追放聖女とポンコツ王子のラブ(?)コメ~元聖女の拝み屋開業中~
塩羽間つづり
第1話
「聖女をなくす?」
なにを言っているのでしょう、このポンコツは。
そんな本音が、表情からこぼれ落ちてしまった。
ひどい顔をしていたのを誤魔化すようにコホンと咳をする。
眉間に寄ってしまっていたシワを、指先で揉んで丁寧に解した。
そして、顔をもどしてから、あらためて正面にいる王子を見た。
お気に入りだというトノの木から作られた立派な椅子に腰かけ、胸の前で腕を組み、威張るように顎をそらしている。なかなか様にはなっている。
長いまつ毛が囲う青い瞳にふわふわくせ毛の金髪。肌は陶器のように滑らかで、まだ発達途上のやや愛らしさも感じる顔立ち。
顔はいいのだけれども、いかんせん頭が残念だ。
そういえば昨日、殿下が水たまりで足を滑らせ、尻に大きな桃を描いていたと小耳に挟んだ。
顔を真っ赤にしてお尻を押さえていたそうだ。
ぷーくすくすと陰で笑われたから羞恥で頭がおかしくなったのだろうか。
「父上と検討した結果、税を使って聖女を城に留める必要はないと判断した」
「はぁ。かまいませんけれど。あなたのオツムは空っぽなのですか?」
「なっ、私を侮辱したなっ?!」
殿下は乱暴に机を叩きつけた。ふくれっ面をしながら睨まれたって、あまり怖くない。
綺麗だけどまだ愛らしさが残っている顔をしているせいか、威圧感が足りないのだ。
私はヤレヤレと首を竦め、そのままわざとらしく首を横に倒す。
「だって、聖女をなくすなんて……。ではあなたは、この世のすべての宗教を根絶やしになさるおつもりですか?」
「なぜそうなる」
「同じような存在だからです」
キッパリと言い切ると、殿下は眉間にシワを寄せたまま、ちょっとだけ不安げに瞳を揺らした。
自分の発言にもう自信がなくなっているらしい。
これが王子だと言うのだから、この国の行く末が心配だ。変な輩に大金を巻き上げられてしまうぞ。詐欺師にイチコロだ。
「そもそも、私は民に勝手に担ぎあげられて聖女になったのをお忘れですか?」
「それは……忘れている訳ではない」
いや、忘れてたな。目が泳いでいるぞ。
「つまり、聖女は民にとって神の化身のようなもの。殿下は神を信じている民に向かって、神なんていないのだと突きつけ、目を覚ませと往復ビンタをなさるのですね」
「……」
「そして、目を覚ました民が、神がいないのなら誰が自分たちを救ってくれるのだと憤慨し、国に自分たちを幸せにしろと訴えかけてきても、お気になさらないと言うのですね?」
「……それは……」
私は大げさに手を組んで、天に祈るように目を閉じた。
「あぁ……民はきっと、聖女を蔑ろにしたから自分たちはこんなに苦しいのだと、そう思うでしょうね。その矛先はどこに向かうんでしょう? 無能な国──王族でしょうか?」
チラリと、片目を開けて王子を見る。
「ぐっ、わかった。聖女の撤廃をやめる」
「いえ、結構です」
「は?」
キッパリ、ハッキリ。右手を突き出して、殿下の言葉を遮る。
「私もちょうど、この城に飽きていたんです」
「はあ? 飽きただと?」
「ええ。聖女は撤廃ということにしてください。それではごきげんよう、殿下。あ、今までの労働対価はキッチリもらっていきますね」
「おい、待て! 私の話をき……」
バタン。
右手を伸ばしていた殿下を置いてとっとと扉を閉めた。
「きゃ~っ! やった、自由よ!」
両手を広げて、その場でくるくると回る。
もしも人がいたなら、跪いてダンスを申し込みたいくらいだ。いや、無理やり手を引っつかんでダンスの海に巻きこんでいたかも。
スキップしながら、城の中をすすんでいく。
「おや、聖女様。なにやら機嫌がよさそうですな」
「あら、大臣。聞いて! 私、聖女をクビになったの!」
「は?」
固まった大臣の手を取って、勝手にくるりと一回転する。
演劇の主役になった気分で歌うように話しながら、大臣の手を勝手に使ってくるくる回った。
「聖女は撤廃するそうよ。あぁ、今日はなんていい日なんでしょう。あ、お金の請求はどこでしたら?」
「あぁ、それでしたら財務管理の者に……て、お待ちくださいっ!」
「財務管理ね。ありがとう。それじゃあ、ごきげんよう!」
パッと手を離して、スカートの裾をつかみ、一礼する。
「お待ちくださいとっ、あぁ、どうなってるんだっ?」
頭を抱える大臣を置いて、私は再びスキップで踊りながらすすんでいく。
城を出たらまずなにをしようか。
たんまり買い物をするのもいい。食べ歩きなんてのもいい。演劇を見て好きな本を自分で買って、噴水の前でのんびりおしゃべりもいい。
長い長い、永遠に続くと思っていた呪縛が解けたのだ。
とにもかくにも、まずは自活することが必要だ。店を開かないと。拝み屋でもしようか。
『元聖女の拝み屋。あなたに幸福授けます』
いける。あんまり働きたくないから看板は小さめにしよう。
「自由快適ライフのはじまりね!」
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