第65話 聖闘祭閉幕!
「いやぁ、終わっちまったな。聖闘祭」
「……そうですね」
ヴェルナ司祭が厳かに粛々と演説を進めるなか、クザさんは感慨深く頷き、その隣で俺は相槌を打っていた。
決勝戦の影響でガタガタに崩壊した石畳の上に立ちながら、激戦の記憶に想いを馳せる。
「俺は初参加で緊張したりもしたけど。色んな人と剣を交えながら、自分の知らなかった世界を垣間見たり、最後まで諦めずに戦ったり、とにかく色んな経験ができました。……なんというか、上手く言えないですけど。とにかく楽しかったです」
「へへ、そいつはよかったじゃねぇか。俺はちぃとばかし不完全燃焼かもなぁ」
そう言ってクザさんは苦笑いを浮かべる。
リンファというダークホースによる番狂わせがあったとはいえ、シード枠で初戦敗退してしまったのだ。釈然としいないのも当然だろう。
「もし、俺とクザさんのトーナメント表の配置が逆側だったら。リンファの手の内を知れた状態で決勝戦でぶつかっていたら。クザさんなら勝てていたと俺は思います」
実際、俺は彼女の切り札を事前に知れていたからこそ、十分に警戒し対処ができていた。クザさんのときのように初見で披露されていたら、ひとたまりも無かったかもしれない。
「よせやい。たらればの話をしてたってしょうがねぇさ」
「でも……」
「勝負は時の運。って言うだろ? 今回はたまたま巡り合せが悪かったってだけさ。もちろん、それを言い訳にし続けないためにも、反省して反省まくって、絶対次に活かしてやる。勝利よりも敗北で得られるものの方が大きいって思えば、不思議とまた立ち上がる力が湧いてくるってもんよ」
クザさんはニカっと笑ってみせた。
「それによ。カズキ、お前とこの武舞台で試合する日のためにも、躓いてなんからんねぇよ」
「クザさん……!」
「そのときは存分に戦おうぜ!」
「はいっ!」
俺は大きく返事をし、再びこの舞台で相見えることを強く誓うのであった。
『――ではこれより、第二十一回エルスニア聖闘祭の優勝者への表彰を執り行います! リンファ・メイル選手。前へ!』
そうこうしているうちに演説が終わり、いよいよ優勝者への褒賞品の授与が始まる。
司会進行を担当するダーネット・ヨハンから名前を呼ばれたリンファは、観客たちからの拍手喝采を浴びながら、整列している選手たちの前へ躍り出る。
『その類稀なる実力を持ってして、いずれも劣らぬ猛者たちの頂点へ立ち、見事栄えある優勝を掴み取ったリンファ選手。彼女の健闘を称え、褒賞として優勝賞金を。そして――』
そして、とスピーチが一旦区切られると。修道女の一人が豪奢な赤い布を被せた物を両手で抱えながら、リンファの前にゆっくり歩いてくる。
『こちらが贈呈されますッ!』
修道女が赤い布をハラリと取り払う。するとそこには、息を呑むほどに美しい、虹色に光り輝く貴金属のようなもので造られた王冠があった。
「す、すげぇッ」
「虹色……まさかマジナイト鉱石? いやでも、それにしては俺が知ってるのとは随分違うような……」
それが顕になってからというものの、会場のざわめきが収まらない。皆一様に驚嘆していたり、ため息を漏らしたりしていた。
『こちら、ただの王冠ではありませんよ! これは激レア中の激レアモンスターである『マジナイト・ワイバーン』の逆鱗から削り取った、“竜鱗虹光石(りゅうりんこうこうせき)”と呼ばれる超希少素材を使い、エルフの里の職人に作らせた至高の芸術品なのですッ!』
ダーネット女史の興奮気味の解説によって、会場中から感嘆の声が上がる。
「おいおいマジかよ。マジナイト・ワイバーンと言えば、冒険者ギルドに討伐依頼が回ってくる事そのものが稀で。仮に回ってきたとしても、討伐難易度と素材の価値が釣り合わなさすぎて受注の争奪戦が発生するので、やむなく受注権を賭けた抽選が行われるという、伝説のあの!?」
クザさんは長々と解説しながら目を丸くする。
「俺も話に聞いたことありましたけど。だとしたら、一体アレにはどんだけの価値が……」
「一生遊んで暮らせる額かもなぁ……。くううっ! リンファのヤツ羨ましすぎるぜ!」
クザさんは拳を唸らせながら悔しそうにしている。他の面々も似たような反応だ。
「優勝おめでとうございます。さぁどうぞ、お受け取りください」
修道女に促されて虹色に輝く冠をそっと手に取ったものの、周囲の羨望の眼差しとは裏腹に、当の本人はどうにも判然としない風であった。
「……」
リンファは黙ったまま、しばらくその王冠を見つめていると。ふいにそれを修道女の元へ戻してしまった。
「――いらないわ」
「えっ?」
衝撃が走る。
あまりにも予想外な展開だった。俺とクザさんはもちろん、他の選手や大会関係者、そして観客たち。誰もが言葉を失い、静寂が訪れた。
『あ、あのぉ。これは一体……どういうことなのでしょうかぁ』
ダーネット女史も困惑した様子で疑問を投げかける。それを皮切りに喧騒が起こりはじめた。
「せっかく用意してもらったのに悪いわね。でも私、こんなのより欲しいものがあるの」
そう言ってリンファは身を翻し、呆気にとられている修道女に背中を向けると、何故かこちらの方に向かって歩いてきた。
「……へ?」
彼女はこちらに話しかけるわけでもなく、正面から真っ直ぐと近づいてくる。明らかに他人と会話するような距離を超えても止まることはない。
「えと? あの……な、なにか?」
目と鼻の先まで詰めてくる彼女に困惑しながら尋ねるも、ただ不敵な笑みを浮かべるばかりで無言を貫く。
そして彼女はこちらを見上げながら、おもむろに俺の顎を細い指でそっと掴み……。
「んっ――」
「!?」
――唇を奪った。
「は?」
「えっ」
『なッ!?』
思考が止まった。
何が起こったのか理解が追いつかない。
艶やかな唇の感触だけが口元に残った。
やがてリンファは顔を離し、満足気に微笑する。
「『俺はリンファの初めてを奪った男だ』。……試合の時、たしかにそう言ったわよね?」
「……」
「ふふっ。――仕返し」
そう甘く囁き、妖艶な表情をつくるのであった。
◆
『――な、なんてことだあああああ!? 前代未聞――ッ! 前代未聞ですッ! 大事件ですッ!!』
あまりの急展開にフリーズしているカズキと周囲の選手たちを余所に、観客は盛大な熱狂を見せていた。
『未だかつてこのようなことがあったでしょうかぁ!? リンファ選手! 虹色の至宝には目もくれず、決勝戦で激戦を演じた好敵手であるはずのカズキ選手の唇を颯爽と掻っ攫ってしまいましたァァ!! この僅かな間、若い男女に一体何があったのか、ぶっちゃけ気になりますが!! 勘ぐるのは野暮ってもんでしょう!!』
ダーネットは鼻息を荒らげながら、まるで自分の事のように興奮していた。それに呼応するかのように祝福の声が飛び交う。
一方、事の顛末を見守っていたカズキの仲間たちは、それぞれ驚きの反応を示していた。
「わぁ」
アンナは耳を真っ赤にしながら、何か見てはいけないものを見てしまったかのように両手で頬を覆う。
「……」
「……」
エミリィとクレアンは目の前で繰り広げられたものが信じられず、口をあんぐり開きながら呆けるしかなかった。
「だぁっはっはっはっは!!! やっぱりカズキは面白いヤツさねぇ!!」
モルモネは腹の底から豪快に笑い、満足していた。
こうして、第二十一回エルスニア聖闘祭は、歴代でも類を見ないほど波乱に満ちたまま幕を下ろしたのであった――
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