プロローグ⑩

 もう一度言おう。俺の中の世界観は一変した。それはあまりにも簡素な世界だった。おびただしい数の書物をもってしても説明しきることのできない複雑怪奇だったはずの世界が一瞬にして紙切れ一枚で説明がつくような世界へと一変した。


 この世界が自分を中心に回っているようだ、などと、どこぞのリア充がほざくと罵倒の矢が飛び交うことだろう。だが実際には本当にそうだったのだ。生きていく中で意識が他人に移ることなく自分の中に留まり続けたことから、否定できる余地はない。


 こんな考えに至らなかったのは、あるいは至ろうとしなかったのは、まだ無知で多くのことを吸収していく幼少期に叩き込まれ、侵されていたからだ。


 俺はたまたまあのような設定の世界で生きただけで、機械のはびこる世界で生きたって、異様な生命体の世界で自分自身も異様な容姿で生きたって何らあり得ないことはない。でもよくよく考えれば、神様のいる死後の世界も実は夢で、俺は夢を見る夢を見ているのかもしれない。さすがにここまで考え出すと切がないので、やめておいた。


 人は3年という寿命を前にして、どんな行動を取るだろうか。旅行、美味珍味、憧れている人、整形など、自分の行きたい場所、味わいたい物、会いたい人、見てみたい新しい自分を、これまでにない体験を求めるものなのだろう。


 だが、俺にはそんな欲求や意思が湧き上がらなかった。


 確かに、自分がどんな生き方をしてどんな死に方をしようとも、この世界では自分自身がそれを許すかどうかなのだ。他人はあくまで環境。この考えさえ徹底すれば、この世界を本当の意味で楽しむことができるかもしれないし、自分の中で何かが変わるのかもしれない。決して神様の言うことを疑っているわけではない。むしろ純粋に信じている。その上で俺にはできないと思った。


 なぜなら、自己中心的であるこの世界を許容できなかったからだ。自分の身勝手な人生のゴールのために周りに迷惑をかけることが堪らなく受け入れがたいのだ。


 こればかりは18年という短い人生で築き上げられた俺の性分であり、催眠をかけられ続けたこれまでの人生の呪縛のようなものでもある。


 俺はごくごく普通の高校生であり、あと3年で大きなことを成し遂げられるほど人間として完成されていないし、何かをしようという気力もない。何か大きな壁にぶち当たっていたわけでもないし、かといって、何の起伏もなく淡々と過ぎていく日常に退屈していたわけでもない。


 よって、俺は3年間の人生で何も成し遂げるつもりはないと自分の中で決意した。これは俺のこれからの人生に対する意思である。


 この生き様は客観的に見れば、不格好で地味で人道に欠けるものなのだろう。だが、この残酷であり、ある意味楽観的なこの世界では、客観的という概念は存在しない。主観的に何もかもを考えればいいだけの世界なのである。


 瀬良さんとおかきさえ無事でいてくれれば、それでいい。

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