第62話 二つの剣

『舞台に走る青白い電撃!! それがリンファ選手へと直撃し、伝説の竜種も消え去ってしまいましたぁああああッ!! どうやらカズキ選手が一歩上手だったようですッ!! 聖闘祭決勝戦ッ! いよいよ決着となってしまうのでしょうかぁああああッッ!?』


 トーチカを解除し外へ出る。

 興奮する実況。熱狂する会場。それと裏腹に静まり返る武舞台。

 落下したリンファの身体は指一つ動く気配がない。一体この瞬間の為にどれだけ苦労をしてきたのだろう。

 

「う……」


 立ち上がろうとした時、軽い目眩を起こす。四肢が鉛のように重い。

 魔力切れしたのだ。リンファとの試合でこれでもかと魔力を消費し続け、トドメとばかりにトーチカをふたつ、罠魔法をひとつ、トリガーをひとつを一気に使用したのだから当然だろう。

 でももはや関係ない。彼女は気絶している。唯一の勝利条件である白磁のネックレスを破壊するには、無防備を晒している今を置いて他にないはずだ。


「……」


 気力を振り絞って歩き、彼女の元へ近づいていく。

 聖闘祭に向けての特訓の日々、猛者たちとの戦いの数々。ここに至るまでに際し、万感交到る。

 あとは剣を彼女の首目掛けて振るうだけ。それだけで悲願が達成されるのだ。

 そうして、気絶した彼女の顔を見たときだった。


「――ッ!」


 咄嗟に飛び退く。

 ――まだ、終わってなどいない。


『ええッ!? カズキ選手! これはどうしたことでしょう!? 気絶したリンファ選手を目の前にしながら、距離を取ってしまいましたぁッ!?』


 俺の行動に対して周囲がざわめいていたのも束の間。動かなくなったはずのリンファの身体がゆっくりと起き上がった。


「く……くくく……あははっ……。あーあ、あともうちょっとだったのになぁ。あとちょっとで不意打ちが決まってたのに……」


 リンファはゆらゆらと揺れながら立ち、薄ら笑いを浮かべる。

 

『り、リンファ選手!! 何事もなかったかのように立ち上がりましたッ!! なんということでしょう!? まだ闘いは終わっていませんッッ!!』

「ねぇ? どうして私が気絶したフリをしていると分かったのかしら」

「……顔だよ」

「顔?」

「気絶顔にしては“綺麗過ぎる”んだよ。不自然なほどに。この大観衆に間抜け面を晒す勇気は無かったようだな」


 俺の答えに、リンファは獰猛に笑う。


「アハァッ! なるほどねェ!」

「なぜ気絶していなかったんだ? サンダートラップは確実に効いてたはず」

「ああ、それね」


 そう言って、リンファは背中に手を回し、何かを抜き取った。欠けた鉄の刃だった。さっき俺に向けて投げた短刀の一部だ。


「……! まさか背中に刺さって気つけに!?」

「戦いの余波で偶然近くに移動し、偶然落下した先に上向きになっていたみたいね。ふふ、私もなかなかに悪運が強い……」


 リンファが歪な形の刃を感慨深そうに見つめ、無造作に投げ棄てる。そうして改まってこちらを見据えた。


「だいぶ辛そうじゃない。どうやら魔力切れってところかしら?」

「……ああ、そのとおりだよ」

「あら、素直ね。いいことよ」

「そういうキミもカツカツなんじゃないか? あれだけ強力な魔物を召喚し、使役していたんだからな」

「ご明察」


 俺の指摘にリンファは意外にもすんなりと頷く。彼女をわざと怒らせ、冷静な判断力を奪うという当初の狙いは、“魔力切れにさせる”という形で功を奏したというわけだ。とはいえ結果としてこちらも消耗してしまったので、結局痛み分けに終わったわけだが。


「……と、言いたいところだけど。ちょっと違うわ」

「え?」

「あと一回。“あと一回分は残っている”のよ。あとひとつだけ、私は武器を召喚できる」


 彼女の言葉に身構える。


「私をここまで追い詰めたのはアンタが初めて。そして、ここまで追い詰められたこと自体が私にとって人生最大の汚辱。……ゆえに、この汚辱を拭う為に私はあえて“これ”を選ぶのよ」


 彼女の右手に魔法陣が顕れ、最後の武器が取り出される。

 ――剣だった。

 リンファは俺の持つスカーレットと同型の片手剣を握り締め、しなやかな軌道を描きながら振ってみせた。


「アンタが最も得意とする武器で、“アンタに勝つ”」

「最後は剣と剣の一騎打ちってわけか。はは、悪くないな……!」


 自分と同じように剣を構える彼女の姿に不思議と高揚感を憶え、不敵に笑い返した。

 どちらからともなく鍛えられた鋼のように精神を研ぎ澄まし、構える。


「最後に」

「勝つのは」


 互いに魔力切れで重くなった四肢を奮起させ、互いに身体の奥底から声を張り上げる。


「私だ――ッ!!!」

「俺だ――ッ!!!」


 そして、勝利への執念が宿った剣戟が交わり合った――



『一進一退の攻防の果てッ!! その最後の最後に勝敗を決するは、一切の小細工ナシのガチンコ剣術対決ッッ!!! 皆さま方、さぁ見届けましょうぞッ!! この泥臭い意地と意地のぶつかり合いをッ!! 打ち鳴らす剣の軌跡をッッ!!!』


 聖闘祭開催日、最大の盛り上がりを見せている観客の中には、カズキとリンファその両名とかつて剣を交えた者たちの姿があった。

 彼らは思い思いに二人の最後の戦いの行末を目の当たりにしていた。


「カズキ・マキシマ。リンファ・メイル。果たしてどちらの業と力が上を行くか……」

 

 教会騎士長ミズーリン・マズカは、ただ静かに成り行きを眺めていた。


「カズキ様ーーー!! そのままあの女を伸して下さいなーーー!!」


 男爵令嬢フルール・ルマンドは、猛烈にリンファの敗北を望んでいた。


「ガッハッハッハ!! こりゃ最高に面白くなってきたなァ!! どっちも頑張れよォーー!!!」


 大盾の重騎士ゴッゾ・フロマージュは、豪快に笑いながら試合を楽しんでいた。


「ギヒヒ……、正直あの女が恥かかされてるのを見て充分スカッとしたが。ここまで来たら是非カズキにはあの女を負かして欲しいもんだ……」


 人狩りガルダ・ミュンヘンは、ニヤつきながらほくそ笑んでいた。


「カズキ……! リンファ……!」


 シンハン寺院総師範リー・ナムは、祈るように二人の姿を見つめていた。


 そして、カズキを取り巻く者たちまた、周囲の興奮に負けないぐらいの熱意を武舞台に向けていた。


「頑張れーーー!!! カズキーーー!!! 頑張れーーー!!!」


 アンナは心の限り叫んだ。


「カズキさん……! 頑張って……!」


 エミリィは懸命に願った。


「負けるなァーーー!!」


 クレアンは夢中になって応援していた。


「カズキ!! お前ならできるッ!!!」


 クザは彼との特訓の日々を想起していた。


「やっちまえーーー!!」


 モルモネは心の底から純粋に楽しんでいた。


「……大丈夫。カズキくんならきっと」


 ムッシュは穏やかに見守っていた。

 

 実況者のダーネット、主催者のヴェルナ司祭、審判員たち、そして大観衆。この場にいる全ての人間の意識がカズキとリンファの剣戟に向けられていた。

 カズキへの声援はもちろん、それまで印象が悪かったはずのリンファを讃える声も多く上がっている。

 勝つのはカズキか、それともリンファか。

 誰もがどちらかの勝利か敗北を望んでいた。二人の死力を尽くした魂の戦いに魅入られていた。

 今、多くの人々の心がひとつになっているのである――


 

 倦怠感が重りのように手足を引っ張っているというのに、不思議と闘志が湧いてくる。 

 勝ちたい。彼女に、リンファ・メイルに勝ちたい。純粋なその思いが燃料となって、身体を動かしていたのだろう。

 これまでの頑張りに報いるために。観客の期待に応えるために。リーさんの想いを果たすために。そして、俺を信じてくれる人たちのために。全身全霊を尽くして剣を振るい、相手の太刀筋を見切り、立ち向かった。


「……ッ!」


 しかしながら。それでもなお。あと一歩及ばない。

 剣戟を繰り返すうち、次第に劣勢に立たされていく自覚を否が応でも憶えさせられる。剣術に自信が無いわけではなかった。ただ単に“彼女が自分よりも上手”だからに過ぎない。

 槍、ナイフ、フレイル、ハンマー、トマホーク、バリスタ弩弓、大剣、メイス、弓矢、大盾、鎌、そして徒手空拳。あれだけ多種多様な武器を使いこなしながら、自分よりも洗練された剣の腕も持ったリンファの恐ろしさ。その歴然たる才能の壁を前に震え上がってしまう。


(……それでも!)


 それでも、と決意を強める。

 相手が自分より強い? それは勝負を諦めてもいい理由にはならない。

 精神と肉体を限界を超えて酷使し、俺は剣を振り続けた。

 

「やあああああああッッ!!!」


 気合の雄叫びを上げる。一体どこにこんな力が残っていたのかと我ながら疑問に思うぐらい、速く鋭く攻め立てた。だが、そんな俺の奮闘も虚しく、リンファは軽々といなしていく。


「くっ……!」

「あはっ! 太刀筋が鈍ってきてるわよぉ!?」


 彼女に指摘されるとおり、魔力切れと疲労によって徐々に動きが悪くなっていることは自分でもよく分かっていた。対して、リンファはまだまだ余裕を残しているように見える。それは自分と彼女の地力の違いなのか、あるいは経験の差なのか。いずれにせよ状況は悪くなる一方だ。


「まだまだァッ!!」


 しかし、ここで止まるわけにはいかない。まだ試合は終わっていない。最後まで諦めない。それが自分にできる唯一のことだと信じて剣を振るう。


「はあっ、はあっ、はあっ!」

「だいぶ……苦しそうじゃないっ!」

「まだ……まだだあッ!! 俺は……俺はッ!!」


 身体が重いのを通り越し、痛みすら感じはじめる。視界も僅かに霞んできた。

 リンファも息を荒げてはいるものの、俺の剣捌きを易易とあしらっている。戦いのイニシアチブは完全に奪われてしまったと言ってもいいだろう。

 ……それでも。それでも戦う。抗う。挑む。

 俺はスカーレットを垂直に構え、彼女の首にかかったネックレス目掛けて渾身の刺突を繰り出した。


「はああああああああああああッッ!!!」


 ――それは、この決勝戦で放つ最後の一撃だった。

 余力は残らない。成功するにせよ、失敗するにせよ。俺はこの一撃ののち必ず燃え尽きる。

 作戦も策もなにも無い、愚直な賭け。一か八かの大勝負。勝利への僅かな可能性に全てを託した。ただそれだけのことだった。


「気概はいいけどねぇ! そんな我武者羅な攻撃ッ!」


 しかしながら、無情にもリンファは俺の刺突を見切り、距離を置く。

 遠のいていく。追いかけるように地面を蹴った。でも届かない。


(届け……届け……届けェ!!)


 俺は祈った。

 この剣を、彼女の元へ届けてくれ。と。

 ……そのときだった。


「――なっ」


 懐から暖かく不思議な感触が発露する。

 それは胸から腕、腕から柄を瞬く間に伝わる。そして、ひとつの奇跡を起こした。

 スカーレットの刀身の先から光の刃が伸びたのだ。まるで俺の願いが成就し、勝利への道を繋いだかのようだった。


(な、なんだとぉおおッッ!? 馬鹿な!! 魔力切れしているはずじゃあッ!?)


 リンファの表情から余裕が消える。


(コイツ!! まさか魔力の温存を……!! 一杯食わせやがったなあああああ!!! くそっ!! まずいッ!! 躱せ……躱せ……躱せ……躱せえええええええッッ!!!)

「……っ!」


 ――白磁のネックレスが砕け散る音が木霊する。

 その音は冬の空気の如く澄み切っていて清々しかった。

 人々の熱狂のなかであっても確かに響き渡ったのであった。

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