『動物達しか知らない世界』

ある所に、生まれる前の動物達がいました。

集まって来たのではなくて、気が付いたらそこにいたのです。



真っ白で広い空間。

皆、不思議そうに周りを見ていました。

何かがたくさんいますが、ぼんやりしててよく見えませんでした。


突然、前に神様が現れました。

不思議と、それが神様だという事は、皆すぐに理解できました。


「おめでとう。君達は、もうすぐ世界に生まれ落ちる」

神様が語りかけました。

「生まれる?」

「もうすぐって、どういうことですか?」

いつの間にか、皆話せるようになっていました。


「ここは、君達動物が、世界に生まれ落ちる前に、自分のことを学ぶ場所」

「自分のことを。じゃあ、ぼくは一体何ですか」

何かが、神様に質問しました。

「君は、犬だ。君はとても鼻が良い。それに足も速い」

そう言われると、犬くんは急に、クンクンと鼻を動かし、バタバタと近くを走り始めました。

「ぼくは、犬」

犬くんは嬉しそうに呟きました。


自分がどんな動物で、何ができるのか。皆神様に教えてもらいました。

「君は木を登れる」

「君は水の中を早く泳ぐことが出来る」

気が付くとそこには、森も、海も、空も、大地もありました。


神様に教えてもらったことは、皆すぐできるようになりました。

さっきまで話すことも動くこともできなかったのが、嘘のようです。

皆好き勝手に遊び始めました。


足が速い動物達はかけっこを始めたり、体が大きくて力の強い動物達は相撲を始めました。



どれだけの時間が過ぎたでしょうか。ここには”時計”がありません。朝も夜もありません。

とても長い時間を過ごした気もするし、あっという間のようにも感じていました。

皆、それぞれの動物らしくなって、自分のことを誇りに思っていました。

けれど、何か物足りない。動物には、生きているという実感が必要なのです。

早く”世界”に生まれたくて、皆うずうずしていました。


1匹を除いて。


猫ちゃんが、1匹で座っているミミズクくんに声をかけました。

「ミミズクくん。君は飛ばないの?」

「うーん。ぼくは今、君や犬くんみたいに、走り回りたい気分なんだ」

「だけど、君は鳥だよね。上手く走れないでしょう」

「そうなんだよ」


ミミズクくんは、鳥だけれど、あまり空を飛びませんでした。

理由は簡単で、一番最初にここに来た時に、近くにいたのが犬くんだったからです。

以来、ミミズクくんは犬くんと仲良くなり、たくさん一緒に遊びました。

するとどんどん空を飛ぶことが少なくなっていき、いつしか地面を走り回る姿に憧れるようになっていました。


「だから、どうしたらいいのかわからなくて。ずっと考えているんだ」

「そっか。大変だね。だけど、ずっとそこで悩んでいるぐらいなら、取り合えず飛んだら良いじゃない。せっかく君には、立派な翼があるんだから。」

ミミズクくんは「そうだね」と呟きました。


猫ちゃんがどこかへ行った後、ミミズクくんは久しぶりに飛んでみることにしました。

「よいしょ」

バサバサッ。

体が浮きました。

良かった。飛び方を忘れてはいないようでした。


「よいしょ。よいしょ」

バサバサバサッ。

けれど久しぶりで、少しぎこちないです。ゆっくりと上がっていきました。

地上では、いぬくんやねこちゃん達が楽しそうに走っているのが見えました。

「いいなあ」

バサバサバサッ。

「、、、やっぱり、ちょっと怖い」


ミミズクくんは、高く飛ぶと怖くなってしまい、すぐに降りてきてしまうのでした。

「やっぱりぼくは飛ぶより、走る方が良いのかな」

今度は落ち込んでしまいました。


ふと、海の方を見てみると、イルカくんがジャンプしていました。

キラキラ輝く水しぶきとイルカくんの姿に、ミミズクくんの目は釘付けです。

「綺麗だなあ」

次はどうすれば泳げるのかを考えました。


「うーん。うーん」

「どうしたの」

イルカくんが話しかけてくれました。

「君みたいに泳ぐには、どうすれば良いのかと思って」

イルカくんは驚きました。

「どうして空を飛ばないの。ぼくは、翼があったらきっとたくさん空を飛んでいると思うな。君は空が飛べるのに、泳ぎたいだなんて、変わってるね」

「そうかな」

「そうだよ。君はぼくを羨ましいと言うけど、ぼくも君が羨ましいよ。そうだ!それじゃ今度、ぼくには見えない景色を聞かせてくれないか」

「いいよ。どんな景色の話が聞きたいの」

「ぼくは、水から出られない。だから、森を知らないんだ。もし叶うなら、森の景色を、聞かせてくれないか」

「わかった!じゃあ、その代わり今度、ぼくに泳ぎ方を教えてね」

二人は笑いながら、翼とヒレでハイタッチしてお別れしました。


イルカくんに森の景色を教えてあげるため、ミミズクくんは張り切って空を飛び、森に向かいました。

飛び始めてすぐ、あることに気が付きました。

「あれ。怖くない」

ミミズクくんの目は、まっすぐ森を見ていました。

ずっと恐怖を感じていたのは、いつも地上の皆を見ながら飛んでいたからでした。

森に向かってまっすぐ前に進む今のミミズクくんに、怖いものなんてありません。


森に着いたミミズクくんは、その景色に目を奪われました。

初めて見る虫達。大きな木々。色鮮やかな花々。

この感動を忘れないように、1つ1つしっかり目に焼き付けました。


森を飛び回り、新しい発見があれば喜び、立派な枝があれば休憩しました。


満足したミミズクくんは、イルカくんと話をした場所に戻るため、飛び立ちました。


早くイルカくんに森の景色を伝えたいからか、飛ぶことに慣れたからか、帰りはあっという間でした。


近くまで戻ってくると、イルカくんと猫ちゃんが手を振ってくれているのが空から見えました。

2匹で待ってくれていたようです。


ミミズクくんは急いで2匹の所へ行って、森の景色を伝えました。

サァサァと囁く木々や美しい草花の話を。

様々な色や形をした虫達の話を。

とても居心地が良く、選びきれないほど無数にある枝の話を。


イルカくんと猫ちゃんはその1つ1つを、目をキラキラと輝かせながら聞きました。


「ありがとう」

イルカくんは喜びました。

「君は、伝えるのがとても上手だね。ぼく、いつまでも聞いていたくなっちゃったよ」

猫ちゃんも目を丸くして言いました。

「そんなに細かい所まで見れるのも君の才能だね。わたし、いつも走ってるだけだよ」

2匹は見たことのない森の景色を聞いて、とても嬉しそうに笑っていました。

思えば、何かを褒められたのは、ミミズクくんにとって初めてのことでした。

ミミズクくんはこの感動を忘れないように、ノートに書き記しておくことにしました。


それ以来、彼はいつもノートを持ち歩くようになりました。

新しい発見、感動、疑問、その全てを、ノートに書き記していきました。


イルカくんや猫ちゃん以外にも、物知りで面白いという噂を聞きつけて、色んな動物達がミミズクくんの話を聞きに来るようになりました。

ミミズクくんは、いつも相手の動物が聞きたくなるようなお話を選んで、聞かせてあげました。


どこまでも続く静かで青い海の話を。

明るく照らして世界を繋げる空の話を。

たくさんの動物や植物が暮らす森の話を。

出会ってきた素敵な友人たちの話を。


他人を羨み、自分のことを見ようとしなかったミミズクの話を。



それからまた、たくさんの時間が流れました。



ある時、神様が皆を呼び出して言いました。

「皆、そろそろ生まれる頃だ。皆がもう世界に生まれ落ちても大丈夫か、私に見せてくれるかい。この扉を通ったら、君たちは命を宿して誕生する。体は赤ちゃんに戻るから、しばらくは体を思うように動かすことはできないけれど、君達ならきっと頑張れる」


神様の後ろには、大きな扉がありました。

その扉には、青い海が。緑の森が。澄んだ空が、見えていました。

どうやら、皆違う景色が見えてるようです。


皆、ここでお別れだと気付いて寂しくなりましたが、ずっと夢見ていた世界に行ける喜びの方が、強くなっていました。


ワンワン。

犬くんが真っ先に神様の所へ走って行きました。

「見違えるように犬らしくなったね」

神様は嬉しそうに呟きました。

「犬くん。私からの最初で最後の質問だ」


「君は、何になりたい?」

犬くんは驚きました。後ろで聞いている動物達も皆驚いていました。いつも何でも教えてくれる、何でも知っている神様が質問したことに。そして、質問の内容に。


驚きながらも、犬くんは元気に答えました。

「ぼくは、警察官になりたいです。ぼくの鼻で、皆の探し物を探したり、悪いやつを捕まえて、皆を守りたいです」


神様は嬉しそうでした。

「素敵な夢だ。君ならきっとなれる。行きなさい」

犬くんは大喜びで、扉の中へ入っていきました。


「君は、何がしたい?」

「おれは、バナナを作る農家さんになりたいです。おれは木登りが得意で、バナナが大好きだから。そして、そのバナナで皆を喜ばせたいです」

「楽しい夢だね。好きなことをするのは素敵なことだ。行きなさい」

猿くんも入っていきました。


皆、自分の得意なことや好きなことを活かした夢を持っていました。


「消防士」

「看護師さん」

「本屋さん」

神様が褒めてくれるから、皆どんどん夢を答えていきました。


1匹を除いて。


イルカくんと猫ちゃんは、ミミズクくんが立ち止まっていることに気付きました。

2匹は知っていたからです。

彼がずっと、早く走ることや、海を泳ぐことに憧れていたことを。

彼が何と答えるのか。或いは答えられないのか。2匹は心配そうに見つめていました。


皆答えていなくなり、ついに、ミミズクくんとイルカくんと猫ちゃんの3匹だけとなっていました。


ミミズクくんがまだ考えているのを見て、イルカくんと猫ちゃんは先に神様からの質問に答えます。けれど、扉は通らずに、扉の前でミミズクくんを待つことにしました。


神様が、立ち止まっているミミズクくんの前に行きました。



「ミミズクくん。君の夢は何だい」



ミミズクくんは、しばらく黙った後に、顔を上げて答えました。

「ぼくは、ずっと皆のことを羨ましく思っていました。速く走れる足を。水の中を速く泳げるヒレを。ぼくには無かったから。だけど、ぼくには翼がありました。空を飛んで違う所へ行くと、色んな発見や感動があって、それを皆に伝えたら、皆がぼくの話を笑って聞いてくれたんです。その時、気付きました。ぼくにとって、一番嬉しいことは、速く走れるようになることや、海を泳げるようになることじゃなくて、皆が喜んでくれることでした」

ミミズクくんは、イルカくんと猫ちゃん、そして今までの冒険を記したノートを見て、自信を持って答えました。

「ぼくは、空が飛びたいです」


神様は、微笑みました。

「ミミズクくん。最初に言ったことを覚えているかい。君は、知恵の象徴だ。色んな事に興味を持つことができる。そして君は、それを皆に伝えることができる。空を飛びたい。君らしい素敵な夢だね」

神様が扉への道を開けて、言いました。

「行きなさい。君なら、きっと大丈夫!君達は、何にだってなれるんだ」



扉の前に立ったミミズクくんは、最後に振り返り、別れの言葉を告げた。

「行ってきます」



この日世界に誕生したミミズクは、”R.B.ブッコロー”という名が与えられ、今日もカメラを通して、世界中の人を楽しませている。

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動物達しか知らない世界 とらさん @toranokimi

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