プロローグ⑨
「最後に一つだけお聞きしてもいいですか?」
「何だい?」
二度目の人生へ行くドアノブを握ろうとする手を俺はふと止めた。それは気になっていたことを今になって思い出したからだ。
「生きるとは……人生とは何なのでしょうか」
それはこの世界に来て早々に考えていたことだった。ふと神様なら答えを知っているのではないかと思い、反射的に問いかけてしまった。
「大丈夫。君の聞こうとしていることも分かるし、その問いに対する回答もしっかりあるよ」
あまりにも抽象的な質問をしてしまい、色々と考えて言い直そうとしていた俺を窘めながら、神様は俺の質問に答えた。
「人生とは、君自身が見ている大きな夢なんだ」
「ゆ、夢、ですか?」
想定以上に簡潔な答えで俺は理解が追いつかなかった。
「君は毎晩眠ることによって夢を見て、目を覚ますことによって夢から抜け出す。人生も原理は同じ。生を受けることで夢を見て、死をもって夢から脱却する。そして、君が夢を見ている限り、君という存在だけが絶対で君以外のもの全ては漏れなく環境に過ぎない。つまり、君自身が認識して受け入れたもののみによって夢の中の世界は構築される」
俺は少し神様の言葉について黙って考えてしまった。
「あのー、つまり、君の人生というのは、夢だったってことね。それだけでも覚えてもらえればいいよ。後半のは忘れてもらっても構わないよ?」
「いえ。なんとなく理解ができました。ありがとうございます」
神様の説明がちょうど俺に分かりやすく聞こえたのか、俺はすんなりと理解してしまった。そして、俺の中の世界観は一変した。
人生とは言わばゲームのようなものなのだ。それは自分自身が身体機能を停止させた時点、つまり死をもってゲームオーバーとなるゲームだ。
そして、俺がいた世界自体がそのゲームの設定だったのだ。俺自身が人類という部類に分類されていること。その人類は酸素や水などを取り込み細胞や血液などを体の中で動かしながら生きていること。人類は大きく男と女という性に分けられること。人類が集まり、社会という組織を形成していること。その社会には法という秩序が存在すること。その社会が少子高齢化やエネルギー自給率低下などの問題を抱えていること。その全てが人生という名のゲームを進めるための要素に過ぎないのである。
これまでに様々な偉人達が自分達のいるこの世界について研究し、謎を解き明かしてきたとされている。結果、俺達は太陽という膨大な熱と光のエネルギーを持つ恒星の周りを回っている地球という惑星の上にいるのだと分かった。ただそれは伝言によって単に教わった事なのだ。別に俺はこの目で地球が太陽の周りを回っている様子を見たわけではない。NASAの人とかはしっかり確かめているかもしれないが、俺が確かめたわけではない。映像や写真に写った地球も教科書に書かれた事実も嘘偽りなのかもしれない。
つまり、俺は信用しているのだ。完全な確実性のないものを紛れもない真実であると受け入れているのだ。あるいは、そう思い込まされているのかもしれない。
様々な現象について定義をした人や証明した人、もっと広げると歴史上の人物全てが過去の遺物や書類からその存在を明らかにされたのなら、俺はその証拠を目にしたことがないし、目にしたところでそれさえも嘘の可能性がある。これは人物だけに止まらず、恐竜のような昔の生物や大噴火大地震、隕石の衝突など、過去の記録も設定の一部に過ぎないのだ。
そう考えると、身近なものにも当てはまる。総理大臣のような国のトップやスポーツ選手、芸能人もメディアを媒介してしかその存在を認めていない。そういった人達は、実は存在しないのかもしれない。視点を変えると、日本という国は、本当は多額の負債を抱えていないのかもしれない。その前に日本という国が島国なんかではないのかもしれない。そもそも日本という国が存在していないのかもしれない。
もっと身近なもので考えてもそうだ。俺がいつも会って話している友人も俺が見ていないところでは何をしているのか分からない。どこかに拉致されているのかもしれない。別の生命体として姿を変えて生活しているのかもしれない。
要するに、夢の中のこの世界に存在する俺以外の万物は環境として一括りにされてしまうのだ。自然や都市、制度はさることながら、赤の他人や友人、家族までもが、俺が夢を見るに当たってセッティングされたものに過ぎないのだ。
俺が生まれる以前の時間で俺自身は何をしていたのか。そんな不毛な問いには確かな答えがあり、それは、世界そのものが存在していない、だったのだ。そもそも時間という概念さえも俺が夢を見始めてから生まれた概念なのだ。
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