高校1年春
高校1年春①
時刻は午前11時を回っていた。未だにパジャマ姿の俺は昨夜この世界に戻ってきてどれだけ今後について思案を巡らせていたのかを時計を見て実感した。
18歳で死んだ俺は100兆人目の死者として神様によって昨日の夜、すなわち高校の入学式の二日前まで人生をやり直すことになった。
ということにはなっているが正確には、やり直すわけではない。
俺が死んだ人生を仮に前世と呼ぶことにすると、俺は前世で脳に蓄積した記憶や情報を残した状態で過去に戻る。前世の今頃の俺とは状態が異なっているので、俺がこうして過去に飛ばされてきた時点で矛盾が生じて、それを埋め合わせるために別のパラレルワールドを形成する。つまり、俺がやり直した時間から枝分かれするわけではなく、それ以前から枝分かれをして帳尻を合わしているのである。
要するに、俺が飛ばされた人生を今世と呼ぶことにすると、今世における周りの環境はさることながら、過去ですらズレが生じている可能性があるということだ。
これは神様から直々に忠告を受けていることで信憑性は高いのではあるが、念のため確認しておいた方が良いだろう。変化といっても程度がどれほどかも分からない。
そう思い、昨夜に引き続き改めて変化がないか見回してみたものの、未だに変化や違和感は見られない。そのうち、また父に「昨日から何探しとんの?」とか言われそうなので、ほどほどにしておいた。
次に明日の入学式までにしなければならない宿題が残っていないかと確認すると、なぜか高校生活の抱負がテーマの作文だけが残っていた。なぜ一度高校を卒業した奴が今更こんなものを書かなければいけないのか。やっぱ入学式の数日後くらいに飛べば良かっただろうか。
そんなことを思いながらテレビで昼のワイドショーを見たとき、俺はついに変化を発見した。テレビには今大ブレイク中の芸人として全く見覚えのない芸人が出演していた。大ブレイクしたような芸人なら例えすぐにブームが去ったとしてもお笑い好きの俺の記憶にはすり込まれ、そういえばおったな、くらいには思うはずだが、その芸人は本当に記憶にない。このことから前世で売れもしなかった芸人が今世ではブレイクしているという現象が起こっていることが分かる。
ただ俺が今世に飛んできたというだけで無関係な人の人生にまで影響を及ぼしていたということだ。
それによって一つ懸念が生まれたが、それはおいおい確かめることにしよう。
とりあえず神様の忠告は証明された。計画に移ろう。
俺が人生をやり直す目的、それは瀬良さんやおかきを含めた俺以外の人間の不幸を最小限に抑えることだ。
人間というのは他人に対する心配さえもストレスとして蓄積される。だから俺は命が限られているからといって、派手な真似には出ず、行動の規模も最小限に抑え、あくまで平凡な一学生に徹するわけだが、俺の中にはどうすることもできない爆弾がある。それが寿命だ。俺は3年後に突然死する。
友人の突然死を誰が平然と受け入れられようか。俺の死によって多くの人が悲しむと想定することは思い上がりなのかもしれないが、普通、親しい人の死には相応の悲しみがつきまとい、それを完全に無にすることはできないだろう。そこで俺にできることは、その悲しみをできる限り軽減することなのだ。
考えられる策として、前もって俺の死を予告することが挙げられるが、これは苦肉の策である。まず信じてもらえるかが当然の前提となるが、もし信じてもらえたとしても人の死を突然予告されて、その人は一体何ができるだろうか。それはただその人に俺の残酷な未来を押しつけているに過ぎない。これで、その事実が知れ渡ろうものなら俺は周り全員に気を遣われながら、この世を去ることになるだろう。最悪差別に遭うことだってあり得る。それでは人生をやり直した意味が全くない。だからといって何の予告もないと悲しみは軽減されない。
それを踏まえて立てた俺の計画がまず、親にだけ告白することだ。
俺の突然死によって最も迷惑するのは親だ。生活費や学費を完全に賄ってもらっておきながら、それを無駄にする上に3月という忙しい時期に葬儀の準備にも追われるからだ。
そして受験終了直後に、おかきにだけ告白をする。
受験生に余計な思考を上乗せするわけにはいかないし、直前に告白しても対応しきれない可能性があるからだ。
この決断が正しいのかどうかは分からない。今はただ自分のした選択を信じるだけだ。
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