カボチャ売りとベテランカメラマン

 梅雨の終わり。港町に台風がやって来た。メインストリートの家々は戸を閉じ、平時はお祭り騒ぎの酒場もしぃんとしたものだ。


 ただ、この時に特別に賑わうところがある。

それが海岸の水際。そこには荒波を待っていたサーファー達が集い、一日限りの夢の飛沫に心を躍らせる。

 カメラマンもまた夢想に胸を弾ませながら、豪雨と大波に彩られた海へと向かう。


「最高のサーファーの姿を撮るんだ!」


 威風堂々と鈍色の波へと向かい、それを征しようとする中年。ニヒルな含み笑いと悲壮な決意を秘めた髭面。瞬間の波乗り。最高潮。次の瞬間、波に飲み込まれる。その直前を切り取った一枚。


「ベストショットが撮れた!」


 カメラマンは確信し、夢はどこまでも広がる。あの雑誌のカラーページに、表紙に、往時と同じような誰もが憧れるカメラマンに返り咲く。


 嵐は収まらず、カメラマンは港町の安宿に留められる。焦れったい。妙に重い毛布が、風の音が、止まらない想いが、カメラマンに寝付くことを許さなかった。


   *


 台風一過だ。嘘みたいに晴れた空に、何時もを取り戻した人々の往来。カメラマンはそれに少し退屈したのか、メインストリートから小路へと足を運ぶ。

 そして当然のように観光地化していない、石畳の道々に迷子になる。何時か大きな通りに当たるだろうと思っているうちに、随分とひなびた場所に入ってしまった。少し後悔していると、ふと甘い香りがふわり。

 見るとスイカのような大玉からソフトボールのような小玉まで、カボチャがオンパレードだ。ブラウン、グリーン、オレンジ。そのカボチャのパレードの中心に女の子が一人。白の半そでにインディゴの半ズボン。日焼けした栗色の髪に、手元の本へと一心に集中し、輝く瞳。ゴザに座る女の子とカボチャに向かって、カメラマンは思わずシャッターをパチリ。何だか不思議な気持ちで一杯になる。


「なぁに?」

 女の子がそのままの眩しさで、カメラマンへと目を向ける。

「いや、ちょいと写真を」

 カメラマンは何故か後ろめたくなり、あたふたする。


「じゃあ、撮影料、一枚百円ね!」

 なんて澄ましたポーズで笑う女の子。仕方ないなと思いつつ、どこかワクワクするカメラマンだった。カメラマンはモデル代と一個のカボチャ代とで千円分の銅貨を払い、港町を去った。


   *


 荒波サーファーの一枚は、確かに久しぶりのカラーページを飾ったが、それはカメラマン本人にとって、妙にけばけばしく……派手過ぎるフィルターが透けて見える気分にさせるものだった。


 逆にあの時のあの一枚は、余りに自然でありふれていて、なのに、そのありふれ方が、何というか素敵だった。


 だけどカメラマンはそれを何処にも発表するつもりはない。いや、あの女の子の夢が叶うずっと先の日、そのカボチャショップにさり気なく飾られるように送ろうか。


「ザンネンでした。あたし、センゾクモデルになるつもりはないの。この街にカボチャショップを建てないとね。そんな暇はないのよ。一階はカボチャ売り場で、二階はカボチャ料理屋で」


 飛び切りの笑顔を見せてくれた。その目にしか焼き付けきれない笑みを。


「何時か、おじさんにカボチャアイス、サービスするわね」

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