たまにはハロウィンでコスプレを

うたた寝

第1話

 一番好きな行事は? と聞かれて、ハロウィンと答える子供が増えているらしい。このことに彼女は強いジェネレーションギャップを感じた。何せ、彼女が子供の頃などハロウィンという行事はそこまでメジャーなものではなかった。プレゼントの貰えるクリスマス、お年玉の貰えるお正月、この辺りが2強と言った感じで、その後ろ辺りをバレンタインがウロチョロしていたような記憶だ。

 ハロウィンは何月何日? と聞かれて、子供の頃に答えられた自信は無い。トリックオアトリートと言って、お菓子を貰う行事、ということは何となくは知っているが、家族行事として楽しんだ記憶は無い。コンビニやスーパーなどに行っても、今ほどハロウィン商品というものは無かったのではないだろうか? それがいつの間にか一番好きな行事に挙げる子供が居るくらいなのだから、世の中どうなるか分からないものである。

 いや、子供に限った話ではない。テレビなどを見ていても大人たちが集まって大規模な仮想パーティーをしている様子が報道されていることがある。どちらかと言うと、大人たちの方がハマっているのかもしれない。

 大人になるとクリスマスはプレゼントをあげる立場に、お年玉もあげる立場に変わる。立場が変われば楽しみ方も変わる。子供の頃ほどクリスマスやお正月に魅力を感じなくなっても不思議ではない。バレンタインは貰える一部の者が楽しむもの、という側面もあるため、みんなが楽しめる、という意味ではハロウィンが台頭してきているのも何となく分かるというものだ。

 ハロウィンの醍醐味と言えばやはりコスプレなのだろう。トリックオアトリートはどこ行った? と思わんでもないが、昨今仮装パーティーとなりつつあるところを見ると、むしろこのトリックオアトリートの方を知らない方が多数派なのではないかとさえ思えてくる。実際、昨年何人かの仮装した子供とすれ違ったが、『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』と言われた記憶が無い。まぁ、知らない人から物を貰うな、とも教育されているだろうから、それはそれで正しいのかもしれないが。

 ハロウィンが好きか? と問われれば、彼女の率直な答えは別に? である。好きでも嫌いでもない。醍醐味と思われるコスプレにもさほど興味は無いし、お菓子をねだるような歳でも無い。強いて言えば、かぼちゃのスイーツなどが出てきたりするので、そこだけ興味があるか、と言ったところだ。

 子供の頃にハロウィンに触れてこなかった、というのも理由かもしれない。コスプレ、というものが彼女にはあまり馴染みが無い。人がやっているのを見る分にはいいが、自分がやるのはちょっとな、というところ。何故か? 恥ずかしいからだ。

 自分のことを知っている人間が一人も居ない土地であれば思い切ってやってもいいが、知人に見られる可能性がちょっとでもある場合はやりたくない。仲のいい人間にならまだ見られてもいいが、そうでもない人間に見られた時の気まずさが彼女にはある。人の目、というのがやはりちょっと気になる。近隣住民に目撃されたりなんてしたら余計にだ。

 まぁ、ハロウィンの醍醐味がコスプレだとしても、楽しみ方など人それぞれ。一応イベント感くらいは味わいたいので、カボチャのケーキでも買ってきてハロウィン気分を味わおうかと彼女は思っていたのだが、

「何でどうしてこうなった……?」

 大量の衣装が並んでいるお店の中で、彼女はゆっくりと首を傾げた。



 きっかけは友人からのチャット。『ハロウィンだし一緒にコスプレしよぜー!』と着たので、『嫌だ』と返したハズなのだが、問答無用と言わんばかりにその友人が自宅まで押しかけてきて半ば強引に拉致気味に連れて来られたのである。後で被害届を出そうかと思う。

 コスプレ、というくらいなので、どっかのお店でコスプレの衣装を買わされるのかと思っていたのだが、まさか連れて来られたのは貸衣装のお店。コスプレと言われてパッと思いつく職業のものやタイトル程度は知っているアニメの衣装、後はもうオリジナルなのか、元ネタがあるのか、よく分からない衣装たちがズラーっと並べられている。見ている分には壮観なので一着ずつ端からゆっくり見ていきたいくらいだ。着たいとは思わないが衣装は見ているだけで楽しい。何だったら見ている方が楽しい。着たら楽しくない。

 はぁ……、と聞こえよがしにため息を吐いてやるが、ミス・図太いはそんなの一切気にしない。あれも可愛いなぁ~、これも可愛いなぁ~、あ、でも私が一番可愛いなぁ~、と頭のおかしなことをほざいているので、後で精神科にでも連れて行こうかと思う。

 大きいため息ばかり吐いていても、明らかにつまらなそうな顔ばかりしていても、ミス・図太いは何一つ気にしないだろうから、思う存分つまらなそうな顔でため息を吐いてやってもいいのだが、あんまりやり過ぎると店員さんに悪いので、とりあえずは興味あるフリをして衣装を物色していく。

 生地結構しっかりしてるんだなぁ……、と彼女が変なところに感心していると、

「おっ、これ何かいいんじゃない?」

 衣装が決まったのかと思いきや、言い方的に彼女に勧めているらしい。ん? と顔を上げて見てみると、これ何が隠せるの? という衣装を持ってきたので、無言でグーパンチしておいた。衣装を非難するつもりもその衣装を着る人を非難するつもりも無いが、この衣装を着せようとしてくる友人だけは殴っておかなければいけないのである。

「……まぁ確かに、スタイル的に無理か」

 パンチされた理由をイマイチ分かっていなそうだったので、衣装を戻しに行く友人のケツを追加でキックしておいた。



 衣装選びは中々難航した。というのも、衣装の数が多いのである。貸衣装店としては保有している衣装の多さは誇るべきところだろうが、選択肢が多すぎる、というのもそれはそれで困るのである。一つ10秒と考えても、一着ずつ見ていくと1時間を超えそうなので、『定番』と区分分けされているエリアへ移動し、そこで選ぶことにした。

「えー、つまんなーい」

 と友人がぶーぶー言っているが、お前がいつの間にか着ているその小悪魔の衣装もそこそこ定番だと彼女は思う。その視線を感じたのか、友人がふっと笑うと、

「私の場合は何着ても衣装が私の可愛さに負けちゃうからね。一周回ってベタの方が衣装が活きるんだ。ほら、質のいい食材は味付けシンプルにするでしょ? あれと一緒」

 質がいいかは納得できかねるので後でゆっくりと議論を重ねようかと思うが、自己肯定感に悩んで自己啓発本を買う人が多い中で、デフォルトでこれだけ自己肯定感の高い友人のことは見習ってもいいのかもしれない。

「これにしようかな」

 彼女が手に取ったのはアニメのものかオリジナルのものかは判断付かないが(アニメコーナーはアニメコーナーで別途あるので恐らくオリジナル)、学生服をモチーフにした衣装。

 学生服がコスプレにある、というのが何とも不思議でもあり、学生服を着ることがコスプレになる、というのが何とも悲しいところでもあるが、一番無難そうである。後で写真を見返したとして、黒歴史にはなるまい。

「えー、こっちにしよーよ」

 そう言って友人が手に持ったのはフリフリのメイド衣装。さっき露出度99.9%の衣装を持ってきたことを考えると大分マシな提案ではあるが、どうもこういう女の子女の子している衣装はあんまりというところ。彼女が分かりやすく渋っていると、

「じゃあこっち」

 友人がメイド服とは逆の手に持っていた婦警のコスプレを突き出してくる。婦警ねぇ……、と、婦警のコスプレでちょっといかがわしいことを考えてしまったのは、彼女の心が汚れているのが原因か? まぁ、スカートの長さも普通のようだし、コスプレ、ということを考えるのであれば、学生服よりはこっちの方がコスプレっぽいかもしれない。

「じゃあ、それにする」

「やったね」

 要求が通って嬉しそうな友人は婦警のコスプレを彼女へと手渡すと、不採用となったメイド服の方を元あった場所へと戻しに行く。その間、彼女は渡された衣装、もとい、今から自分が着る衣装を見る。

 これを着るのかぁ……、と今更ながら恥ずかしさが溢れ出てくる。何せついさっき自分でいかがわしい想像をしたばかりだ。その衣装を自分で着るってどんな罰ゲームだろうか。メイド服の方が良かったかなぁ、と思わないでもないが、変な話、いかがわしい方に持っていこうと思えばコスプレ全部持っていかれるか、と自分の考え方を訂正することとした。少なくとも、最初に持ってこられた衣装よりはマシ、

「ん?」

 ふと、そういえば心理学の手法か何かで、本来相手に課したい要求よりもあえてハードルの高い要求を言い、それを相手に断らせた後に本来の要求を言う、という手法があったことを彼女は思い出した。一度要求を断っている手前二度続けては断りづらいことと、妥協してもらったと相手に感じさせることで要求が通りやすくなるのだとか。

 もしかして……? と戻ってきた友人の顔を見ると、もんの凄いあくどい笑みを浮かべていたので、恐らくそうだろう。キックしてやろうと思ったが、貸衣装という防具を着ているせいで足が出せない。仕方ないので無言で頬っぺたを抓っておいた。



 衣装も決まり、さぁ今からそれを着て街に繰り出すのか、と言われるとそうではない。

 コスプレして街へ出る、なんてことは、それをしないと地球が滅ぶ、という状況になっても恐らく彼女はしないであろう。

 このお店は1階で貸衣装を扱っており、それを時間や日付単位でいくら、と借りることもできるし、2階に併設されている撮影スタジオで選んだ衣装を着た姿を撮ってもらうこともできる。またはその両方も可能ではあるが、彼女の性格をよく知っている友人が申し込んだのはこの撮影だけのプランである。

 プランを申し込めばメイクなどは無料で行ってもらえるようだったので、本格的な印象と本格的なメイクでちょっと外をプラついてみたかった、というのが友人の本音ではあるが、地球滅亡規模の脅しをしてもやってくれるか分からない彼女を説得するのは無理だと諦めた。一人でプラついてもつまらないし。

 というか、この写真撮影だってそこそこハードル高いのである。なにせ、

「お姉さーん。表情硬いよー」

「………………」

 この通り、彼女は写真が苦手である。卒業アルバムの写真で笑っていなかったのは彼女だけだったと記憶している。何枚か友人も彼女の写真を撮ったことがあるが、こちらが撮る、という姿勢を取ると固まるため、笑顔になっているところにカメラを向ける以外の方法で笑顔を撮れた覚えが無い。が、できた笑顔が消える前に慌ててカメラを構える感じなので、手振れする。彼女の笑顔写真って中々激レアなのである。

 カメラのプロも現在難航しているくらいの難易度だ。素人の友人がいかに苦労して撮影しているかが分かる。だがそこはやはりプロ。軽快なトークで彼女と会話を弾ませ、少しずつ彼女の緊張を解いていく。彼女も彼女でカメラマンに気を遣わせている自覚はあるのだろう。大分カメラマンに協力的である。

「普段私にもそれくらい協力的になってくれると嬉しいんだけどなー」

 最初の2,3枚くらいは一緒に撮っていたのだが、20枚、30枚になった辺りで笑顔の固い彼女だけマンツーマンのレッスンとなり、1枚目から30枚目まで、ほぼ全て満面の笑み+同じ表情が1枚と無いというプロ根性を見せた友人はレッスン免除で彼女の撮影会を眺める運びとなった。

 これだけ撮ってもらってお値段変わらないというのだからお手頃である。まぁもちろん、印刷やデータで送ってもらおうとすると別途掛かるのだが、それもプラン申込時にある既定の枚数を超えた時の話。絶対超えないだろうなと思っていた友人だったが案の定、これだけ撮ってもらっても、いい写真だけ持って帰ろうとしたらさほど迷わず既定の枚数に収まりそうである。

「お姉さーん。そろそろ一緒に取りましょー」

 今度のこの『お姉さーん』は友人のことである。どうやらマンツーマンレッスンで大分表情が柔らかくなってきたらしい。友人はカメラの前へと戻ると、小顔ポーズで彼女へと近付く。が、そこでちょっと違和感を覚えた彼女が、

「……何か近くない?」

 ツーショット写真を撮るのである程度近付く必要があるのは彼女も理解するが、こんな密着するほどに体を近付ける必要があるのだろうか。いや、無い。

「気のせい気のせいー。あ、ほらほら、取るよー」

 絶対に気のせいではないし、自覚もあるのだろうが、友人は話を逸らすようにカメラの方を向けと指示して来る。言いたいことは色々ある彼女だが、しばらく友人を待たせていたのも事実なので、その言葉は飲み込むと、友人の体に寄り添うように、今度は彼女から近付いた。

「およ?」

 拒否られない程度は予想内だった友人だが、協力してくれるのは予想外だったため驚いていると、

「まぁ、写真上くらい仲良くしとくか」

「何か引っかかる言い方したっ!?」

 今日撮ってもらった写真の中で、友人が唯一ツッコミで笑顔を崩している写真の時に、彼女が今日一の笑顔を浮かべていたのは何とも皮肉な話である。





 ハロウィン翌日、彼女の会社はハロウィンの話でもちきりに、というほどでは無かった。一部コスプレをやったメンバーは見て見て~、と自身の写真の見せ合いをしているようだったが、半分くらいはもう意識をクリスマスへと切り替えているらしかった。そもそもハロウィンに参加していない、というメンバーが割合的には多かったように思える。

 ハロウィンでコスプレをしたのは彼女も同様だが、それを見せびらかすつもりなどない。なので彼女は基本見せられる専門。今日一日、彼女は数多の『可愛いねー』と返事が欲しいだけの『見て見て~』に対し、お望み通り『可愛いー』と返すだけの可愛いbotと化していた。botになりきったあまり上司の指示にまで『可愛いー』と行ってしまった時はやや焦ったが、冗談の通じる上司だったので事なきを得た。

 そんなbotになりきった一日を過ごした仕事帰り、自宅の最寄り駅へと着くと、彼女は少し悩んでから自宅とは反対方向にあるお店へと寄ることにした。さほど大きい物でもないので、レジ袋は貰わず、通勤時に使っているバッグの中へとしまい、家へと帰る。

 帰宅後、夕ご飯の準備の前にバッグから買ってきた物を取り出し、テーブルの上に置いていたカタログを開く。

 このカタログは昨日行った貸衣装のお店の物。帰宅早々そんなものを読むなんて、さては昨日でコスプレにハマったか? とかそういう話ではない。用があるのはカタログの内容ではなく、カタログに挟んでいるもの。

 昨日撮影してもらった写真はその場で印刷してもらうか、データで貰えるか選べるのだが、家にプリンターが無い彼女はその場で印刷してもらうことにした。コンビニで印刷というのも考えたが、人目のリスクは犯したくない。それにちょっといい写真で印刷してもらえる、ということだったので、であれば自分で印刷するよりいいな、と判断した。

 クリアファイルか何かに入れてもらえるものかと彼女は思っていたので、カタログに挟んで渡されたのは少し予想外だったが、カタログに写真を直接挟むのではなく、写真は写真で別途保護ケースのようなものに入れられ、それを折れないように、とカタログに挟んでもらっている感じだ。

 折れないように、と言ってはいたが、触ってみて分かったが写真が入っている保護ケース、結構しっかりしている。よっぽど重たい物で押し潰さない限りは折れないだろう、という感じだったので、『折れないよう』は半分くらいは名目で、カタログを持って帰って読んでくれ、というのがもう半分の理由だろう。

 普通のカタログであれば即座に資源ゴミへと出すところだが、今回色々とお世話になったお店のものなので、後で目を通す程度のことはしようと思うが、とりあえずは後回しである。彼女は写真を取り出すと、カタログは閉じ、その写真をついさっき買ってきたものの中へと入れる。そして部屋の中を色々見渡したり実際に置いたりと、色々シミュレーションした後に、一番しっくりときたテレビ台の上へと置くことにした。


 彼女が買ってきた物。それは写真立て。写真を撮ること自体が希薄な彼女にとって、写真を印刷することなどもっと無い。仲間内で写真を撮ったとしても、基本的にはデータの共有で、印刷して手渡し、なんてことはまず無い。今まで必要としたことなど無かったので、今回初めて買った。意外と種類あるんだなー、というのが地味な驚きだった。

 そしてその新品の写真立ての中には、昨日撮影スタジオで写真を選ぶ際、最も驚いた写真が飾られている。

 何故驚いたのか? 別に写ってはいけないものが写っていたわけではない。ただ、ある意味ではそれくらい衝撃的だった。何せ、撮られた覚えの無い写真がその中にはあったのだ。

 パシャパシャと大量に撮って頂いたので、それらの写真を一枚一枚覚えてなどいない。では何故その写真だけ撮られた覚えが無いと断言できたのか。それはこの写真だけ、明らかに二人ともカメラを意識していないからだ。

 恐らく、カメラマンさんが『はい、OKでーす』と言った後、写真をチェックしますので少々お待ちくださいー、とカメラマンさんのチェック待ちになった時間があった。その時、友人と談笑していたところをコッソリ撮られていたのだろう。

 カメラを意識していなかったし、撮られているとも思っていなかったから、二人ともカメラの方を見てはいない。お互いがお互いを見ているから、顔もちゃんと全部カメラの方を向いているわけではない。だが、カメラを意識していなかったからこその、顔全体が写っていなくても楽しそうなことは分かる、普段の何気ない笑顔がそこには写っていた。

 まさか部屋に写真を飾る日が来るとは思っていなかったし、まさかその記念すべき最初の一枚がコスプレ写真になろうとは彼女も思っていなかったが、これはこれでいい思い出だと思うことにした。

 写真に目覚めたわけでもコスプレに目覚めたわけでもないので、この写真が一枚、二枚と増えていくのか、コスプレの写真は増えるのか、それはまだまだ先の話なので分からない。だが、まぁたまにならいいかな、と思える程度には、彼女は今年のハロウィンの仮装を楽しんだようであった。

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たまにはハロウィンでコスプレを うたた寝 @utatanenap

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