第67話 後夜祭・中編
「申し訳ございません、クレアン様。よもやあのような醜態を晒してしまうとは……」
ボナハルト騎士団所属騎士であり、聖闘祭選手でもあったボウガン使いのジャッキン・ボクス。彼は上司であるクレアンに平謝りしていた。
それもそのはず、彼はエルスニア一の狙撃手としての卓越した射撃の腕によって、一回戦を完封勝利で突破という大金星を上げたものの、二回戦においてはリーの旋風脚を使った不意打ちによって逆に瞬殺されてしまったのである。
「気にすることはない。それに、あの疾風脚はシンハン寺院総師範代にして『風の達人』と謳われたほどの男の秘技だ。むしろそれを引き出さざるを得ないと判断させるほど、貴様の実力が評価されたということでもある」
「そう言っていただけると恐縮ですが……、やはり負けは負け。ボナハルト騎士団の名に泥を塗ったのも事実。このジャッキン・ボクス、此度の結果を真摯に受け止め、肝に銘じさせて頂きます」
ジャッキンはそう言って礼儀正しく一礼する。クレアンはフッと笑うと、彼の肩に手を置いた。
「お前のそういうストイックなところ、結構好きだぞ。だが、あまり力み過ぎるなよ? 肩が凝るぞ」
「ありがとうございます。……ところで、クレアン様」
「ん?」
「あのカズキとかいう青年、一体何者なのでしょうか? 何故しがない冒険者である彼がライアン様の代役など……」
ジャッキンの疑問に対し、クレアンはリースの森の一件の経緯を説明した。彼の話を聞いていくうち、ジャッキンの表情が驚きのそれに変わっていく。
「なんと……そのようなことが……。しかし、冒険者たちはあくまでライアン様を助力したと聞き及んでいますが、実態はむしろその逆で、ライアン様がサポートに回っていたというのですか」
「ああ。ボナハルト家の面子を保つため、表向きはライアン様が主体となってクイーンホーネットを討伐したということになっている。お前には特別に話してやったが、くれぐれも口外するなよ?」
「え、ええ! もちろんです! しかしながら、あのリー・ナムを破り、クザ相手に圧勝したリンファとイーブンの戦いを見せた彼の実力は本物。なぜ彼を騎士団に勧誘しないのでしょう?」
「したさ。しかもお兄様直々に。……だが断られたそうだ。なんでも、冒険者として成し遂げたい夢がある、とか」
それを聞いたジャッキンは感心したように頷いた。
「夢……か。俺はこうしてボナハルトの騎士として在ることを誉れ高いと思ってはいますが、そういう無頼の生き方も楽しいかもしれませんね」
「ほう、ジャッキンも意外にロマンチストな一面があるのだな」
「それはまぁ。“男”ですから」
そう言ってジャッキンは不敵に笑い、クレアンもまた釣られて笑みを零すのであった。
◆
聖闘祭という大きな祭りに携わった者たちがともに食事を楽しみ、会話に花を咲かせ、各々宴を謳歌するなか。リンファ・メイルはただ一人、静かに過ごしていた。
優勝者であり、閉会式で爆弾を投下した彼女は皆の注目を一身に浴びた。本日の主役ではあるはずなのだが、リンファは自分に寄ってくる者たちを尽くあしらい続けたのである。
その理由は至極単純。ただ関心が無かっただけだ。
リンファにしてみれば、決勝戦が終わった時点でこの祭典に対する興味は失せていた。すぐにでも会場を去るつもりでいた。だが、そんな彼女が閉会式に出て、こうして後夜祭にも参加しているのは、ひとえに“彼”が理由であった。
(でも、もうここにいる理由が見つからない。そろそろ帰ろうかしら……)
しかしながら、そうは思いつつもリンファはコップに新しい葡萄酒を注いでいた。まるで誰かを待ちわびるかのように。
「なにやってんだろう私」
「――全く、本当だ。なにやっているんだお前は」
老人の嗄れた声に、リンファが振り向く。そこにはリー・ナムが立っていた。
「リーのクソジジイ……?」
「フン、すっかりスレやがって」
「誰のせいだと思ってるの」
「……」
「……なんで急に黙るの」
深刻そうに黙り込むリーにリンファが困惑を覚える。すると彼はゆっくりと口を開いた。
「そうだな……、なにもかも儂のせいだ」
「!」
「儂がもう少ししっかりしていれば、リンファ。お前が傷つかずにすんだやもしれん。そればかりか、お前のことを“化け物”と呼び、見捨てるような愚行を犯した。そもそも儂自身の意志でお前を迎え入れ、親代わりになったというのに。儂が力不足だったばかりに、リンファの人生に影を落とすような結果を招いてしまった……」
老人はまるで死の間際に人生の後悔を振り返るように、つらつらと言葉を綴る。
「――本当にすまなかった。リンファ」
そして謝罪とともに深々と頭を下げるリーに対し、リンファは背を向けた。
「……別に。もうどうでもいいわよ。アンタに拾われても、拾われてなくても。私はどのみち化け物であることに変わりなかった。いずれ闇の中へ向かう運命だった」
「リンファ……」
「でもね。私は“彼”のおかげで、こんなクソみたいな運命に抗い続けていたのだと気付かされた。闇に身をやつし、外道に堕ちたつもりでいたのに。私は自分でも知らず知らずのうち、暗い空に輝く星の光を見て足掻いていた。――『力とは己の運命を切り開く武器』。アンタの……“リーおじいちゃん”の言葉が、ずっと胸の奥底にあったおかげ」
そう言って、リンファは徐にリーへと振り向いた。
「――今までありがとう。いっぱい心配かけて、ごめんなさい」
彼女は穏やかな表情を浮かべていた。それはまるで、子が親と話をするときに安心感を覚えているかのようだった。
リーはそのとき知った。『優しかった頃のリンファ』は、まだここに居るのだと……。
「リンファ……! っ……! 儂の……儂の方こそ……ッ」
彼は涙ぐみながら、声を震わせる。
孫娘同然のリンファを喪ってより七年、積もっていた自責の念が氷解していく。武術の達人と畏怖された益荒男の人生のなかで、唯一流れた一粒の涙。
縮こまった彼の身体を、リンファはそっと抱き寄せるのであった。
「……ふっ。我ながら情けない姿を晒してしまったな」
しばらくして落ち着いた彼は、自嘲するように鼻で笑う。
「でも、情けない姿を人に見せるのも。案外悪くないものでしょ?」
彼女の意味深な物言いにリーは疑問符を浮かべるも、時間差で“全て”を理解する。
「――そうか。やはりお前は“彼”に救われたのだな。ふふ、奴には感謝してもしきれないな……。それにお前を傷物にしてしまったことだし、いっそ責任も取らせようか」
「き、傷物って! キスしただけだって!」
「はははっ、冗談だ」
慌てふためく彼女に、カラカラと笑う。
かつて二人で暮らしていたとき、幾度となく交わされた他愛のないやり取りを彷彿とさせ、リーは改めて安穏とした喜悦を憶えていた。
「……それでリンファ。お前、これからはどうするつもりなのだ? 別に寺院に帰ってくるつもりもないのだろう? まぁ、戻るならそれはそれで儂は一向に構わんが」
「今までのように賞金稼ぎとしてエルスニア各地を流離うつもりよ。けど、まぁ。そうね……」
リンファが思案していると、ひとりの青年が彼女たちの元へやってきた。
「二人で話しているとこ悪いな。リンファ選手に話があるのだが、構わないか?」
「……ん? 貴殿は……クレアン・ボナハルトか?」
「いかにも」
エルスニア領主の次兄である彼は、シンハン寺院総師範代に敬意の籠もった会釈をする。リンファは藪から棒に来た彼に対し、少々警戒しつつも余裕を持って応対する。
「ボナハルトの麗しき王子サマが、私に一体どんな用かしら?」
「単刀直入に言おう。貴女をボナハルト騎士団にスカウトしたい」
「……なに?」
「えっ?」
思わぬ申し出に二人は驚きを隠せない。
「リンファ・メイル。貴女の実力の高さは聖闘祭での戦いぶりを見れば一目瞭然。まさか、貴女のような者が野良の賞金稼ぎとして燻っていたとは驚きだ。放逐しているには惜しい人材だと僕は考えている」
「……」
リンファが真剣な表情で黙り込んでいると、リーが口を開く。
「――悪くない提案じゃないか? 流れの仕事をするより、いくらか身の安全は保証される。待遇も良い。何よりあの高名なボナハルト騎士団だ」
「私は……」
「お前の人生はお前のものだ。だが、もしも……騎士の道を選ぶというならば。今のお前なら、その選択はきっと間違いにはならないだろう」
「……」
リンファはしばらく考え込むと、意外なことを言い放った。
「――カズキ。カズキ・マキシマも一緒にスカウトするのなら、考えてやってもいいわ」
「ほう……?」
クレアンは彼女の突拍子もない提案に対し、興味深そうに微笑む。
「お前はさっきカズキを振ったばかりだと聞き及んでいるが?」
「それとこれとは話は別。アイツが一緒なら上手くやっていけそうな気がする、ってだけよ」
「ふっ、まぁいい。いずれにせよ、無理な話だったな」
「あら、どうしてかしら?」
「以前お兄様がスカウトしたことがあるんだが、アイツは断ったんだ。アイツはアイツなりの信念があって冒険者を続けてるらしい。その意志はおそらくオリハルコンよりも硬いだろうな」
「なんと! あの次期当主からの誘いを無碍にしたのか? くくく、なかなかに豪胆な男ではないか」
リーは愉快そうに笑い、クレアンも「まったく呆れたヤツだよ」と苦笑する。
「とにかく、用は以上だ。失礼したな」
そう言うと、クレアンは踵を返して去っていった。リンファは去りゆく彼の背中を見つめながら、呟く。
「――冒険者……か。ふふ、意外と悪くないかもね」
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