第60話 美しき狂気・後編

(こんなところで……こんなところで……ッ!)


 ――負けるわけにはいかないッ!!

 そう心のなかで叫んだ瞬間、スカーレットの刀身に風の魔力を送り込み、爆発させた


「はぁッ!!」


 刹那、緋色の刃から突風が噴射される。

 さながら尾の瞬発力を駆使して後ろに飛び退いて逃げるエビのように、剣の向きとは逆方向に大きく跳躍することに成功した。


「なに!?」


 リンファは予想外の行動に驚き、呆気にとられていた。それはリヴァイアスも同様だったようで、戸惑いを見せるように動きを止める。

 俺はその隙になんとか体勢を立て直した。


『おおお!? カズキ選手ッ! すごい! エンチャント剣の風を利用し、あの絶体絶命の状況から抜け出すことに成功しましたァッッ!!』


 ダーネットの実況とともに歓声があがる。

 そうだ。まだ全てを諦める必要などない。俺にはこの『四元素魔法』がある。異なる属性の組み合わせ次第で如何様にも七変化する、無限の可能性を秘めた“伝説の竜種にも負けない最強の武器”が――


「ふっ……あはははっ!! まさかエンチャント剣にそんな使い方も出来るなんて! そうでなくちゃあ面白くないッ! やはり獲物は苦労して狩る方が達成感もひとしおだからねぇッ!」


 思い返してみればマジナイトゴーレムのときも、ホーネットクイーンのときも。四元素魔法が活路を切り拓いた。だからきっと、今回も“そこ”に勝利への道筋があるはずだ。


「さぁリヴァイアス! 仕切り直しよッ!」

「仕切り直しか。……いい言葉だ!」


 俺は再び襲いくる水竜のブレスを避け続けながら、順序立てて考えた。

 まずこの戦いの勝利条件とは何だろうか? それはリンファの首にかかったネックレスを破壊することだ。しかし、それにはまずリンファの下にいるあのアクアドラゴンをどうにかしないといけない。“将を射んと欲すればまず馬を射よ”、なんてことわざもある。

 とはいえ現状俺の力では奴に対する有効打は一切持ち得ない。馬が強すぎて射ることも叶わないというわけだ。

 

(なら発想の逆転だ。馬ではなく、将を射落とすことに焦点を定めれば……?)


 俺は間隙を縫うように、リンファに標準を定めて攻撃魔法を放った。


「――マテリアルブラスト!」

 

 岩の弾丸が彼女の方へと向かう。

 が、それを察知したリヴァイアスが咄嗟に翼でガードしてしまった。


「ふふ、残念」

「ちっ!」


 どうやら彼女への直接攻撃は阻まれてしまうらしい。そしてもう一つ分かったのは、初級とはいえ弱点属性であるはずのマテリアルブラストがあえなく霧散してしまったことだ。推測どおり高い魔力耐性を有しているという証左である。

 リンファへの狙撃は難しい。かと言ってリヴァイアスを倒す手立ては存在しない。思考が袋小路に嵌まり始めたそのとき、ふと水溜りを踏んだ音が妙に頭の中に響いた。

 

(……そういえば、水が蒸発しないな。なんでだろう?)

 

 現在武舞台を濡らしているこの水分は、リヴァイアスが放つブレスの余波によって生じているものだ。

 試合序盤で俺がカタラクトを使った時より長持ちしているのは、魔力濃度の違いなのだろうか。あるいは何か別の要因があるのか?


(――待てよ?)


 そのとき、頭の中にある閃きが訪れた。

 水魔法からの電撃魔法による感電を狙う。これならばリヴァイアスを倒す必要もなく、リンファへ直接攻撃を狙うことができるのではないか?

 しかし問題もある。感電を狙うと言っても、電撃魔法がリヴァイアスの体躯を伝搬する際、奴の高い魔法耐性で無力化されてしまう恐れもある。初級のライトニングストライク程度の出力では足りないだろう。であれば、魔力消費が多いぶん初級攻撃魔法より何倍も威力がある罠魔法ならば、あるいは届くかもしれない。

 とはいえ問題はそれだけではない。そもそもの話、今ここで電撃魔法を発動したら自分まで巻き添えを食らってしまう。それでは本末転倒だ。


(罠魔法をエンチャントしたスカーレットを投げてみるか? ……いや、だめだ。リーさんとの試合で使ったときを鑑みるに、純粋な罠魔法として使うより格段に火力が落ちる。そのためにスカーレットを手放すのもリスクが高い……)


 罠魔法を発動しつつ、自分に被害が及ばぬようにするには一体どうすればいい?

 俺はその手段を探すべく、記憶を必死に手繰り寄せた。


「……そうだ。“アレ”を使えば!」


 俺の脳裏にある一つの方法が浮かぶ。

 しかしそのためにはちょっとした下準備がいる。少しの間だけ時間を稼ぐ必要があった。


「だったら! ――フレイムストーム!!」


 俺はリンファに向けて火の中級攻撃魔法を放つ。豪炎の嵐が彼女の元へ迫るが、当然リヴァイアスの翼に阻まれた。


「はっ! 血迷ったのかしら? 地属性ならいざ知らず、よりによって一番効果の薄い火を使うなんてねェ!」


 彼女の言う通りフレイムストームはダメージを与えることなく、ただひたすら奴の体表の水分を蒸発させ、水蒸気を作るだけであった。

 それでも。例え有効打となり得なくとも、俺は止めない。


(……こいつ、何を考えてる?)


 リンファは怪訝な顔を浮かべるものの、リヴァイアスに指示を出した。


「リヴァイアス! あんなしょっぱい火魔法、あなたのブレスで消火してしまいなさい!」


 水竜は言われるがままに、フレイムストームに水圧レーザーを撃ち込む。すると炎の嵐は水ブレスに押し負けるように後退していき、そのまま俺の元へ到達せんとしたとき、潮時とばかりに中断した。

 ――上手くいった。これで時間を稼げる!


『おっとーー!? これはッ!? 舞台が水蒸気に包まれて何も見えなくなってしまったぞおお!?』



(……なるほどね。初めからこれを狙っていたのか)


 視界という視界が水蒸気に覆われ、ホワイトアウトしている。彼が火魔法を使ったのは攻撃が目的ではなかった。

 リヴァイアスの体表は常に水分で潤っている。その水分を炎で蒸発させ、“目眩まし”となる水蒸気を作ることが本命だったのだ。さらにフレイムストームを打ち消すために放った水ブレスもこの“水の煙幕”に一役買ったというわけである。

 

「姑息な手ね。鬱陶しいったらありゃしない」


 視界が確保できなくとも、このまま『タイダルウェーブ』で飽和攻撃をすれば関係ない。とも考えたが、アレを発動するにはこちらの魔力をごっそり持っていかれる。ただでさえリヴァイアスの召喚と維持費に莫大な魔力を消耗しているのだから、今は魔力量がカツカツでその余裕は無い。

 まぁ、どの道この舞台上からはどこにも逃げ場はない。水蒸気が晴れるのを待ってからでも問題はないだろう。


『ぼちぼち水蒸気が晴れてまいりました! 一体、カズキ選手は何を狙っているのでしょうか!?』


 実況の言う通り、ようやく視界が鮮明になってゆく。カズキの作戦の全貌がいよいよ明らかになるのだ。


『――って、あれ? カズキ選手の姿が見えません!?』


 たしかに奴の姿が見当たらない。死角に逃げたのかと思い周囲を見渡してみるが、やはりどこにも居ない。


(……? あれは?)


 よくよく見ると、なにやら見慣れない大きな岩の塊が二つ、数メートル間隔で並んでいるではないか。

 それを見た瞬間。それとなく理解しはじめ、笑いが込み上げてきた


「……ぷっ。あは、あははははは!! バッカじゃないの!!」


 あまりの滑稽さに呆れを通り越し、痛快ですらあった。

 なんてことはない。何らかの地属性魔法を使用して作った二つの岩、そのどちらかの中にカズキは隠れたのだ。


「正直全く意味が分からないけど、チョー面白いわよ! 『はてさて、ボクはどちらにいるでしょうか!』ってかァ!? あははははは!! 笑い死にしそう!!」


 どんな意図があるにせよ、やることは変わらない。結局のところ、あの二つのどちらかにいるのは火を見るより明らかである。まとめてブレスで粉砕してやればいいだけだ。


「リヴァイアス! あの岩を壊し――」


 そう言いかけたとき、右側の岩の表面に何らかの紋様があるのに気付く。


「……待って! 一旦攻撃はストップよ!」


 私は急いで中止命令を下し、リヴァイアスも素直に従ってくれた。


(あの模様……魔法陣!?)


 よくよく観察してみると、左の岩には何も無いが、右には“緑色の魔法陣”が刻まれているのが分かった。


(そ、そうか! あれは罠魔法だ! はは、そういうことね。危なかったわ……!)


 これでカズキの本当の狙いが読めた。

 彼は一か八かの賭けに出たのだ。魔法陣の色からして風属性、もっと言えば電撃系。つまり、私がもしも誤って右の岩を壊してしまったときに罠魔法が作動し、リヴァイアスの身体を通じて私が感電してしまうことになる。そうすれば私は意識を失い、リヴァイアスも消えて逆転勝利。というわけだ。


(よくもまぁ、この一瞬でこれほど凝った策を思いつくものね。――だが!)


 私はリヴァイアスに左の岩を狙うよう命令する。右を引けば罠魔法、つまり“ハズレ”だ。なら、本人が隠れるのは当然左。“左がアタリ”だ。

 

「相変わらず発想は悪くないけどねぇ! 魔法陣がモロに見えててバレバレなんだよ! ――やっぱりアンタは“詰めが甘い”ッッ!!!」


 私は勝ち誇ったように宣言する。リヴァイアスのブレスは、左の岩を中身もろとも粉砕した――


「さぁ! これで岩もろともバラバラに――」


 ところが私の予想とは裏腹に、左の岩の中には誰も居なかった。


「……へ?」


 次の瞬間、砕けた岩の中から閃光が走った。それに呼応するかのように緑色の魔法陣が光る。

 ――罠魔法が作動したのだ。


「え? な、なんでっ」


 理解が追いつかなかった。カズキが隠れていると踏んでいた方がスカだった。しかも魔法陣に刺激を与えたわけでもないのに罠魔法がひとりでに起動していた。

 直後、落雷のような強烈な衝撃音が響き渡る。青白い電気が弾けて拡散し、濡れた床を伝ってリヴァイアスの巨躯に猛スピードで迫った。


「リヴァイアス! 逃げなさ――」


 慌てて退避を指示したが、もう間に合わなかった。

 電撃はリヴァイアスを伝搬し、そのまま私の身体を貫いた。


「――アアアアアアアアアアッッ!!!」



 隣の岩が砕ける音が聞こえる。その瞬間、俺はトーチカの狭い空間のなかでガッツポーズを取った。

 水蒸気で目眩ましをしている間に、俺は急いで二つのトーチカを作った。片方は表面にサンダートラップを設置した自分が隠れる用のものを、もう片方は内部に付近の罠魔法魔法を誘発させる『トリガー』の魔法陣を仕込んだものだ。

 トリガーは罠魔法と同じ触発式の魔法陣を設置する魔法だ。これ単体では機能せず、設置されたトリガーが発動すると付近一帯にある罠魔法を誘発させる効果がある。罠魔法との連携を前提とした魔法なのである。これは聖闘祭に向けての修行期間中。クイーンホーネットとの戦いを経て罠魔法の有用性を再認識し、より使いこなす方法を模索した結果、エミリィさんから教えてもらったものだったのだ。

 ――これは賭けだった。二つのトーチカのうち、片方に罠魔法の魔法陣があることに気付いた上で警戒し、魔法陣が無い方を狙うか否かにかかっていた。

 とはいえ、仮に俺がいる方を狙ったとしても結局罠魔法は作動する。だが、その場合ネックレスもまとめて破壊される危険もあっただろう。


(今頃リヴァイアスも消えて、彼女も気絶しているはず……)

 

 俺はトーチカを解除し、外へ出た。

 勝敗は決したようなものだが、肝心のネックレスを破壊したわけではない。

 正真正銘、決着をつけねばならない――

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