15話 アンジャリ

リンコはその日は夜勤だった。

二交代制の三人夜勤。

バタバタした時間は過ぎ、就寝時間になった。


ラウンドに行こうか?

はい。

ひとつ、ひとつ、受け持ちの部屋を回る。

懐中電灯の光は下向きにして、音を立てないようにカーテンを開きベットに近づく。


ふふ、かわいいわね。

子供の寝顔って。

変わりない、あとは点滴の確認。

やだ、点滴チューブが足に絡まってる!

起こさないようにと。


こちらは、うん、ゼーゼー呼吸してないわね。

布団ずり落ちてる。


次の部屋へ。

ここは個室。 

お母さん、疲れ果てて寝てる。

人工呼吸器の作動の確認と吸痰、対位交換。

小さな声で、

ごめんね、起こしちゃうけど、体の向きを変えますね。

この子にこの声が届いているかはわからない。

いや、届いてるわ。信じてるもの。

圧迫されていた背中を摩りながら、リンコは思う。


ラウンドを終えてステーションに戻ろうとした時、あれ?誰かだろう?

ディルームの方向に人影が見えた。


リンコは咄嗟に早歩きでそちらへ向かった。

確かに、ラウンドの時には全員眠っていたはず。


薄暗がりのディルームの窓のところに人影をみつけた。

どうかされましたか?

リンコは声をかけながら近づく。


あっガクホ君。

眠れない?そうよね、9時に寝ろっても

中2のあなたには無理よね。


うん。いつもはね、ベットでタブレット使って勉強したり、音楽聴いたらしてたんだ。

今夜は、ここから観る景色は最期になるかもしれないと思ったんだ。


ああ、明日は整形外科へ変わるんだったわね。

うん、確かに、手術をしたら二、三日はお静かによ。

でもねぇーー!今は、リハビリがすぐに始まるの。寝かせてなんかくれないんだから。

こんな時にはわざとらしいくらいの話をする方がいい。


そうなんだね。

ねぇ、森野さん。お願いがあるんだ。


なんだろー?お金貸してはダメだよ。ふふ。


あのね、もう一度手を出して欲しいんだ。


えっ、、。

アレ以来リンコは忘れようとして来た。

できたら、忘れたい。

でも、これから大きな手術と酷しいリハビリが待っている。化学療法も。

わかったわ。他の看護師にここにいる事を伝えてから戻ってくるから

椅子に掛けて待っててもらえるかしら?


うん。わかった。


リンコはその場を少し離れながも、ガクホが確認できる場所へ移動し、ピッチを鳴らした。

状況を説明すると、今夜は落ち着いているから

ガクホを優先していいと返事をもらえた。


さあ、ガクホ君、OKもらったから。

やろう。


リンコは目を閉じて、手を出した。

ガクホはその手に自分の手を合わせた。







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