プロローグ⑧
もう何分、いや、何時間泣いていたか分からない。それでもずっと神様は俺の前に立っていた。
「泣くのは勝手だけど、君はお人好しが過ぎる気がするな。今回の事故は誰に非があるという問題ではないんだ」
俺の嗚咽が聞こえなくなったことを見計らってか、神様は声をかけてきた。
「旅自体なくなっていれば良かっただけの話です」
「そういう所だよ。そろそろよろしいかな?話しても」
よろしいはずがない。どうにかなるまで永遠とこうしていたいくらいだ。
「よろしくはないです」
「君の気持ちも分かるけど、だからこそ、これから私が話すことを聞いてほしいんだ。いいかい?君は生き返った方が良い」
神様の言葉を聞いて俺はすっかり忘れていたことに気づいた。でも、今更そんなことをしても……。俺が反論しようとした声は神様の声で遮られた。
「君が考えていることを踏まえても私は生き返った方が良いと思う。確かに君が生き返ったところで前の人生で起こった事実は変わらない。なぜなら、さっき私が報告したことは全て事後報告だからだ。つまり、もう過ぎてしまったことだからだ。人生をやり直すとは言ったものの、実際には今の記憶を残したまま、指定した時間に君を飛ばすのだから、前の世界とは同じに見えても多少の事柄が変わった全く別の世界になるんだ。いわばパラレルワールドというやつだ。でもそれは逆に考えれば、垣本君達の明るい未来を作ることのできる可能性をその世界は秘めているってことになるんだよ。そしてそれは、瀬良さんも例外ではない」
神様のその言葉は確かに俺の背中を強く叩いた気がした。
「君は垣本君達が苦しんだ世界を残しただけで満足なのかい?垣本君、そして、瀬良さんの明るい未来をこの目で見たくはないのかい?」
核心を突く神様の忠告に俺は心を打たれた。そして気づいた。今の俺には新しい事実、新しい未来を作り出すことができるのだと。そのチャンスを俺は棒に振ろうとしている。そんなことは絶対にしてはいけない。
「僕は見たいです。おかきが幸せな人生を送る未来を見たいです。僕は結局死ぬことになりますが、それで瀬良さんの失われた人生も守れるなら厭いません」
俺は神様に対して新たな決意を表明する。
「瀬良さんの人生を守るだなんて、君にしては言うじゃないか」
と、神様にまた腹の立つ顔をされた。だが、自分でも今言った言葉を振り返って死んでいるのに死にたくなった。
「でも、守るというのはあながち間違ってはいない。実は、君と同じ事故で死んだ瀬良さんは君が生き返った先の世界でも君の寿命付近で死亡率が高くなってしまうんだ」
「え……」
「あ、いや、そこまで深刻に考える必要はないよ。瀬良さんは別に病気にかかったりするわけではない。例えば、工事現場の鉄骨が降ってくるみたいなアクシデントに巻き込まれてしまう可能性が高くなるんだ。そしてそれは、瀬良さんを一人で行動させたらの話。つまり、君が死ぬその瞬間に瀬良さんが君以外の誰かと行動を共にしていれば運命は変動して瀬良さんの命の危機を回避することができる」
「そ、そうですか。瀬良さんと誰かを行動させれば、そもそも事故が起こることもないということですね?」
「その通り。だから、そこまで心配することはないよ」
一瞬、心臓が止まりそうなくらいに肝を冷やした。
「じゃあ、改めて聞くよ。100兆人目の死者竹下武則君、君は生き返り、己の人生をやり直しますか?」
「はい。お願いします」
結末は決まった。決意も固まった。あとは生き返って、どう二度目の人生を過ごすかだ。
「では次に、いつまで戻りますか?」
そういえば考えていなかった。俺はしばらく考えた後、高校の入学式の2日前の夜、と答えた。つまり、高校からのスタートである。
「2015年4月7日午後8時くらいでいいかい?」
「はい。大丈夫です」
「よし。そうとなれば早速移動なんだけど」
そう言うと神様は左手に着けていた手袋を脱いで明後日の方向に手のひらをかざしだした。
すると、その方向の先に扉が出現した。その前にちょっと待て。爪は真っ黒なんかい!
「あの扉を開けて中に向かってジャンプすれば、その時間に飛べるよ。せいぜい頑張ってきておくれよ」
神様の指示通り、俺は扉の前に立った。
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