第69話 リクルート

 聖闘祭が終わってはや数日。クザさんの言っていたようにモテモテの日々が到来した。……という訳でもなかった。

 たしかにギルドに顔を出した初日こそは今まで話したこともないような面々に言い寄られたりしたこともあったものの、それも三日程度で鳴りを潜め、今ではすっかり普段どおりの“しがない冒険者の日常”へと回帰していったのである。

 ……はずだった。


「――で、なんでキミがここにいるんだ……」

「んー? それは私が“冒険者”だからに決まってるでしょう?」


 俺やアンナ、エミリィさんが囲むテーブルに、さも当然とばかりに同席している青紫色の髪の少女は、頬杖を突いてニヤニヤしながら見つめてくる。

 彼女はリンファ・メイル。あらゆる武器の召喚魔法を得意とする七変化の武道家にして、第二十一回聖闘祭優勝者だ。元は流れの賞金稼ぎだと聞いていたが、いつの間にかエルスニア・ギルド所属の冒険者に転職していたらしい。

 アルルの街で一躍有名人となった彼女が突如としてギルドに現れるや否や、周囲が騒然としたのは言うまでもない。


「……」


 普段は賑やかな酒場に変な緊張感が訪れていた。

 決勝戦で死闘を演じた相手であり、閉会式において大観衆の前で堂々と唇を奪った男のパーティの卓に、我が物顔で居座っているリンファの異常な動向を、周囲の同僚たちは戦戦恐恐と伺っているのだ。


「ふふ、なに固くなってるの。もしかして三人とも人見知りなのかしら? カズキとそこの……アンナ、だっけ? 二人は別に知らない仲ってわけじゃないでしょう」

「まぁ、たしかに。初対面ではないけど……」


 アンナは珍しく強張った様子で口籠りながら返事をする。

 それもそのはず。第一試合のとき、フルールを甚振るの妨害したアンナに対し、リンファは殺意の片鱗を見せていた。互いの第一印象は最悪といっても過言ではない。にも関わらず、しれっとフレンドリーに接しようとするのはあまりに大胆不敵だ。

 そして、リンファの面白がっている表情からして、どうやら承知の上でやっているようである。


「――それで? リンファさん。私たちに何か御用でしょうか?」


 なかなか話を切り出さない彼女に対して痺れを切らしたエミリィさんは、単刀直入に要件を聞き出す。


「うん、あるわよ。用。もちろんメイドさんにもね」

「エミリィです」

「早い話、私をあなた達のパーティに入れてもらえないかしら?」

「あー、そういうこと。……って、はあ!?」


 突然の提案に俺は思わず声を上げてしまう。アンナとエミリィさんも同様に驚愕するのはもちろん、周囲もざわざわとどよめていた。


「ちょ、待ってくれ。よりにもよってなんで俺たちのパーティに!?」

「――ダメ?」

「い、いや……ダメっつうかなんつうか……」


 挑発的に上目遣いしながら甘い声を出す彼女にドキッとさせられるも、どうにか平静を保つよう努める。


「『色々あって気まずい』というのはあるけれど、それはこの際置いておく。とにかく、どうして俺たちのパーティに入りたいのか、その理由を聞きたい。キミぐらいの実力者なら引く手数多だろ? なにも俺たちみたいなCランク冒険者の集まりを選ぶ必要なんて無いだろ」

「……そうねぇ」


 リンファは少し考え込んでから答えた。


「それは私がカズキ・マキシマ個人の実力を買っているからよ。冒険者ランクだかなんだか知らないけど。そんな他人が付けた評価より、私自身が実際に戦い、見たものを“私は信用する”。そしてカズキと組んでいるアンナとエミリィも相応のメンバーのはず。そんな素敵なパーティなら、入りたいと思うのも当然でしょ?」

「ふむ。一応筋は通っていますね」


 リンファの説明にエミリィさんは、存外感心した様子で頷く……が。


「しかし、この話には“貴女自身の能力”が度外視されています。リンファさんの試合での様子を見るに、人格面に問題があるように見受けられました。そんな貴女にパーティ単位での連携が取れるような協調性があるかどうかは些か疑問ではありますよね」


 翻って険しい指摘をするエミリィに対し、リンファは参ったとばかりに言う。


「……結構痛いとこ突くじゃない。その点に関しては信用し難いというのは事実。認めるわ。けど、“実際に組んでやってみないと分からない”んじゃないの?」

「いんや。エミリィさんの言う通り、リンファはパーティプレイを満足にこなせるようなタイプには思えない。いくら個人の力が優れているからといって、土壇場で独断専行して他のメンバーをみだりに危険に晒すような人と組むのはやっぱり怖いよ。俺はお断りするべきだと思う」


 武人としての強さと冒険者としての適性の高さはまた別の話だ。それに冒険者は協調性はもちろん、モンスターが狩り場に現れるまで何日も粘り続ける忍耐強さ、そしてそうやって忍耐強く待ち侘びたチャンスを状況次第であっさり捨てられる諦めの良さと引き際を弁える物分りの良さなど。戦う力とは違った能力が求められる。

 俺の意見を聞いたリンファが返答する前に、アンナが口を開いた。


「……うーん、私はリンファさんをパーティに迎えてみても良いと思うなぁ」

「え?」


 アンナの思わぬ意見に俺は目を丸くする。それに対し、エミリィさんは何事もなく続けた。


「実は私もそう思っています。リンファさんの協調性の有無が不安材料なのはたしかですが、彼女の言うように、実際にやってみないことには分かりません。なによりリンファさんの様々な武具を使いこなす戦闘スタイルは、あらゆる局面にあわせて臨機応変に対応できそうなのが大変魅力的です」

 「む、むう……」


 どうやら二人はリンファをパーティに迎えることに肯定的なようだが、果たしてそれで本当に良いのだろうか?

 そうやって俺が考えあぐねていると、アンナが提案を出した。


「じゃあさ。とりあえずこの四人でなにかクエストを受けてみて、それで決めるってのはどう?」

「良いと思います」

「異論は無いわ」


 女性陣の意見が合致し、三人の視線が一斉にこちらに向く。俺は観念したように言う。


「……分かった。それで行こう」



「――と、言うわけで。クエストに行って帰ってきたわけだが……」

「合格。ですね」

「うん! 問題ないどころか、すごく頼りになるよ!」

「ふふ、そうでしょう? 私に苦手なことなんて無いんだから」


 アンナの惜しみない称賛に、リンファは誇らしげに微笑する。

 俺たちが受けてきたのは『リザードマンの群れの討伐』。『断崖の森』と呼ばれる、リースの森の外れにある深い渓谷を挟んだ森林地帯にて、人型のトカゲの魔物『リザードマン』が集結し群れを形成しようとているので、それらを掃討して欲しい。という依頼だった。

 結果は上々。リンファも自分が思っていたよりスタンドプレーに走らず、パーティ一丸となってクエストの目標を達成することに専念してくれた。


「リンファさんが予想以上に連携が巧くて、正直驚いてすらいます」

「ありがとう。エミリィ」

「それに、実は皆様には内緒でリンファさんを試すためのトラップをこっそり忍ばせて頂いたのですが。それに引っ掛かることもありませんでした。……むしろ、カズキさんが危うく踏みそうになっていましたが」

「えっ」


 呆れ気味のエミリィさんの一言にドキッとする。するとリンファはこれみよがしにニヤァ、と口角を尖らせてこちらを見た。


「……へぇー? 私に『パーティプレイを満足にこなせるようなタイプじゃない』って言いきったのに……ネェ?」

「ぐっ!?」

「『こんな人と組むのはやっぱり怖いよ』とかも言ってたわよねぇ?」

「う……悪かったよ。ごめん……」


 リンファの足元を見るような物言いに悔しさがこみ上げるが、今回に関しては完璧に自分に落ち度がある。誠心誠意を持って頭を下げるしかなかった。


「あはっ! 分かってくれたのなら良いの。もう気にしてないから♪」


 俺は恐る恐る顔を上げる。すると彼女は、ゾクゾクと愉悦の表情で見下ろしていたのだ。頭を下げる自分の惨めな姿を――


(今改めて理解した……。コイツ……“ドS”だ……ッ)


 ……そう、彼女は生粋のS(サド)だ。聖闘祭での振る舞いの数々を思い返してみれば、当然の帰結であった。

 さらに言えば、彼女は俺の目の前で泣いてしまう無様を晒している。プライドの高いサディストが人に弱みを見せるなど、耐え難い屈辱のはず。もしかしたら彼女が俺に近づいたのは、長いスパンをかけて俺にカリを返すためだったのかもしれない……!


(うう……とんでもないヤツと関わり合いになってしまった……!)

(なんと言いますか……)

(変わった人だな~)

(ふふ……♥)


 三者三様、各々に感想を抱くなか、仕切り直しとばかりにエミリィさんが疑問を投げかけた。


「――ところでリンファさん。カズキさんの実力を見込んでパーティを組みたい、と言っていましたが。何もパーティで活動する理由は無いのでは? 今までは賞金稼ぎとして一人で生活していたのですから、『ソロ』でやっていくという選択肢もあったはずです」


 ソロとは読んで字の如く、パーティを組まず一人で活動する冒険者のことだ。一人である分当然リスクも高く、パーティでの参加条件を満たせない等、ある程度制約があるものの、クエスト報酬や素材を総取りできるというメリットもあるため、意外にもソロの道を選ぶ者は多い。

 エミリィさんの問いにリンファは少し考える素振りを見せたあと、すぐに返答する。


「お一人様を選ばなかったのは、私のこの“戦闘スタイル”に起因するのよ」

「戦闘スタイル……ですか?」

「私は今まで賞金稼ぎをしていたから必然的に“人間”が仮想的だったの。だから火力も人間を倒せるだけあれば十分だった。……けど冒険者となると勝手が違ってくる。リザードマンとか、あの程度であればまだ私の武器攻撃は効果的だけれど、もっと上位の、例えば竜種とか甲獣種(こうじゅうしゅ)とか、格上になっていくほど通用しなくなっていく。火力が武器に依存していて頭打ちになるから“伸びしろが無い”のよ」


 リンファの先のビジョンを見据えた考えに、エミリィさんは納得したように頷く。


「……なるほど。将来的に訪れるであろう打点不足を他のパーティメンバーに補ってもらうために、というわけですか」

「そういうこと。例えば、カズキのエンチャント剣撃の貫突力の高さは、私では逆立ちしても出せないもの」

「でもリンファにはリヴァイアス召喚があるじゃないか」

「リヴァイアスの攻撃力はたしかに抜群だけれど、消費魔力の高さのわりに継戦力がまるで無いのよ。あんなコスパ劣悪なもの、いちいち使ってらんないわ。長ったらしい詠唱もめんどくさいし」


 たしかに召喚魔法は詠唱に時間が掛かるのは難点だ。それに狭いダンジョン内では使えないなど、使い勝手の悪さも目立ってくるのかもしれない。


「ま、単に“エースになれない”というだけで、火力支援でも何でも手広くこなせるんだけれどね。ようするに『器用貧乏』ってコト」


 彼女が発した“ある単語”を聞き取った瞬間、俺と約一名の耳がピクリと動く。


「――もしかして」

「――今」

「「“器用貧乏”って言った!?」」

「え、えぇ……」


 突然息の合った様子で詰め寄ってくる俺たち二人を見て、彼女は若干引き気味である。だがそんなのお構いなしに続けた。


「ふっふっふ。何を隠そう、このパーティのスローガンは『器用貧乏職を器用万能職へ』なの!」

「器用万能??」

「俺は魔法戦士で、アンナはモンク。俺たちのクラスは器用貧乏だなんだと罵られてきたんだ。だから器用貧乏職だけで活躍して見返し、世界中に器用貧乏職の素晴らしさを認めさせる!」

「そして、ゆくゆくは器用貧乏のイメージを器用万能へと昇華させるのが、私たちの目標なのだッ!」

「へ、へぇ……、そうなんだ……」

「ちなみに、私はそんなアンナ様たちの夢を応援させて頂く者です」


 俺とアンナが熱弁を振るうなか、エミリィさんが恭しく言う。


「というわけで、これからもよろしくなリンファ! 器用貧乏……いや、器用万能仲間として!」

「ねぇカズキ! 久しぶりに“アレ”やろうよ!」

「お、いいねぇ! やっとこうやっとこう!」

「「器用万能サイコー! 器用万能バンザーイ!!」」


 そうやって俺とアンナは「イェーイ!」とハイタッチをかわし、酒と肉を怒涛の勢いで注文して歓迎の宴の準備を進めるのであった――


(――入るパーティ、間違えたかな)

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