カボチャ売りと喫茶店

 女の子が何時もの場所で何時ものカボチャを売っていると。

 ふと、老人がいたずら顔で呼びかける。


「良いとこ連れて行ってやろうか?」


 女の子はアヒル顔で応える。


「どこー?」

「いいところだよ」


   *

 隣町まで行くと珍しい道路標識があった。

『猫飛び出し注意!』


 女の子も珍しい顔をして

「変なのー」

 珍しいはずだ。世界中に二つとない標識ではないか。

 ここのオーナーはそれを違法設置するだけの権力があった。町議員を代々受け持つ家で、オーナー自身若い頃三十年、満期まで勤め上げたのだ。

 その権力の残響を、猫を守るために使うのだ。

 猫は投票所に行くことなどないのに。


 標識の少し先に、「喫茶店 nei」と看板が置かれている。


 女の子はきょろきょろしながらも、老人よりも一足早くそれを見つけ。

「キッサテン、コーヒーショップね。でも、ねいって変な名前ー」


 老人はちょっとぶっきらぼうになり、

「ここだよ。良いとこってのは。でも、変って……一応おいちゃんの友達の店なんだけどな」


 しかし、変なのはここからだった。看板から進めど進めど、緑の林が広がっているのだ。途中に氏神様と印されたミノタウロスがあったかと思えば、十字架が脈絡もなく建っていたりした。


 女の子は何を言ったらいいのかわからない顔をして、林を進む。

 老人はしたり顔で、

「流石の嬢ちゃんも、言葉が見つからないか」

 次いで破顔して

「あいやー、さすが変態、変態」


 女の子が「道を間違えたんじゃないの」と問いかけようとした正にその時、木造の小屋が見つかった。


 喫茶店だ。


 玄関のベルを鳴らすと、紳士のようなスーツを着た老人が迎えてくれた。紳士は丁寧に礼をして

「ようこそ、カボチャ売りのお嬢さん、それにイワシ爺も」

 女の子が見慣れぬシーンにたじたじな中で、

イワシ爺と呼ばれた老人はにこやか顔で手を伸ばす。


「相変わらずだな変態マスター」

「そちらこそな」


 手をお互いにギュッギュッと痛いくらいに、腕相撲をするように、強く握り合う。

 紳士はゆったりとした表情のままで


「ありがとな、また会えてうれしいよ」


   *



 そのまま玄関が開けられた。

 まず入り口から続くのが、ギャラリーだ。

 ギャラリーは猫の写真で埋められていて。『ありがとう、さようなら、追悼ミーちゃん展』と手書きのパンブレットに書かれていた。

 タンポポと小さなランタンと一緒にいる猫の写真がとても愛らしい。


 ギャラリーの先にようやくイスとテーブルが見えた。

 既に数人の個人客がコーヒーを飲みつつ、まどろんでいる。

 マキの暖炉がパチパチ柔らかい空気を作る。


「ようやっと喫茶店らしくなったわね。どこに連れられるのかと思ったわよ」


 マスターが微笑みながら、


「皆さん、最初はそうおっしゃいます」


 女の子はふむふむとうなずき、次いでお腹に手を当てて


「あー、お腹、空いた。何か食べるのない? ミートソーススパゲティとか」


 マスターは残念そうな顔をして、

「本日のランチはスパイスたっぷりキーマカレーセットになっております。お嬢ちゃんには辛口でまだ早いかな」


 老人は笑いながら

「何で喫茶店で辛口カレーなんだよ。せっかく豆から選んだコーヒーが死んじゃうだろうが!」


 マスターはそれでも丁寧にうなずく。


「素晴らしい東方からのカレーシェフが来たもので」


 女の子はふくれっ面で


「それでいい! お腹ぺこぺこなの!」


「ほんとに?」

「ほんとよ!」


「さようですか。かしこまりました」


 キーマカレーはひき肉と黒に近いスパイスまみれのものだった。

大人の人にとっても美味しいと言ってもらうには若干、辛い。

赤ピーマンやパプリカが彩りとして添えられているのが救いか。


 女の子はもくもくと食べる。

 老人は少し心配気に


「大丈夫か?」

「大丈夫!」


 無理をしているのが、額の汗とゆるりとしたスプーン、涙さえ浮かんでいるから、老人にもマスターにも手に取るようにわかる。


女の子はそれでもスプーンを動かし続ける。


「なにも、ご無理をなさざるとも」


「ううん! 大丈夫! ただ辛いだけじゃないのはわたしにだって分かる!こだわったのよね。わたし、そういうの好き。だから、今だからこそ食べる。しょーじき、まだつらいけど、何事もケイケン、ケイケン」


 女の子はカレーを食べ切り、ヒーヒー言って食後のコーヒーをがぶ飲みし、やがて暖炉の温もりにすやすやした。


   *


 パチパチと爆ぜる火に照った横顔を見ながら、老人は真摯に語りかける。


「な? 楽しい子だろう?」


 マスターは半ばうなずきかけて、首を振り


「いや、楽しいだけじゃないな。辛いこと、苦しいことが一杯あったから、あのカレーを完食できた」


「なんなら、スパイスを女の子用に調整しときゃよかったのに」


「そうか! その手があったか!」


 老人はおいおいと言う顔をしながら


「相変わらず、どこか抜けてるよな。上品ぶっててもそこんとこ変わらないよ」


「ははは、スヤスヤしてるあの子にもカボチャショップを建てる夢があるそうじゃないか。これぐらいの坂道が丁度いい」


「そっか、そんじゃ融資はどーなんだい?」

「そんなカボチャに賭ける、酔狂なお金もってないって」

「なんだ、でっかい土地と名声つぎ込んで、出来たのがこんなヘンテコ喫茶店。まだまだ使いきれてないだろう」


「持っていても、あの子には自分の力で造って欲しいねぇ、カボチャショップ。こう、胸を張れるように!」


「確かになー」


「でも何時か、この喫茶店でこの子が作るカボチャパイとか、カボチャケーキとかみんなで一緒に食べるような日が来るような、来ないような」

「来ないような?」

「いや、来るだろう」

「だろう?」

「うーむ、来るよ。きっと」

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