第13話
突き刺さるような視線を感じて、目を開けた。
オレンジ色のビー玉のような瞳が、パッと色づいたように輝く。
「聖女様起きた〜!」
ライオネル!? なぜ家にいる?!
飛び起きて、体に異常がないことを確認する。異変は何もなかった。
「王子〜、聖女様起きた〜」
扉に向かって、そう投げかけるライオネルを放って、部屋の中の時計を確認する。
……五時。
「おお、起きたのか」
扉を開けて現れた殿下は、体から香ばしい匂いをさせていた。
「殿下……いくらなんでも早くありませんか? もう少し寝かせてくださっても……」
「まだ眠いのか?」
「え? それは、まぁ……」
うなずくと、殿下とライオネルは顔を見合せた。
なになに? 私、変なこと言った?
ライオネルが私を見て、不思議そうに首をかしげた。
「聖女様ぁ、もう夕方だよ」
「……は?」
私は時計を見る。五時だ。五時。
「え、でも……今は朝の五時なのでは?」
「今は夕方の五時だ。おまえ、昨日寝てから片時も起きなかったぞ。疲れてるのか?」
うわぁ、寝坊してたのか!
確かに昨日はやたらと呪いを解いて回ったからなぁ。おかげですっかり元気になっているから良いけれども。
「すみません、殿下。疲れてたみたいですが、もう大丈夫です」
「眠いならまだ寝ててもいいぞ?」
「聖女様ぁ、なら俺と寝よう〜?」
猫なで声でニヤァと笑うライオネルに身の危険を感じた。
背中が粟立ち、布団を跳ね飛ばして起き上がる。
「いえっ、すぐに起きます! 元気なのでっ!」
「え〜。つまんないの」
つまんないの、と言いながらライオネルの瞳が怪しく笑う。言動と合ってない。
この猛獣は殿下にしか扱えないんだよ。私には無理だ。
「それより殿下、放ったらかしてすみません。大丈夫でしたか?」
「ん? とくに問題はなかったぞ」
威張るように胸を張る殿下の背後を見て、目を瞬く。
あ、れ。ちょっと弱ってる?
昨日は殿下の首に手を巻き付けてあんなに求愛していたのに、今は一歩後ろにいる。あの勢いをどこに置いて来たのかと言いたくなるほどだ。
「え〜と、殿下、何かしました?」
「何かとは?」
いや、私にもわからないから聞いてるんだよ。
「ああ、芋ならむいたぞ」
「はい?」
嫌な予感が頭よぎった。
私は部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。そして寝巻のまま台所へと足を踏み入れ絶望する。あまりの惨状に膝をつきそうになったくらいだ。
「殿下〜っ!」
そこは芋のパラダイスに変わっていた。
流しには芋の山。作業台にも芋の山。
フライパンの中では芋がダンスを踊り、鍋の中では芋が海中水泳をしている。
ああ、もうダメだ。
私の食事はこれからしばらく芋だ。芋を食べて芋になるしかない。芋がつき果てるまで。
あとを追ってきた殿下が、得意げに胸を張る。
「オムレツも作ったぞ。食べるか? 安心しろ、殻は入ってない」
「王子のオムレツけっこう美味しかったなぁ〜。聖女様ぁ、俺にも教えて?」
「食事を作ってくださったことには感謝します……殿下……」
とりあえず褒めておくと、殿下はニマニマと嬉しそうに笑った。単純だな。
ああ、早いところ殿下に新たなレシピを授けなくては。
私の食事が芋とオムレツで埋め尽くされる。
まさか、呪いの女神も芋王子が嫌になったのか? ありえるなぁ。私なら嫌だ。芋王子。
同情するように殿下の背後を見る。
ピャッ、と音がしそうな勢いで、黒いモヤが小さくなった。
……んん?
首をかしげていると、飼い猫ライオネルが擦り寄ってくる。ぎゅむっと抱きしめられて、スリスリと頬ずりされた。
「聖女様ぁ、俺も〜」
「あんたがやったら血の料理が出来そうだから嫌です」
「え〜、聖女様俺に冷たくな〜い?」
「いつもと一緒でしょう」
どこからともなく猪を狩ってきて、台所を血の海にしそうだ。さすがにそんなことになったら私は引っ越しをする。引っ越し代は全部殿下に請求して。
それにしても、真っ黒の女神はどうしたんだろう?
その謎が解けたのは、その日の夜中だった。
夕方までぐっすりと眠った私は眠りが浅く、暑苦しさを感じて目を覚ました。
なんと、目の前に目を閉じている殿下の顔があった。綺麗な顔してベッドに横になっている。顔が近い。理解ができないまま飛び起きる。
「ひぃっ! なにがっ、いたっ!」
身を引くと今度は後頭部を何かにぶつけた。
振り返れば、同じようにスヤスヤ眠りについているライオネルが。
こいつら〜。
ちょっとベッドが広いからって堂々と上がり込んで、信じられない。
どういう教育をしたらそうなるんだ。そもそも未婚の男女が一緒に寝るなんて一大事だとわからないのか。王族の自覚がなさすぎる。
いや、王族の自覚があるからこそ、「私を床に寝かせるなんて!」と憤慨したまま乗り込んできたのかも。あり得る。なんて言ったって殿下だし。
今度会ったら殿下の教育も担っている大臣を八つ裂きにしようと決意して、ベッドから起き上がる。
大の男が二人ベッドを占領している。私の寝る場所がない。
部屋の中にある小窓に近づいて、そっとカーテンを開ける。窓辺に置かれているコップが、月の光を吸い込んでキラキラ輝いていた。
いい感じだ。問題ないな。
ふと振り返って、目を瞬く。
あれ、女神の姿がない。いつも殿下の首にベッタリくっついているのに。
部屋の中を見回すと、隅に黒いモヤが固まっていた。
やっぱり何か変だよね。どうしたんだろ。
女神はチラチラと殿下のほうを見ては、ガックリと肩を落としていた。床に指で字を書いていじけているようにも見える。
特別なことでもあっただろうか?
今の殿下の様子といえば私のベッドを占領しているくらい……って、はは〜ん。わかった。
浮気されたときのことを思い出しているんだな。殿下に傲慢な心しかなかったとしても、女のベッドに上がり込む姿が衝撃的だったのだろう。
はた迷惑な女神と言っても、元をたどれば強い力を持った人間だ。
そっと女神の元に近づく。
「目は覚めた?」
真っ黒の女神は威嚇するようにブワッと毛を逆立てた。
「もう自分じゃ、空に行けないんでしょう?」
ピシリとモヤが固まって、しゅるしゅると小さくなっていく。
「大丈夫。私が道案内してあげる。不毛な恋も、不毛な人生も終わりにして、新しい人生を始めることをオススメするわ。見ての通り、殿下はろくでなしの中のろくでなしなの」
ニコリと笑って、黒いモヤに触れる。
「満月の日に、あなたにとびきりの奇跡をプレゼントしてあげる」
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