カボチャ売りと黄色い自動車

 若いロングヘアーのお兄さんが、笑いながら言った。


「良いの、乗せてやるよ」


 お兄さんは三ケ月前からここに通っていて、来る度に小玉カボチャから超大玉カボチャまで、大量に買い続けていた。

 女の子は嬉しいのだけど、何だかカボチャがテキトーに扱われているようで、複雑な気持ちになっていた。でも、そういうのを堪えて、スマイルで商売をしていて。

 なんだかわたしらしくないなぁ、なんて思っていたら、今回の誘いになったのだった。


 砂利道をついていくと、ヒマワリのように真っ黄色のピカピカのおっきな乗り物があった。女の子が初めて見る自動車だった。スクーターならこの町でいつも見ていたけれど、自動車ともなると天空の城のように遠いものだった。


 言われるまま車の中に入ると、むっとする。蒸し暑い。


「直ぐに涼しくしてやるからよ」


 と言うとレバーを操作して、アクセルを踏んで急発進。とんでもないスピードでかっ飛ばす。景色が樹々の風景が、ビュンビュン変わる。でこぼこ道を弾むように走りお尻がかなり痛い。それよりも三角窓から流れるように入って来る風が心地いい。女の子は慌てながら、半ば夢中になり。


「はやい、はやい、はっやーい」


 お兄さんはそれを聞きつつも、意地悪そうにアクセルを全開にし、砂利道をかけていく。


「もっと良いの、見せてやるよ」


 と言ってメインストリートに入っていく。途端に道を自由に行き来していた通行人の群れが、道端に逃げるように駆けだす。少し遅れた子がいると、クラクションをパンパン鳴らして追い出していく。


「なんだか、昔の神様みたいだろう」


 そう言えば女の子の読んだ童話に、大海を割って道を作り、従者を従えて歩く老人のものがあった。それに似ている。だけど違っているのは、街の人たちは笑っていない。煙たげな表情。女の子は堪らず叫ぶ。


「もう、止めて! みんなを困らせてまで、こんなのしたくない!」


 お兄さんは猫に噛まれたかのような驚いた表情をして、心なしかブレーキを踏んでスピードを落とし、メインストリートから逸れて行った。女の子は次の言葉を探そうとして、見つからず、涙目をこらえて、ようやく呟く。


「楽しいけど、楽しくない」


 お兄さんは何も言わず、自動車をゆっくりと動かし、やがて止めた。

 お互いに無言のまま「さようなら」も言わず、別れた。


 それから一ケ月。お兄さんは来なかった。二ヶ月目になろうとするとき、思いっきり髪を切ったお兄さんが、訪ねてきた。

 そして「ごめんな」と言って「ううんダイジョーブ」と返事を聞いて、真剣にカボチャを見比べ、二つだけ買って帰った。

 女の子は「煮付けたりすると美味しいのよ。ありがとね」とお兄さんを見送る。


 お兄さんは時々、忘れたころになるとカボチャ屋を訪れ、会話に花を咲かせるようになった。もう一緒に自動車に乗ることは無かったけれど、二人は友達になっていた。

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