第7話
殿下が卵と格闘している間に適当にサラダを作ってテーブルに並べる。
それだけだと殿下が足りないかもと思ったので、芋とチーズをパリパリになるまで焼いたものと、厚めのベーコンステーキも作る。
ふぅ、とひと息ついたところで、横からチラチラと視線を感じた。殿下が見ている。いやーな予感。
「……どうしました?」
尋ねながら近づく。そして、ボールの中を見て察した。
黄身が崩れて、もはや殻があるのかどうかもわからない。
私は殿下の両肩に手を置いた。
殿下は気まずそうに顔を引きつらせている。
「殿下、今日は諦めてジャリジャリオムレツを食べましょう。何事も経験です。卵の殻が入るとこんなにもジャリジャリするのだと、その身をもって実感してください」
ジャリジャリ卵入りのボールを奪い取って、手早く混ぜ合わせる。
オムレツの具にさらに火を通して、うーんと考える。料理好きみたいだし、もう殿下にやらせようか。
「殿下、オムレツ……って、何してるんですかっ?!」
殿下は必要もないのに勝手に芋をむいていた。しかも流れるように手首に包丁当てるなぁ?!
慌ててパッパッと黒いモヤを払う。
ふぅ、なんて面倒な。
これじゃあ血まみれ芋事件として、しばらく芋が食べれなくなりそうだ。
「殿下、もう芋はむかなくていいのでっ!」
「なかなか楽しいな」
「楽しいか楽しくないかではなく、食べる分だけむいてください!」
まったく、これだから王子は。楽しければいくらでも剥いていいと思っている。
包丁を取り上げて、代わりにボールを手渡す。
「なんだ?」
「オムレツ作ってください」
フライパンを指差す。
「卵でくるっと包まっているアレです。殿下も好きでしょう?」
ザックリ作り方を説明して、一歩離れた後ろで見守る。子どもの成長を見守る親になった気分だ。
フライパンを火にかける音が心地いい。パチパチと油が跳ねる音がした。
人が料理する音って、どうしてこう心地いいのだろうか。何ができるのだろうかとワクワクする気持ちも一緒に混ぜ合わせているみたいだ。
目を閉じていると、じゅうっと卵が焼ける音がした。
その音に目を開けて、思わず止める手が出そうになった。
「あっ!」
「ん?」
「……いえ、いいです。殿下、一緒にジャリジャリオムレツを突きましょうね」
殿下は卵を全てフライパンの中へと投入していた。
二個作ってくださいねと言い忘れた私が悪い。しかたない、半分に割って分厚い卵を堪能しよう。
ちょいちょい挟まる私の指示を聞きながら、殿下は無事にオムレツを完成させた。ぐちゃぐちゃの、だいぶ見栄えの悪いオムレツを。具が飛び出しているけど、お腹に入れば同じだしね。
「なかなか難しいな」
「まあ、慣れがありますからね。パンも焼けているので夕食にしましょうか」
オーブンからパンを取り出して、オムレツやらベーコンステーキやら芋やらを皿に盛り付ける。
半分は殿下に持ってもらって、テーブルに並べた。コップに水をそそいで殿下に椅子に座るようにうながす。
落ち着かなそうな顔で殿下は椅子に腰かけた。
「……狭いな」
「はっ倒しますよ」
ほとんど一人用のテーブルと椅子だからね。
お客が来るかもと一応椅子は二脚あって良かったですね、殿下。でなければ今ごろ床で食べることになっていましたよ。
笑顔で青筋を浮かべながら、殿下の前の椅子に腰掛ける。手を合わせてまずはパンをつまんだ。殿下はオムレツを切り分けていた。自分で作ったから嬉しいのだろう。
ただし、ホクホク顔もオムレツを口に入れるまでだった。
パクリと、オムレツを口に含み、もぐもぐと咀嚼していた殿下は、「うっ」と言いたげな顔でピタリと固まった。
「どうしました〜?」
わかっていてニヤニヤと問いかける。
「す、砂を食べているようだ……」
苦い顔をする殿下に、ニッコリと笑顔を向ける。
「だから言ったでしょう。卵の殻が入るとジャリジャリすると」
「……料理は奥が深いな……」
大きな殻は吐き出して、慎重にオムレツの中を探っては殻を取り除いていた。たまに混入に気づかなかったのか、嫌そうな顔をしながら食べていた。
全部食べ終えて手を合わせる。殿下はやっぱり足りなかったのか何度かパンをお代わりしていた。食べ盛りの男だから仕方がない。あとで飲食代は請求しておこう。
洗い物を殿下に押し付けて、私は扉へと向かう。扉にかかっているプレートをOPENに変えて、バタンと扉を閉めた。
カウンターの中にある小さな椅子に腰掛けていると、洗い物を終えた殿下がやってきた。
鼻の頭に泡がついている。
まぁ、教えてあげなくてもいいか。面白いから。
「ありがとうございます、殿下。客室とはいえないですけど、あまってる部屋が上にありますよ」
奥にある二階へと続く階段を示す。
殿下は階段のほうを見やってから私に視線を落とし、不思議そうに首をかしげる。
「おまえは何をしている?」
「嫌ですね、私は拝み屋ですよ。お店を開けているんです」
「こんな時間に客が来るのか?」
「来ますよ」
にこりと笑って、扉に視線を向ける。
トントンと控えめなノックのあと、キィッと扉が開いた。
今日は腰の曲がったお婆さんだ。白髪混じりの髪を後ろで引っ詰めて、杖をつきながら歩いている。立ち上がって、手を貸しながら椅子に座らせる。
「こんばんは。お困りみたいですね」
「聖女様、孫を、孫をお助けくださいっ……」
ぶるぶると体を震わせ、お婆さんはすがり付くように私の服をつかんだ。
代理依頼のようではあるが代理ではない。おばあさんには薄く黒いもやがある。ということは、これは面倒なパターンか、家丸ごと呪われているパターンかのどちらかだろう。
「お孫さんは、今どちらにいらっしゃいますか?」
「家に……」
「わかりました。では、今からうかがっても?」
お婆さんは衝撃的な言葉を聞いたかのようにカッと目を見開いて、私の服をすがるように掴んだままコクコクとうなずいた。
私はカウンターの中にいた殿下を振り返る。
「殿下、私はちょっと出かけてきますので、適当に寝ててください。それじゃあ」
ポカンと見ていた殿下が、ハッとしたように首を振る。水気を飛ばす犬みたいだった。
「わ、私も行くぞ」
「え、いいですよ。殿下がお家にうかがったら迷惑でしかありません」
「私を一人にする気か?!」
なんともみっともないセリフを吐きながら、殿下は憤慨した。
一人じゃ怖いんだな。
私はチラリとお婆さんを見る。お婆さんは顎が外れそうなほど口を開けて、殿下を見ていた。
「お、お、王子様……っ?」
殿下はその反応に気を良くしたのか、得意気に胸を張る。
「そうだ。私がこの国の第一王子、ライアン・スティアートだ」
「王子様、聖女様を民に遣わしてくださり、なんと感謝を申し上げたら……っ」
「よいよい。私は民を思う主君だからな」
聖女を城に連れ戻しに来た王子がよく言う。
私の蔑む目に気づいたのか、殿下は咳払いをして、お婆さんの前に跪いた。
「ご老人、夜歩くのは辛いでしょう。私がお供いたします。これでも王族。剣には覚えがありますのでご安心を」
それっぽく言っているが、要は絶対について行くということだろう。
荷物が増えたなぁ、とため息をつきながら、殿下にお婆さんの支え役を明け渡して外に出るようにうながす。
「お婆さん、道案内をお願いしますね」
家を出て、鍵をかけながらそう言った。
振り返った先にいたお婆さんは、ぽ〜っと殿下の美しい顔を見つめていた。
「はぁ……。わしゃあ、天に召されるのかもしれん。聖女様に王子様……。わしゃあちゃんと生きているんかのぅ……?」
聞いちゃいないな。
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