プロローグ⑦

「最後に話すのは、垣本かきもと太陽たいよう君について」

「おかき……」


 神様の次なる事後報告は、俺の親友である通称おかきこと、垣本太陽のことだった。

 体中に悪寒が走った。


「元々あまり友達を持たなかった彼は親友である君を含めた数少ない友人二人を同時に事故で亡くし、悲しみに打ちひしがれた。約10日間トイレと一日一度きりの食事以外に自室から出ようとしなかった。なぜあんなひどい雪で中止させなかったのか。こんな時になぜ自分は熱なんて出していたのか。そんな自責の念が彼を押しつぶした」


 まずい。おかきがそんな精神的な負荷に耐えられるはずがない。ダメだ。ダメだ、おかき。ダメだ。


「もう大丈夫です。これ以上は、もう」

「いや、そうじゃない。彼はしっかり生き続けたんだ。10日間の引きこもり生活の末、彼は何もなかったかのように普段の生活に戻って大学に進学していったんだ」


 俺はただ目を丸くして神様を見つめるだけだった。神様の話はまだ続いた。


「それに、彼は訃報を聞いた直後こそショックで気力を失いかけてはいたが、端からそのつもりでいたようだ。死ぬつもりなんて毛頭なかったのさ。それは君と瀬良さんのためだ。彼は君たち二人から強い影響を受けた。だから彼は君たち二人のことを片時も忘れることはなかった。そして生きることで証明し続けた。瀬良奈緒と竹下武則という二人の偉大な人間がこの世界にいたということを。彼にしか背負うことのできない苦しみを背負ったまま証明し続けたのさ」


 おかきは死んだ俺たちを忘れることはなかった。そして生き続けた。あの、口を開けば「死にたい」とばかり言っていたネガティブな奴が人生を、生きることを諦めなかった。それも俺たちのために。


 馬鹿野郎。瀬良さんはともかく、俺がお前に何をしたって言うんだ。こんな平凡な人間なんて誇りに思う必要なんてないのに。すぐに忘れてしまえばいいのに。


 それなのにお前は苦しみながらも俺たちの分まで必死に生きてくれたのか、おかきよ。俺は望んでいない。おかきが苦しみながら生きる姿を望んでいない。きっとそれは瀬良さんもそうだ。馬鹿野郎。馬鹿野郎。


 だからといっておかきが自殺を選んでも俺はおかきを叱責していただろう。だとしたら、おかきがどんな人生を歩もうとも俺や瀬良さんの望むような人生にはならなかったのかもしれない。


 ダメだ。体の中の糸がプツンと切れ、俺は泣いた。目からは止めどなく涙を流し、号哭した。


 血管のような脈に囲まれ、スポットライトを当てられ、神様の御前で泣いた。


 いくら思いっきり泣いたところで事実が変わるわけではない。だが、悔やんでも悔やみきれない、救いようのない思いが羞恥心と理性を粉砕した。耐えきれなかった。


 あの事故によって様々な人の人生に甚大な影響が及んだ。俺の両親は唯一の子どもを失った。瀬良さんの両親だって大切な娘を一人失った。タクシー運転手のおじいさんは、あの歳にして多額の借金を抱え込んだ。おかきは重い苦しみを背負って大人になることを選んだ。おかきは何一つ悔やむ必要はない。俺が止めていればの話だ。俺が、あの旅がどれほど無謀なことだったかに気づいていれば、こんなことにはならなかった。


 何より、これほどに身近な人たちが苦しんでいるのにもかかわらず、俺はのんびりと夢のような世界を徘徊し、自分の人生を悠然と振り返っていた。


 そして、俺がこんなことをしている裏であんな想像を絶する人生が繰り広げられていることなどつゆほども知らなかったし、予想すらできなかった。それが一番許せない。


 俺には彼らに同情する資格すらない。終わりよければ全てよし、裏を返せば、終わり悪ければ、全てが台無し。俺は多くの人を地獄へ道連れにした疫病神として人生を終えた。最悪だ。何より疫病神の俺よりも道連れとなった人たちの方が遙かに苦しむことになることが最悪だ。


 でも、もう詫びることすらできない。跪いて泣くことしかできない自分が情けなくて腹立たしい。

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