第3話

 ドンドンドン!

 取り立て屋のような乱暴なノックがうるさく響く。


「おいっ、ここを開けろ! 聞いているのか! 王子の命令だっ」


 なんと傲慢な取り立て屋か。

 どこぞの悪徳商法だって、扉を開けるまではもっと上手くやる。

 お姉さーん、良いものがありますよー。どうでしょう、おひとついかが? なんて。


 とりあえず適当な理由をつけて追っ払おう。


「聖女ではない私がこの国の第一王子と関わるなんて、恐れ多い……」

「私が許す!」


 あんたが許しても私が嫌なんだ。なぜわからない。鈍い男だな。


「おいっ、開けろと言っているだろう!」


 力が加わったのか扉がミシミシと音を立て始めた気がする。

 しかたなく、ため息を付きながら扉を開けた。


「営業妨害で訴えますよ」

「CLOSEになっているが?」

「なら、安眠妨害で訴えます」


 扉の前に立っていた殿下は、拗ねたように眉間にシワを寄せていた。一応変装のつもりなのか、変な白いローブを身につけている。が、装飾が派手だし、刺繍も細かく、庶民が身に付けるようなものではない。

 歩いているだけで「私はボンボンです」と主張しているようなものだ。

 そんな格好でここまで歩いて来たのかと、頭を抱えたくなった。


「殿下、よく刺されませんでしたね」

「曲者の気配はなかったぞ?」

「……面倒なのでどうぞ、お入りください」


 扉を開けたまま中へうながす。

 後ろには誰もいなかったから、供も付けず一人でやって来たのかとさらに頭を抱えたくなった。


 家の中に足を踏み入れた殿下は、物珍しそうにキョロキョロと視線を飛ばす。はじめて外に出た子犬だな。好奇心にまるくなる目がそっくりだ。


「勝手にものに触らないでくださいね」


 カウンターに置かれていたパンに手を伸ばそうとしていた殿下に釘を刺す。

 ビクリと肩を跳ねさせ、殿下はわざとらしく口笛を吹いて誤魔化した。下手くそすぎる誤魔化し方だ。


「で、なんの用ですか?」


 さっさと本題に入って追い出そう。

 今日はパンをラスクにしたいし。

 茶も出さずに立ったまま問いかけると、殿下はフードを取りながら不満そうに唇を尖らせる。


「おまえが居なくなってから、肩は重いし、よく眠れないし、不調続きだ」

「はぁ」


 そりゃあそうだろう。

 やたら変なのくっつけてくるから、私がいつもそれを引っペがしていた。


 城に行くまで私も知らなかったが、王族というのは恨みのオンパレードだ。

 他国から恨まれることもあれば国民から恨まれることもある。貴族や大臣も腹の中では嫌悪を抱えていたりするから頭の痛い世界だ。直接言う訳ではなく、気づかれないように、こっそりと悪意をうごめかせている。

 精神を病む王族は多いと聞くが、そりゃあそうだと納得の実態だった。


「不調をどうにかして欲しいという依頼ですか?」

「それもそうだが……」


 殿下はちょっとだけ居心地悪そうに肩をすぼめた。


「聖女を連れ戻して来いと、各方面から責め立てられた」


 懺悔するように、殿下はボソボソと口にする。


「あらまぁ」

「おまえが私の話を聞かないから悪い!」

「私は聖女を撤廃すると聞きましたが?」

「聖女の撤廃は取りやめると言っただろう!」

「一度言ったものは取り消せません。責任を持ってください。王子なんですから」


 ニコリと微笑む。笑顔に圧を乗せながら。

 殿下は悔しそうに歯噛みして、小さく肩を落とした。


「……どうすれば、戻ってくる?」


 捨てられた子犬のような顔で見つめてくる。

 澄んだ水のようなおめめがきゅるりんと音を立てて輝いた気がした。


「殿下」


 そっと、殿下の肩に手を置く。

 殿下が期待したように私を見つめた。

 とりあえずパッパッと軽く払い、殿下の背中についていたものを削ぎ落とす。そして、殿下にとびっきりの営業スマイルを向ける。


「残念ですが、帰りません。お引き取りください」


 ぐいぐいと背中を押す。

 嫌がるように足を踏ん張る殿下との力比べになる。


「往生際が悪いですよっ?!」

「それは私のセリフだ! 諦めて城に戻れ!」

「嫌です~! お帰りください~っ!」

「城の何が嫌なんだっ! ここよりも贅沢な暮らしは保証する! 綺麗な部屋だって与えてやる! 何が気に食わないっ?!」


 力比べをしていた手を、パッと離す。

 背中の圧がなくなって、殿下は勢いあまってその場に頭を打ち付けた。


「痛っ!?」

「だから言ったでしょう」

「う、頭が」


 打ち付けた頭を押さえている殿下の視線に合わせるために、床にしゃがみこむ。

 相当痛かったのか、殿下は目に薄ら涙を浮かべていた。宝石みたいに綺麗な目だな。まつ毛も長いし。

 じっと見てくる目は美しいが、それとこれとは話は別だ。


「城の暮らしには飽きたんです。あそこにいても、やることは殿下のお守りくらいですし」

「なっ、私のお守りだと!?」

「自覚ありませんでした?」

「……ない」

「嘘をおっしゃらないでください」

「……」


 視線を先にそらしたのは殿下だった。

 それが答えだと、ポンと殿下の両肩を叩く。


「依頼があればお引き受けしますよ。気分次第で」


 ニコリと笑って、殿下をつまみ出した。

 バタンと扉を閉める。

 深いため息をつく音が聞こえて、やがて足音が遠ざかって行ったから諦めたのだろう。


 くるりと扉に背を向けて、カウンターに置かれているパンの山を見つめる。

 さて、まずはカウンターのパンを片付けよう。

 ラスクを焼いて、気まぐれに店を開けようか。鼻歌を唄いながら、台所でパンを切り分けた。

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