第68話 後夜祭・後編

「ったく、いつまで落ち込んでんだよ。オメェは」


 浮かない顔をするカズキに、クザは呆れ気味に声を掛けた。


「落ち込んでなんかないです……はぁ」

「いや無理あるだろ。ため息まで出てるじゃねぇか」


 クザのツッコミに、カズキは観念したように話す。


「俺、今までモテたこと無かったんすよ。女の子との付き合いもあまりなかったし」

「今美少女と美女と同居してるけどなテメェコノヤロー」

「だから、あんなキレイな子にあんな風に積極的になられたら、誰だって満更でもなくなるじゃないですか」

「それはまぁな。俺だってお前を焚きつけちまったし」

「なのに。『なんとも思ってないから』って、正面からキッパリ言われたら結構クるものがあるっていうか。別に下心があって彼女に関わろうとした訳じゃないですけど、それでも期待しちゃったのは事実で……」

「カズキの言いたいことはよく分かる。けどな、あんなクソ女のことはもう忘れちまえ。なにせ、お前は聖闘祭準優勝者だ。その名声は伊達じゃねぇ。これからは否が応でもモテモテになるはずなんだからよ。沢山居る中から、よりどりみどりすりゃあいいじゃねぇか。一人でも二人でもな。ホラ、こんな風に」


 そう言ってクザは、テーブルの上の山盛りの骨付き肉の中から両手で一本ずつ掴み取ってみせた。


「クザさん。なんかヤラしいっす」

「お前は繊細過ぎるんだよ。男はもっとシンプルでいいんだ。肉は美味い! 美味いからいっぱい食う! これぞ真理。これで十分よ」

「そんなんだからエミリィさんに振り向いて貰えないんじゃ……」

「な、なんだとお!? お前なぁ! エミリィさんと同じ屋根の下で寝食してるからっていい気になるな!」

「ぐうわっ!? 痛い! 痛いですって!!」


 そんなこんなで男二人で組んず解れつしているところへ、見慣れた面々が集まった。


「――なにやってるんだ?」

「ええと……クザさん?」

「クレアン様にエミリィさん! いや~、これはだなっ」

「……助けてくださいー。クザさんがケダモノですー」

「誤解を招くようなこと言うんじゃねぇ!?」


 二人のコミカルなやり取りに、一同に笑いが巻き起こる。


「カズキ、ほら元気だして。向こうの席にあった料理持ってきたんだ。食べる?」

「あ、アンナぁ……!」


 聖母のごとき笑みを浮かべる彼女に、カズキは涙を滲ませながら手渡された鶏肉のステーキをひと齧りすると、満足そうに顔をほころばせる。


「――うん、美味いよ! アンナはやっぱり優しいなあ!」

「えへへ」


 ほんわかと微笑む二人だったが、直後カズキは後方から来る凄まじい威圧感プレッシャーに受ける。


「――カズキさん? 傷心に漬け込まれたからといって、“ダメ”ですよ?」

「ヒッ!」

「どおどお! エミリィさん、大丈夫ですよ。カズキはそんな好色漢じゃないっすから!」

「ああ、クザの言うとおりだ。……あ、そうそう。鶏肉のステーキといえば、その料理を作ったシェフの店に今度行くことになったんだが、よかったら一緒にどうだ?」

「まあ、本当ですか? クレアン様」


 クレアンはこれみよがしに、普段社交界で活用している王子様フェイスを使ってエミリィを食事の約束に誘う。もちろん、これをクザが看過できるはずもなく断固阻止に入った。


「気をつけて下さいエミリィさん。コイツは好色漢です。どう考えても下心ありますよ」

「あ!? そ、そんなわけないだろ!」

「そうですよ? クザさん。私はクレアン様を子供の頃より知っています。そのような破廉恥な方ではありせんよ」


「いーや、案外わかりませんよぉ? こういう優男は、イイ面ぶった裏でどれだけ女食ってるか知れませんからねェ!」

「貴様ァ! 僕を愚弄する気か!?」

「そんなつもりないっすよ? 俺は一般論を述べてるだけっすからね!」

「というか、貴様が言えた義理か!? このケダモノ!」

「はぁ!? 誰がケダモノですか!?」

「――お二方。いい加減にしてください」


 ヒートアップする二人の喧嘩に辟易としたエミリィは、静かな一喝を炸裂させる。


「うっ!?」

「す、すいません……」


 あまりの迫力に二人はシュンとなり、大人しくなる。


「全く、今日はお二人とも喧嘩してばかりではありませんか。……あ、そうです! その件の店にお二人で食事に行ってみてはどうでしょう?」

「え」

「ええ、それがいいです。クザさんもクレアン様も、親交を深めればきっと仲良くなれますわ」

「い、いや、さすがに野郎二人はちょっと」

「ね?」

「ア、ハイ……」


 微笑みながら圧をかけるエミリィに、クザとクレアンは首を縦に振るしかなかった。成り行きを見ていたアンナは「いいと思うよ!」と無邪気に言うが、カズキとモルモネは二人に同情するかのように苦笑いするのであった。


「クザさん……強く生きてください」

「はは……、愉快な連中だねぇ」

「……そういえばモネさん。ムッシュさんはどうしたんですか? さっきから見かけませんけど」


 カズキは通路で分かれたきり姿を見せていない老人の姿を探す。


「ああ、アイツな。閉会式も見ずにすぐ帰っていったよ」

「え、そうなんですか」

「なんでも、『カズキくんに会わせる顔が無いからの』、だとか言ってたね。なんかあったのかい?」

「それは、まぁ。詳しくは話せませんが……」


 カズキは通路で交わしたやり取りを想起する。

 ムッシュがトトカルチョで儲ける為カズキにイカサマを仕込んだのは、彼にとって真剣勝負に水を差されたようなものだった。なにより、間接的にリンファが積み上げてきたものを冒涜したのも事実である。


「――でも、俺のこと最初からずっと応援してくれたあの人に。最後に一言お礼を言いたかったな」


 カズキは惜しむように夜の帳を見つめる。何はともあれ、それが彼の“本音”であった。


「……大丈夫さね。そのうち機会は訪れるよ」

「え?」

「多分。だけどね」

 

 モルモネの意味深な物言いに、カズキはただ首を傾げるしかなかった――



「おい、どこ行く? まだ閉会式が終わってないさね」

「ん? ああ、モネちゃんかい。トトカルチョの勝敗が決まった以上、もうここに居る意味もないのでな。それに、カズキくんに会わせる顔も無いしの」

「……なぁ、“いつまで続ける気”だ? 大丈夫。ここには誰も居やしないよ」

「ほっほっほ。――さすがにキミにはバレてたか」

「おいおい、なにも“姿”まで元に戻らなくてもいいのによ。“お前さんにお似合い”だと思うんだけどね」

「はは、冗談よしてくれよ。……それで? いつから気付いてたのかな?」

「ばーか。最初からに決まってるさね。お前さんもよく知ってるだろ? 『エルフは魂の声を聞く』。お前さんの語る言葉は、ところどころ食い違いってたのさ」

「えー、ひどいなー。人を嘘つき呼ばわりだなんて。ケッコー本心で話してたつもりなんだけどなァ」

「いや、今のも嘘だろ。つっても、半分ぐらいってとこかい? 紡がれる言の葉は尽く、遠からず近からず、あながち嘘ではない。全く……エルフですら真意を掴みかねるだなんて、相変わらず食えない男だね。アンタは」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「いーッ! 中身のない事笑顔で言うなや! 美形の無駄使いやめろ!」

「ははは。……でもね。カズキくんに会わせる顔が無い、ってのは本当だから」

「……まぁ、そうだろうね。今回の聖闘祭の一件も。お前さんのカズキに対する“罪滅ぼし”だった訳だからな」

「うん。その為にキミやライアン君に頼み込んで、カズキくんが聖闘祭に参加すよう仕向けたんだからね。もちろん、カズキくんが“参戦に値するだけの実力がある”と認めた上でだ。事実、彼はすごくいい結果を残した」

「そこまではいいんだがなぁ。流石にイカサマはやり過ぎだよ」

「おや、そこまで気付いてたんだね」

「当たり前さね。なんの変哲もない金貨に、感知不能かつ任意のタイミングで所有者に魔力を即時供給できる仕込みをするなんて芸当が出来るのは、このエルスニアではアタシかお前さんぐらいさ」

「とはいえ、試みは大失敗だったよ。――僕は愚かだった。まさか彼が名誉に満ちた勝利よりも、親しくもない他人の尊厳を守ることを優先するなんてね。カズキくんがあそこまで高潔だと見抜けなった僕の落ち度さ」

「まぁ、そんなしょげることないさね。結果論だが、おかげで一人の女の子が救われた。それにアイツはアイツで、なんだかんだ自分の出した結果に満足してるはずさ」

「――あの『リースの森の事件』は、カズキくん、アンナちゃん、エミリィちゃんの三人を派遣させたという、“僕の采配”によって結果的に被害は最小限抑えられた。だが、唯一の被害……カズキくんだけを犠牲にさせてしまった。キミにも面倒をかけてしまったね」

「気にすることはないさね。元はと言えば、あの禁忌魔法はアタシが教えちまったものだしな。責任はアタシにもあるよ」

「だから、せめてもの罪滅ぼしとして、第二十一回聖闘祭優勝をプレゼントしたかったんだけどね。ついでにお金も稼ぎたかったし」

「……お前、そういうところだぞ? まぁでも、さっきも言ったように、カズキは聖闘祭での結果に満足してるはずさ。それにアイツにとっても得られたものは多い。お前さんのしたことはそんなに悪い結果を産んだわけじゃないさね」

「そうだといいんだけどね。……おっと、そろそろ戻らなくちゃ。実は今日、不在連絡するの忘れてたんだよね。あはは」


「おいおい……。アンタ、それでもギルドマスターかい」

「一応、そのつもりなんだけどねー。それじゃあね。“モルモネさん”」


 ――これは誰にも語られることのない。あるエルフの追憶である。

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