第5話
「私が死ぬ? なぜだ」
殿下は私を真っ直ぐに見据えながらそう問いかけた。青の瞳がいつもより輝いている。瞳がうるんでいるからだろうか。
意外にも取り乱さない姿に感心する。
顔色は悪いけど。唇がちょっと薄紫になってはいるけれどもね。
あぁ、そういえば。
暗殺には慣れているとか、言ってたっけ。
ゆっくりと瞬きをして、私も殿下を見る。目を細めて、背後のどす黒いのを牽制しながら。
「あの神域には、女神が祀られていたはずです」
「そうだったな」
あっけらかんとうなずく殿下を殴り飛ばしたくなった。頭の中では殴り飛ばした。
知っていたのになぜ入ったの?
女神の加護が受けられるとでも思ったのですか。
それならば、それは正解だ。見事に加護を受けている。死のカウントダウンという加護を。
胡乱な目を向けていると、早く続きを話せとばかりにせっつかれる。やれやれ、せっかちな王子だ。
「あそこに祀られているのは、変な男に恋をして、浮気されて嫉妬に狂い、多くの女たちを惨殺してまた変な男に恋をしたはた迷惑な女神だったはずです。もはや女神と呼んでいいものなのかどうかも怪しいですが」
肩をすぼめてみせると、殿下の背後のオーラがぶわっと大きくなった気がした。毛を逆立てた猫のようだ。威嚇しているらしい。
「おまえ、言葉が過ぎるぞ」
殿下がそう窘めた瞬間、ぶわっと広がっていたどす黒いものは、しおしおと小さくなった。
なんだろう、これ。
素敵、なんて幻聴が聞こえた気がした。やりにくいなぁ。
「神域というのは建前で、女神がまたロクでもない男に引っかかって祟りを引き起こさないようにした結界のようなものです」
「詳しいな」
「城にいる間、暇だったので勉強しました」
だって、聖女の仕事は王子のお守りだからね。面倒なことはそれ聖女! とばかりに、いいように使われていた。
どう考えても聖女の仕事ではないのに、文句を言わずに淡々とこなしていた自分に拍手を送りたい。
「で、本題ですが」
殿下がゴクリと唾を飲んだ。ちょっと緊張しているらしい。
「殿下はその女神に好かれたようですね」
「は? 私がか!?」
「まあ、ロクでもない男なのでぴったりだったのでしょう」
殿下でなければ、きっとここまで好かれなかったはずだ。相性が良かったんだと思う。
「おまえ……私が王子だとわかって言ってるのか?」
不愉快そうに眉をひそめる殿下。
「ああっ、権力を笠に着て脅しをするっ、やっぱりロクでもない男ですね!」
「わかった、わかった!」
殿下はもういいとばかりに私を両手でいなした。
「ロクでもない男でいい。それで、私は死ぬのか」
「はい。死にます」
深くうなずく。ひと欠片もぶれないようにふかーく。
「……おまえ、私に恨みでもあるのか?」
「嫌ですね、殿下。私は報酬さえ支払っていただければ殿下をお助けしますよと言っているんです」
にこやかに笑って右手のひらを殿下に向ける。
しばらく私の顔と私の手を見比べた殿下は、少しの間を置いて、チラリと私を見る。
「……本当だな?」
「もちろん」
笑顔でうなずいた。
殿下は深いため息をついて、諦めたように目を閉じた。
「わかった。支払おう」
「あら、ずいぶんと素直にうなずくんですね」
殿下がちらりと片目を開けた。
「何がだ」
「嘘だとか思わないんですか?」
小首をかしげると、殿下は目をまんまるにして私に食ってかかった。
「嘘なのか!?」
「いえ、本当ですけど」
あっさり否定する。
殿下は胸を押えて、肺に溜まった空気を全て吐き出すように深く息を吐いた。
「驚かせるな。なら、いい。それで、報酬はいくらほしいんだ」
改めてそう言われると、特別欲しいものはなかった。
当面の生活の目処はたっている。
お城からむしり取ったお金で、贅沢しなければ十分暮らしていける。
「うーん」
上から下まで殿下の体を視線でなぞる。
そんな派手な服ではないのに、やけにカッコよく見える。顔がいいからか。
何回も往復して、ピタリと視線が殿下の首元で止まる。
にこりと笑って、手のひらを殿下の首に向けた。
「なっ、私の首か?!」
「いりませんよ、そんなもの」
「……私の首はそれなりの価値があるんだぞ」
「私には無価値ですから」
ふふふ、と作った笑顔を向け合う。
「首はいらないので、殿下がいつも身につけているその首飾りをください」
殿下は自分の胸元を見つめた。そして右手で首からぶら下がっている、青い宝石が付けられた首飾りをつまみ上げる。
「……これか?」
「はい」
殿下は自分の首の後ろに手を回して首飾りを外すと、そのまま右手を私に突き出した。
両手を受け皿のようにして、前に差し出す。
シャラリと音を立てて、繊細で美しい細工がされた首飾りが私の手の中に落ちてくる。
「ほら、これでいいだろう」
「うわぁ! ずっと綺麗だと思ってたんですよねぇ」
いつも殿下の首に付いていたキラキラ光る石。殿下の瞳の色によく似ていて、光にかざすと透き通るように美しく輝くのだ。
さっそく首に付けて、ふふんと自慢げに見せびらかす。
「どうですか、殿下。似合います?」
「まぁまぁだな。私のほうが似合う」
うんうんとうなずきながら殿下はそんなことを口にした。
「……殿下って、本当にお口が残念ですよね」
嘘も方便。
とりあえず煽てておけば物事はなんでも丸く収まると知らないのか。変に正直者だ。
「はあ?」
「まあいいです。報酬ももらいましたし、きっちり働きますよ」
キュッと気合いの紐を引っ張って、軽く頬を叩く。
チラリと、殿下の背後を見る。
女神と呼ばれるだけあって、元々何か力の強い人だったのだろう。面倒だけど、宝石分の働きはしなくちゃね。
「ただ、ちょっと厄介なので、時間もらいますけど」
「そうか」
「その間に死なないでくださいね、殿下」
にこりと笑って、殿下の肩を軽く叩いた。
「……は?」
「それじゃあ、邪魔なので出て行ってください」
「は? ちょっと待て、死ぬのか?! 私は」
「だいじょーぶですよ、数日くらい。たぶん」
「おい、たぶんって言ったな!?」
ぐいぐいと背中を押して、出口までご案内する。キャンキャン吠える子犬を無理やり引きずって、ポイと家から外に放り出した。
「それでは殿下、また数日後に」
「おいっ、待て!」
すがるように手を伸ばしてきた殿下に笑顔のサービスをして、扉を閉めた。
しばらく取り立て屋のようなノックが響いていたが、やがて静かになる。
諦めて帰ったらしい。
くるりと家の中を振り返って、残り香りならぬ、残り呪いが充満している家を見る。
換気して、適当に仰ぐと砂のように崩れて消えていった。
カウンターの元まで歩いていって、小さなカレンダーで日付を確認する。
「次の満月は……一週間後か」
殿下、生きてるだろうか?
首をかしげると、答えるようにシャラリと、首飾りが音を立てた。
ほんの少しばかり殿下の身を案じていたけれど、数時間後、私の家の中には丁重にお見送りしたはずの殿下の姿があった。
「で、なんでいるんですか? 殿下」
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