第14話

 その日から呪いの女神は大人しくなった。

 もう城に戻っても問題ないと殿下に伝えたが、殿下は信用できないらしく、帰ろうとはしなかった。変なところで怖がりだな。


 そして私のベッドに侵入したことを咎めると、殿下は「おまえだけベッドなのはずるい」などと抜かしたので空き部屋にベッドを買った。いずれ買おうとは思っていたからいいけど、代金は殿下に請求した。ベッド代が浮いてラッキーだった。


 殿下は納得したのか空き部屋で寝るようになったものの、こっそりのぞいたときに殿下の私物が部屋に増えている気がして恐怖がした。ライオネルがいろいろ運んできているようだ。

 このままでは殿下が居着く気がして満月よ速く来いと祈った。



 そうして、殿下が呪われてから最初の満月の日。

 私は張り切って準備を進める。失敗するわけにはいかない。殿下を追い出すためにも。


「殿下、今夜解呪するので、そのつもりでいてくださいね」

「おおっ! 私はついに死の呪いから解放されるのだな!?」


 芋を口に入れていた殿下は嬉しそうに笑った。

 私の芋生活もようやく終わりそうで、私も嬉しいよ。


「じゃあ、聖女様、お城に帰って来んの〜?」


 これまたビー玉のように瞳をキラキラさせるライオネル。帰るとは一言も言ってないね?


「私は帰りません。殿下がお帰りになるだけです」

「え〜。じゃあ、俺もここにいよーと」

「あなたは殿下の側近ですよね? お帰りください」

「やぁだ」


 ニパッとライオネルが笑う。

 どこが怒りのスイッチかいまいちつかめていないので、下手なことを言うのもはばかられる。

 ああ、もう。本当に面倒なのが居着いてしまった。

 ため息をつくと、殿下が座りが悪そうにソワソワしていた。なんだろう。


「殿下、お手洗いでしたらいつでもどうぞ」


 トイレを示す。殿下が顔を真っ赤にして怒った。


「なっ、違う!」

「違うんですか? ソワソワしてるからてっきりトイレかと」

「王子〜。王子も城に帰りたくないんでしょ〜」


 え、やだよ。帰ってよ。

 殿下はふくれっ面をして、自分が作ったオムレツを口に運ぶ。


「台所を貸すと言っていただろう」

「えー、殿下、芋しか剥かないですし。いつもオムレツですし。もう飽きたんですよねぇ」

「んなっ、飽きただと!?」


 そりゃ毎日毎日、芋とオムレツなら飽きるだろう。私はしばらく芋を見たくないよ。


「なら、他のものを作る」

「そんなに料理が気に入ったのですか?」

「自分の作ったものが並ぶのは気持ちがいい」


 ふふんと自慢気ににやつきながら殿下がオムレツを突っつく。口に入れ、またニヤッと笑った。

 まぁ確かに最初に比べたらかなり上達した。それは認めよう。卵の殻は入っていないし、もともといいものを食べていたからかこだわりのふわっふわオムレツになっている。だが、それとこれとは話が別だ。


「でしたらたまに料理を作りに来てくださればいいですよ。私は楽できますし、殿下は楽しい。どうです?」

「まぁ、そうか……」


 殿下は納得しかけていたが、ハッとしたように首を振った。


「大臣たちが連れ戻せとうるさいと言っただろう! 何の収穫もなしに帰れるか」

「王子なんですからそのくらいなんとかできるでしょう」

「おまえがいないと肩がこる」

「そうしたら来てください。客として」


 全部却下された殿下は顔をぐしゃっと崩して苛立ったように私を見た。


「おまえは頑固すぎる」

「聖女は撤廃されましたので」


 しれっと答えると、殿下は私を睨んで静かにオムレツを口に運んだ。




 そうして、その日の晩。

 眠たげにうつらうつらしている殿下を叩き起こして、今回の事件の元になった神域へとやって来る。


「殿下が来たのはここで間違いないですね?」

「間違いない」


 まったく。どうしてこんな、おどろおどろしい森に入ろうなんて思ったのかなぁ。


 目の前にある神域──正しくは、封印の森。

 木は生えているが、草は一本もないという、アンバランスな森だ。剥き出しの土が訪れた者を地の底に誘い込むかのよう。


「うわぁ、王子ここに入ったの?」

「そうだ」


 ライオネルもドン引きしていた。まぁ、常人の感覚なら入ろうとは思わない。こういうのは獣的なライオネルのほうが敏感なようだ。嫌そうに森を見ている。


「大元の女神は殿下についてるんで大丈夫だと思いますが、気を緩めると連れていかれますよ」

「どこへ?」

「やだなぁ、決まってるじゃないですか」


 にこりと笑って地を指さす。


地獄あのよですよ」


 ヒュウっと、冷たい風が吹き抜けた。


「やだ〜っ!」


 ライオネルの悲鳴が轟いた。

 元暗殺者が何を地獄にビビっているんだか。


「嫌なら待っていて構いませんよ。殿下は付いてきてくださいね。たとえ骨になっても」

「おまえ私に対して不敬だぞ!?」

「死にたくないのでは?」

「骨になったら死んでいるだろう!?」


 うるさいなぁ。そもそも、殿下は一度入ってるでしょうが。


「いいから行きますよ〜。迷わず付いてきてくださいね」

「聖女様ぁ、俺を一人にしたら呪うから」


 でかい図体が絡みついてきて、鼻で笑う。


「呪詛返しをご存知で?」

「……なにそれ」

「呪いを跳ね返すんですよ。倍にして」

「なにそれ、こわっ。聖女様やべぇ」


 元暗殺者に言われたくないですが?


 うるさい男たちを引き連れて森の奥を目指す。

 森の木の隙間を吹き抜ける風が、不気味な音を響かせていた。

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