第12話


 元暗殺者がなぜ側近になるのか。

 巡り巡った世界の七不思議は、いまだに私には理解できない。


 殿下と、この元暗殺者、ライオネルは、常人には理解し難い思考を持ち、それを体現する者たちだからだ。

 殿下が「こいつを側近にする」と、何処の馬の骨とも知らない男を携えて来たときは、城中がひっくり返った。

 しかも、それが元暗殺者だとわかったときには、泡を吹いて失神する者もいたくらいだ。


 私はそれを至極真っ当な反応だと思った。

 けれども、殿下は違った。

 なぜ驚くのか理解できない。

 そんな顔をしていたのだ。この王子は。


「ねぇ聖女様〜、聖女様のお家どっち〜?」


 私の家に上がり込む気満々のライオネルは、スリスリと頬ずりをしてくる。でかい猫だ。いや……猫と言うには獰猛すぎる。だって、元暗殺者だからね。暗殺者。


「勝手にウチに来ることにしないでくださいな」

「え〜! ダメなの?」

「ダメです」


 シッシッと手で追い払う仕草をすると、ライオネルと殿下がびっくりした顔をして私を見た。

 どうして殿下まで驚いているんですか?


「でも俺、聖女様のとこに行くって言ってきたし」


 ……誰に?


「そしたら、行ってらっしゃいって、笑顔で見送ってくれたし」


 ……誰が?

 というか、それって、追い払われたんじゃ……。

 深いため息をついて、地面に転がっている男たちを指さす。


「それ、ちゃんとお城に届けてください」

「え〜。聖女様の家に置いといちゃだめ〜?」

「ダメに決まっているでしょう!?」


 どうしてこんな血まみれの男たちを家に招待しなきゃいけない!?

 夜中に起きて暴れられでもしたら、たまったもんじゃない。自ら強盗を招き入れるようなものだ。


「ダメなので、それ連れてとっとと帰ってください。それがいる間は、絶対に家には入れません」

「え〜ケチ」

「ケチでもいいのでダメです」


 キッパリ、ハッキリ、ノーを突きつける。

 ライオネルは悔しそうに唇を尖らして、殿下を見た。


「ね〜、王子〜」


 話題を振られた殿下は、チラリと私を見た。私は首を横に振る。殿下は諦めろとばかりにライオネルの肩を叩いた。

 よしよし、呪われてる殿下は私に下手に逆らえない。

 ライオネルがショックを受けたように仰け反った。


「え〜! 俺せっかくここまで来たのに〜」

「文句言ってないで早く帰ってくださいな。この男も連れてってくださいね」


 それだけ言ってヒラヒラ手を振って歩き出す。

 ふてくされたようにライオネルは頬をふくらませていた。


「聖女様のばか〜!」


 はいはい、バカでもなんでもいいので、お引き取りを。


「ネル、諦めろ。また明日来い。そうしたら入れてやる」


 何勝手に入れる約束してるのかな?

 家の主は私だけど!?


「え〜、俺、聖女様の家知らないし」

「ここをまっすぐ行って右だ。看板があるぞ」


 ちょっとちょっと、何勝手に教えちゃってるの!?

 ライオネルの顔がぱあっと嬉しそうに煌めいて、笑顔を撒き散らす。


「じゃあ今日は帰る〜。聖女様ぁ、また明日ね」

「……来ても入れませんよ」

「じゃあ扉壊して入る〜」

「入れるから壊さないでくれます!?」


 息をするように壊すとか言わないで!?

 ライオネルは嬉しそうにウンウンとうなずいて、地面に転がっている三人の男を肩に担いだ。


「じゃあね〜」


 そう言い残した次の瞬間には、ぱっと姿が消えていた。恐るべし身体能力……。今さらどうこう言ったりしないけれど。

 嵐が過ぎ去ったかのような疲労感が、どっと押し寄せた。


「はぁ〜、疲れた。ライオネルが来たら面倒なので、殿下もお城に帰ってくださいな」

「なっ! おまえ、私が呪われてるの知ってるだろう!? 私を助けると言ったからその首飾りを渡したんだ!」


 そんなこと言ってもなぁ。迷惑料をふんだくらないと気が済まないくらい、迷惑を被っている。


 チラリと殿下の後ろを見る。

 相変わらず、殿下の首に真っ黒の手を巻き付けて求愛している。なんでこう、変なものばっかり引き連れてくるかなぁ。そういう体質なのか。何はともあれ、面倒な男だ。



 家に帰って、着々と寝る準備を進める。

 生活スペースでもある二階に上がって、殿下を空いている部屋に案内する。


「ここで寝てください」


 ひとつの部屋の扉を開けて、殿下を中に入れる。部屋を見ていた殿下は、じっとりとした目で振り返った。


「ベッドがないが?」

「床で寝てください」

「……布団は?」

「タオルケットがあります」

「私はベッドでなければ眠れん!」

「嘘をおっしゃらないでください。戦のときにどこでも眠れるよう、野営の訓練もしていると小耳に挟んだことがあります」


 にっこりと笑顔を向ける。殿下は悔しそうに歯噛みしていた。


「嫌ならどうぞ、おかえりくださいな」


 どうしても帰るのは嫌らしい。殿下はタオルケットにくるまった。そして剣を支えのようにして座り込み、目を閉じる。

 おお、なんだか騎士っぽい。


「それでは殿下、おやすみなさいませ」


 バタン、と扉を閉めた。

 私も自分の部屋に戻って、どっと押し寄せる疲労を捨て去るようにベッドに倒れ込む。


「はぁ……眠い……。疲れたなぁ」


 もそもそと布団にくるまった。

 お城にいたころよりも疲労がすごいって、どうなんだ。

 変な女神が常にそばにいるから気を休める暇もない。

 今日の拝み屋は愛に溺れた呪いに当たるし、帰りは猛獣に会うし、殿下の呪いが被弾している気がする。


 あぁ、本当に面倒だ。

 力の強い女神なんて。


 ウトウトと微睡み、そのままストンと眠りに落ちた。



 その眠りを妨げたのは、闇がうごめくような、嫌な気配だった。


 むくりと起き上がって、眠い目を擦りながら部屋を出る。嫌な気配は殿下が寝ている部屋からだ。

 そっと扉を押し開けた。

 私がこの部屋を出たときと同じ姿勢で、殿下は眠っていた。人の気配があっても目が覚めないくらい熟睡しているらしい。


 ゆっくりと近づく。

 シャーッと威嚇された。殿下の後ろにいる真っ黒の女神に。


 うわぁ、これ一番厄介なやつだ。心を取り込もうとしている。

 心臓あたりに絡みついている黒いものを、サッサっと手で払う。

 すると、パッと殿下が目を開けた。青の瞳が私を見て、わずかに仰け反る。


「おはようございます、殿下」

「なっ、おまえ、私の寝込みを襲う気か!?」

「死にます?」

「冗談だ」


 殿下の冗談は本当につまらない冗談ばかりだな。


「うなされていましたよ」

「そ、そうか」


 深く息を吐いて、殿下は服の袖で額の汗をぬぐった。


「夢見が悪かったですか?」

「ああ……。包丁を持ったおまえに追いかけられる夢を見た」

「現実にします?」

「王子殺害の罪に問われるぞ」

「王子は呪いで死んだと証言します」


 ニコリと微笑み合う。

 そして殿下が青筋を浮かべて食ってかかった。


「元はと言えば、おまえがこんな床で私を寝かせるのが悪い!」

「大元を辿れば、殿下が神域になんて場所に足を踏み入れたのが問題ですけど!?」

「違うだろう! おまえが私の話を聞かないからだ!」

「聖女撤廃を宣言したのは殿下ですがっ? 得意げな顔をして、私を見下していたではありませんか!」

「なっ、そんな顔などしていない!」

「ええ、ええ。自覚がないのも仕方がありません。殿下の元の性格ですからねぇ!」


 言い切って、肩で息をする。

 しんっと、無様な沈黙が流れた。

 不毛だ。過去をどうこう言ったところで、今が変わるわけでもあるまい。


「……疲れたな」

「ええ、本当に」


 部屋に戻ろう。眠い。

 立ち上がって部屋を出ようとすると、背後で何か動いた。振り返ると、殿下も立ち上がっていた。


「……何をなさっているのですか?」

「私もおまえの部屋で寝る」

「……ハッ倒しますよ?」


 ジロリと睨みつけたが、殿下は真剣な面差しをしていた。顔色が悪いな。


「おまえが近くにいないと、呪いが強くなっているような気がする」


 ……わりと鋭い。

 死の気配には敏感な王子だなぁ。


 ため息をついて、チラリと振り返る。


「床で寝てくださいね」

「……おまえは悪魔だな」


 悪魔ではなく元聖女です。

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