると、ユヅルの方を見た。

 ユヅルの代わりにマリアがラヴィの質問に答えた。


「正確には水があればどんな場所にも移動出来るってことじゃな。

アルファは本来水中にいる怪物の姿をした悪魔だからのぅ……。

だからその場所に水辺や海があれば移動できなくもないんじゃないかぁ?

確かにあそこに主様と一緒に向かったとき微かに海水の匂いがしたしのぅ……」


 ラヴィは頷くと、真っすぐに郁達を見た。


「……各自準備が出来次第、アルカラに夕凪奪還の為に乗り込む」

 




◇◇◇◇◇◇




「ううっ……皆どこに行っちゃったんだろう」


 リリィはとぼとぼと長い廊下を歩いていた。

 アルファによってアルカラが潜んでいる場所に辿りつくことが出来た。

 しかし何故か指を鳴らす音がすると、リリィだけ長い廊下の端に立っていた。


「きっとアルカラの誰かの能力なのかもしれないけど……それにしても不気味な場所。

大分歩いたけれどデッドさえも現れない」


 リリィはキョロキョロと周りを見回すが、自身が歩く足音しか聞こえない。


「……夕凪ちゃん、待っててね。私達が必ず助けるから。

……私もちゃんと決着をつけなくちゃいけない。

私がしなくちゃいけないんだよね、ユキちゃん……」


 リリィはそう呟くと、拳をぎゅっと強く握りしめた。


「リリィ、あかんで。

そんな拳を強く握りしめたら、手の平が傷ついたらどないするの? 」


 そう声がすると、リリィは後ろから抱きしめられる。

 背中から伝わる悪寒に悲鳴を上げそうになったが、口を強く噤んだ。


「っ……」

「……あれ、震えとる?

可哀そうやね。

リリィ、もう僕の前には現れてくれないかと思っとったけど……また会えてよかったわ。

……僕の腕を振り払えへんのはユキノくんの姿やから?

それともリリィの中にある僕への恐怖かな……なんて」


 シキはそう言うと、リリィの髪に触れた。

 リリィは震える自身の腕をもう片方の手で抑えると、ぐっと目を瞑る。


「……」

「泣いとるの?

泣き顔も昔と変わらへん……ほんまに君は僕の理想に近い存在やね。

この前の表情も良かったけれど、もう一度みたいなあのときのリリィの表情。

ほら、ユキノくんを自分の手で殺してもうたあのときの。

……そう言えばあのとき口に含んだユキノくんの肉の感触はどんな感じやった?」


 シキはリリィの耳元に顔を近づけると、意地の悪い微笑みを口元に浮かべた。


「……っ!」

「リリィ、そいつの言葉に耳を傾けなくていい」


 ドオンと扉がケリ破る音がすると、東雲真緒しののめ まおが姿を現す。

 シキはわざとらしくびっくりしたような顔をすると、リリィから離れ、東雲を見て首を傾げた。


「あらら? 王子様の登場みたいやねー!

えっと、君は……ああ、あの時のMrs.リオにくっついてた可愛らしい坊ちゃん! 大きくなったなぁー」

「ユキ兄の姿で気色悪く笑うな。声を発するな。

お前のことは俺がこの世から消してやる……」


 東雲は声を押し殺しながら、噛みつきそうな表情でシキを睨んだ。


「あら、カッコええなぁ~!

はぁ、ホンマにどうしてこんなにワクワクすること起こるんやろ?

楽しいわーホンマ、世釋様には感謝しきれんなぁ。

ははっ、そんな殺気向けないでほしいわぁ~

この場所で戦うには狭いから場所移しましょか?」


 シキはそう言うと、にやりと不気味に笑った。


◇◇◇◇◇◇



一方、同じくアルカラに潜入したラヴィとかおるは大きな扉の前に立っていた。


「ラヴィさん、ここは……」


 郁は周りを見渡しながら、隣に立つラヴィに向けて呟く。

 郁達と一緒に来たリリィ、東雲、ユヅル、藍、八百の姿はない。


「あのときの術者と同じだろうね。

この現象はアルカラの怠惰の悪魔が行ったと思っていたけれど、違ったみたいか。

厄介だね。

こうなったのなら仕方ない。

俺と郁くんを此処に飛ばした意味があちらには何かあるってことだろうね。

この部屋の先に夕凪が居るのかはわからないけれど……準備は良いかい? ワンコくん」

「はい……! 」


 郁は頷くのを確認すると、ラヴィは扉をゆっくりと開けた。

 開いた扉の近くには猿間エンマの姿があった。

 前に会った時の様に無表情で冷たい視線を郁に向けた。


「……猿間さん」


 猿間は郁達が入ってきたのを確認すると、部屋の奥に歩みを進めていく。


「……ついてこいってことみたいだね。

ワンコくん大丈夫?

あの人でしょう、前話してた上司さん」

「はい、大丈夫です。

もし猿間さんにまた銃口を向けられたとしても、前みたいに怖気づきません。

ちゃんと覚悟してますから」


 郁はよしっと意気込むと、歩みを進める。

 ラヴィは少し驚いた顔をしたが、にこっと悲しそうに笑った。


「ごめんね……君らを巻きこんでしまって」

「え、何ですかラヴィさん?

何か言いましたか?」


 郁は訊き返す様にラヴィの方を見るが、ラヴィは首を横に振る。


「ううん、あの人も助けようワンコくんの大切な人だもんね」

「大切な人というか……そうですね、尊敬してる上司であり相棒ですからね」


 郁はそう言うと、照れた様に笑った。



◇◇◇◇◇◇


 アルカラの建物が遠目に見える草原には、イヴとユヅル、藍が対峙していた。

 イヴは自身の長い銀髪を手で払うと、下唇を突き出しむっと口を結んだ。

 

「……藍、あなた世釋様を裏切って今度はそこの魔女ユヅルに肩入れし始めたみたいね」

「……イヴさん」


 イヴは大きな溜息をつくと、ギロッとマリアの方を睨んだ。

 睨まれたマリアはイヴの方に、よっと軽い挨拶をするかのように手を挙げた。


「おお、久しいのぅ色欲の悪魔イヴ

二○○年ぶり……いや、お主いつから居なかったかのう?」


 マリアはそう言うと、皮肉じみた薄ら笑いをした。


「あらん?

マリア記憶力低下してきたんじゃない?

アタシは覚えてるわよ、確か……あらぁ、むしろこんな女いたかしらん……?」


 アルファとマリアは互いに首を傾げた。

 イヴはプルプルと怒りを露わにする。


「あからさまにボケたふりするんじゃないわよ!!

本当に昔から私の事馬鹿にしてっ……!

暴食の悪魔マリアに嫉妬の悪魔アルファが揃いも揃って……目障りだわ」


 イヴは鞭を地面に振るうと、地面の至る所から骸達が這い出てきた。


「くくっ、冗談が通じない女じゃのう。

主様どうするんじゃ? この女の相手は手こずるぞ?」

「そうだな、僕だけならね」


 ユヅルは藍の方に視線を向ける。


「……無駄な時間を消費したくないですよね。

大丈夫です、一瞬で片付けられると思うので」


 藍は袖からカードを取り出すと、霧が現れ、骸達の周りを覆う。

 そして次の瞬間、鉄砲玉の様な音がすると骸達の体が修復できない程に破損した。

 イヴは何が起こったのか分からず、驚いたように目を見開く。


「経過が経った骸程脆いものはないですからね。

さしずめシキさんに大半の骸でも盗られてしまいましたか?

あの方、私が居たときも実験材料だとか言って、イヴさんの所有物である骸を使っていましたもんね……残念でしたね、沢山いれば時間稼ぎにでもなると思いました?

こんなのじゃ全然意味ないですよ?」

「……貴女、口悪くなったわね」


 イヴは腕を組み、眉をぴくりとさせる。


「そうですかね?

あぁ、でもそちらに居る時は毎日毎日ぴーちくぱーちくと横で五月蠅いと思ってたこともありましたね。

大人しく聞いていた自分が偉かったなって思いましたよ。

あ、すいません言い過ぎましたね。

ついつい口が緩みまして……」


 藍は申し訳なさそうな顔をすると、笑った。

 イヴも眉間に皺を寄せると、にこりと笑う。


「今、気づいたわ。

私貴女の顔、嫌いみたい」

「はて、どうしてですかね?

誰かに似てるとか……ですかね?」


 藍は両手を軽く上げ、手の平を上に向け肩を竦めた。


「ふむ。あの小娘、良い性格になったのう。

のう、主様?」

「いや、言葉の棘が強くなってないか……?」

「環境によってああいう性格に育っちゃったのね。

でもアタシ結構好きなタイプよ?」


 ユヅルはマリア達に呆れて、深い溜息をついた。


「はぁぁぁ~……、本当に人をイライラさせるくらい馬鹿にするのが上手ね。

私が他の悪魔達と違って、人を操るしか出来ないとでも思ってないかしら? 藍」


 イヴはそう言うと、パチンと指を鳴らす。

 すると目の前のイヴの姿が三重に見え、藍は目を擦った。


「ふふっ、目を擦っても変わらないわよ」

「如何してなのか?

そんなこと訊かれましても、アナタの今見ているものがすべてですよ」

「らんのおどろいたかお、とってもおもちろいね☆」



 イヴの横には褐色の肌に白髪、アオザイを着た青年と同じく褐色の肌に灰色の髪、黒色のワンピースに白いピナフォアを着た少女が立っていた。


「ワタクシ、アイヴスと申します」


 青年は丁寧にお辞儀をする。


「わたち、エバだよ☆」


 少女はウインクをする。


「さぁ、力の差を思い知らせてあげますわ!」


 イヴは高らかに笑った。

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