図書館の王子さま

@futarigoto

本文

わたしは隣堂有子(りんどう・ゆうこ)、高校1年生。この私立有隣堂学園で図書委員をしている。図書委員は週1回の当番制で、わたしのペアの相手は“図書室の住人”との呼び声が高い、3年生のR.B.ブッコロー先輩だ。奇抜なメッシュが特徴で、いつも当番の仕事はやらず、競馬新聞を片手にradikoで競馬の実況を聴いている。


さて、返却された本を戻すか。わたしはカウンターから立ち上がると、本の山を抱えて本棚へと向かった。ここは校長先生が図書館に力を入れているらしく、やたらめったら敷地が広くて、本を戻すのも一苦労だ。


「ん〜……もうちょいなんだけど……脚立使ったほうがいいかな……」


背の低いわたしはちょっと高いところにある本棚に本を戻せずにいた。次の瞬間、ぐらり、と身体がよろめいて、わたしは後ろに倒れ込んだ──はずだったのだけど、もふもふした何かがクッションになってくれたらしい。


「重いから早くどいて!」

「? その声は──ブッコロー先輩!?!? すみません!!!!」


慌てて立ち上がって振り返ると、そこにはオレンジ色の丸っこいフクロウがバサバサと飛んでいた。


「フクロウ!?!?」

「ミミズクじゃボケ〜!!!!」

「す、すみません!!!! ……って、何でミミズク?」

「僕にとって人間はかりそめの姿なのよ。本来の姿はこっち」

「じゃあ何で人間になってるんですか?」

「それは……人間界を勉強してこいって父上が言うから……」

「……ブッコロー先輩って何者なんですか?」

「? 何って、図書館の国の王子だけど」

「王子さま!?!? キャラじゃなくないですか!?!?」

「失礼だなあ! これでも国民には人気あるんだぞ!」

「ほんとかなあ……」


わたしが訝しむような目を向けると、ブッコロー先輩はぷんぷんと怒り始めた。寡黙なひと(いまはミミズクか)だと思ってたけど、意外と感情豊かだ。


「ところで、人間界でその姿になるのはどうなんですか? あんま良くないんじゃないですか?」

「そうなんだよ……最近こうなる頻度が増えて困ってるだよねぇ……」

「何が原因があるんでしょうか?」

「原因はハッキリしてるよ」

「? 何ですか?」

「僕が全然本を読んでないから!」

「そんなキリッとした顔で言わないでください!!!!」


図書館の国の王子であるブッコロー先輩は、読書をすることでエネルギーを溜めることができるのらしいのだけど、人間界に来てからは競馬にハマってしまって、めっきり本を読まなくなって弱体化したそうだ。


「原因がわかってるなら、何で読まないんですか?」

「それは……競馬がおもしろいのもそうだけど、この図書館って広いじゃん? どれから読んでいいかわからなくて……」

「なるほど……それならわたしにお任せください!」


わたしは誇らしげな顔をしながら、右手の拳でどん、と左胸を叩いた。


「わたし、小学校の頃からの筋金入りの図書委員なんで! 先輩におすすめの本をいっぱい紹介しますよ!」

「! それは助かる!」

「ブッコロー先輩はどんなジャンルの本が好きですか?」

「そうだなあ……ラブコメとか、エンタメとか……」

「じゃあ有川ひろ先生あたりから始めましょうか」

「割り出し速くない!?!?」

「有川先生ならあっちの棚です。行きましょう」


ブッコロー先輩はバサバサと本棚を上下移動しながら観察すると、『図書館戦争』をリクエストしてきた。


「いいですね! これ、ラブコメ且つエンタメなので、ブッコロー先輩にピッタリですよ!」

「そうなんだ? 図書館ってついてるから選んでみただけなんだけど、それならたのしみだなぁ」


ぽふん、と音がして振り向くと、ブッコロー先輩はいつの間にか人間の姿に戻っとった。本に触れたことで少し回復したらしい。


「とりあえずこれ借りるわ」

「まいどあり〜、です」

「……隣堂さん、だっけ」

「はい」

「これからもよろしく」

「! はい!」


わたしはニコニコしながらカウンターでバーコードを読み取ると、ブッコロー先輩に『図書館戦争』を手渡した。彼はそれを大事そうにカバンに入れると、颯爽と図書館を去っていった。



それからというもの、ブッコロー先輩に週に1度本をおすすめするようになった。先輩独自の視点で感想が返ってくるのがおもしろくて、わたしは先輩にどんどん好きな本をおすすめしていった。そんな関係が、いつまでも続くといいのにと願ってやまなかった。


「先輩! 卒業式なのに図書館まで来てくれたんですか!?!?」

「隣堂さんこそ、何で図書館にいるの?」

「わたしは先生に書庫の整理を頼まれたので……」

「僕は文芸部の送別会まで時間があるから来ただけ。……君がいるとは思わなかった」

「お互いさまですね」


暫しの間、沈黙が流れる。ブッコロー先輩はガサゴソとカバンから何かを取り出すと、「これ、餞別」と言って渡してきた。中身は文庫用のかわいらしいブックカバーだった。


「君には世話になったからねぇ。いろいろと勉強させてくれてありがとう」

「いえいえ! こちらこそ、ブッコロー先輩の感想を聞くのがいつもたのしみでした! ありがとうございました! ……先輩、」

「? 何?」

「これからどうされるんですか?」

「国に戻って修行を積むよ。君のおかげで人間界には詳しくなれたしね」

「そう、ですか……寂しくなりますね」

「寂しい? ……そう。そう思ってくれてるんだったらうれしいな」


ブッコロー先輩はそう言うと、わたしの左頬にちゅ、とキスをしてきた。わたしがびっくりしていると、先輩はいたずらっ子のような笑みで笑った。


「君が望むなら、フィアンセとして迎えてあげてもいいよ?」

「ふぃ、ふぃあんせ……!?!?」

「君以上に我が国にぴったりの人材はいないからね。もしよければ考えておいてよ。……それじゃ」


ブッコロー先輩はそう言って、スタスタと図書館を去っていった。わたしは左頬に手を当てて呆然としながら、その場に立ち尽くしていた。



わたしが高校卒業後、図書館の国でブッコロー先輩と結婚式を挙げることになるのは、もう少し先のお話。

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