第2話

 これまでの労働対価および拘束料として、国から金をもぎ取った。

 そのお金で小さな一軒家を買った。

 ちょっとボロいけど、レンガ造りの可愛い家だ。家の前に小さく『元聖女の拝み屋』という看板をつけた。


 開店時間は気まぐれ。

 いつ開くかも気まぐれ。

 どうしてかというと、昼間にちょっと開いてみたら大行列ができたのだ。

 さすがに焦った。まだアイテムも作っていないから一人一人相手することになったし、さすがにこんなのでは身が持たない。


 街の人たちからは「聖女様が街に降りてきてくださるなんて……」と、逆に拝まれた。

 貢物もどんどこ置いていく。

 受け取るのを拒絶するとどうしてか「こんなものいらないですよね……」と卑屈になるので、どんなものでもありがたく受け取った。私も物をもらえるのは助かるし。

 さすがに家宝では? というのは拒絶しているけど。そんな客はまれだ。たいてい家で育てた野菜とかをもってくる。今は芋パラダイスだ。


 ちなみに、お城から聖女を撤廃したというお触れは出なかった。おかげで街の人たちは、国が聖女を貸し出してくれているなんて思っているらしい。太っ腹でいい国だと思っているようだが、とんだ勘違いだ。

 看板にちゃんと書いてある。

 『元』聖女だと。




 早朝五時ぴったり。

 『元聖女の拝み屋』は開店した。扉の前にかかっているプレートをOPENに変える。

 リビングスペースに無理やり作った小さなカウンターに頬杖をついて、夜食用のプリンを頬張りながら人が来るのを待つ。


 誰も来ないならそれでもいいが、本当に困っている人というのは、なぜか導かれるようにやって来るのだ。


 パクリとスプーンを咥えたところで、木製の扉がキィッと音を立てて開いた。


 さっそく来たらしい。

 そっと扉を開けたまま、不安そうな顔でキョロキョロと中を見ている。栗色のおさげが可愛らしい女の子だ。年齢は14歳くらいだろうか。私より少しだけ下に見える。


「いらっしゃい。困っているみたいね」


 声をかけると、女の子はビクッと肩を跳ねさせ、こわごわ奥にいる私を見た。


「入ってどうぞ。悩みはわからないけれど、困っていることはわかるもの」


 女の子は小さくうなずいて中に入ると、そっと扉を閉めた。

 そして、おどおどした様子でカウンターに近づいてくる。


「あ、あの、私っ……。最近、いろんなことが上手くいかなくて。夜眠れなくて学校の成績も落ちちゃうし、ぼんやりして花瓶を割ったりとか……」


 悩みを打ち明けながら、女の子はだんだんと瞳に涙の膜を張る。


「誰に相談したらいいのかわからなくて。お母さんは成績落ちてがっかりしちゃってて、それで……」


 懸命に話しながら、抱えていたものが限界を迎えたのかひっくひっくとしゃくり上げ始めた。

 とりあえず落ち着かせるために椅子に座らせる。ちょっとぼろいので女の子が座った瞬間ギィと悲鳴をあげた。その音にすらびっくりしたようで女の子は体をはねさせ震えていた。なかなか重症だ。


「わ、私、どうしたらいいんでしょうか? 聖女様は不思議な力で幸せを授けてくれるって聞いて、それで……!」


 藁にも縋る思いでやって来たということだろう。


「頑張っても上手くいかないときはあるわ。どうしようもないときも。でも大丈夫。私が魔法をかけてあげる。あなたの不安が、全部なくなる魔法」


 大きな瞳に涙を溜めている女の子は、ぐしゃぐしゃになった顔で私を見た。

 安心させるように微笑みかけて、よしよしと頭を撫でる。頭を撫でられたことで最後の砦が壊れてしまったのか、女の子はわんわんと大声を出して泣きはじめてしまった。


 いいけど、鼻水を付けるのだけは止めておくれ。


 私は女の子にちり紙を差し出しながら、女の子の背後を見る。うっすらと人型のモヤがあった。その黒いモヤを追うように、視線を下げていく。


「腕輪」

「え?」

「腕輪、してるでしょう? 大切なもの?」

「あ、友だちに、もらったの……」

「友だち、ねぇ……」


 女の子の服の袖を捲って、右手首を出す。

 銀色のブレスレットが、その手に嵌められていた。どす黒いべったりとした怨念のおまけ付きで。

 なんとまあ、ぐちゃぐちゃで、汚い腕輪だ。


 私は女の子の両肩にポンと両手を置いた。


「残念だけれど、その友だちは友だちじゃないわ」

「えっ。どういうことですか?」

「その友だちは、あなたのことを友だちだなんて思っていないの」


 ニコリと笑顔で告げると、女の子は目を見開いて固まり、やがて唇を震わせた。


「な、なんでそんな酷いことっ……」

「本当は、気づいてるはずよ。本当の友だちなのかなって」


 強ばった顔のまま、女の子は口を閉ざした。

 思い当たる節があったらしい。

 泣きそうな顔で視線をさまよわせて目を伏せた。


「大丈夫。私が本当の友だちと出逢えるようにしてあげるから。だからもう、その友だちと一緒にいるのは辞めなさい」


 言いながら、ブレスレットから伸びているどす黒い影を指で弾き、剝がれたとこをぐしゃりと握り潰す。

 パッと手を離すと、どす黒い怨念の塊は砂のように崩れて消えた。

 最後に女の子の肩をパッパッと手で払う。


「お代は、そうねぇ。私の言ったことが正しかったと思ったら、そのときの気持ちを表すだけの何かを持ってきて。ウチは後払い制なの」


 にこりと笑って女の子を立たせる。

 もう終わり? という顔をする女の子の背中を押して、外に出した。


「気をつけて帰ってね。まだ人は少ないから」

「え、え。ありがとう、ございました……?」


 戸惑った顔をして頭を下げた女の子にヒラヒラと手を振って扉を閉める。カウンターに戻って、残っていたプリンを口に運ぶ。時刻は五時半。店を閉めようと、よっこらせっと腰を上げる。


 扉を開き、左右を見て誰もいないことを確認してから、扉にぶら下げられているプレートをひっくり返す。

 CLOSEのまま、扉を閉めた。



 それから数日後。

 おさげの女の子がお店の扉を叩いた。

 めいっぱいの笑顔と、家で作っている焼きたてパンを両手に抱えて。「聖女様っ、ありがとう!」と、可愛らしい言葉を添えて、カウンターにたくさんの幸福を置いていった。

 どうやら無事に悩み事は解決したようだ。


 女の子が帰ったあと、カウンターを振り返る。こんもりとパンが山になっている。まだ貢物の芋もあるし、こんなに食べきれるだろうか。

 パンは日持ちしにくいしどこかで物々交換してもらおうか。

 それともラスクにして適当に売ってみようか。『聖女の手作りラスク』として売り出せばけっこう売れそうだ。


 パンを見て商魂を爆発させていると、思考を遮るようにドンドンドンとけたたましいノックがした。

 視線だけ扉へと向ける。今はCLOSEになっているはずだ。

 礼儀のある人物ならノックしたりしない。


 どんなはた迷惑な客が来たのかと眉を寄せていると、聞き慣れた声が扉の外から聞こえた。


「おい、ここを開けろ! 私だ!」


 私は体の向きを変えてそっと扉に近づく。

 けたたましいノックはまだ続いている。


「どちら様でしょう?」

「なっ、私がわからないと言うつもりかっ?!」

「さて。存じ上げませんね。私私詐欺でしょうか?」

「ぐぬぬ、この国の第一王子、ライアン・スティアートだ!」


 そう高らかに宣言した声は、紛うことなき聖女撤廃を提案した殿下のものだ。


 私は扉を開けた。子犬のようなちょっと愛らしい顔で扉の前に立っていた殿下に、笑顔を向ける。


「お引き取りください」


 目をまんまるに見開いた王子をほったらかして、バタンと扉を閉めた。

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